第87話 ダンジョン芋と特殊調理食材①
本日カクヨムのほうでサポーター専用SS『三人組、湖畔へのお礼を考える』が公開されています!
いままでは【会社をクビに…】の専用SSのみでしたが、こちらも専用SSを今後限定エピソードとして配信していきます。もしよかったら読んでみてください。
※カクヨムの方ではストーリー進行が遅いですが、専用エピソードを近況ノートの方に掲載していますので、興味ありましたら是非のぞいてみてください(サポーターズパスポート加入などが必要になります)
黒瀬が湖畔休憩地へ遊びに来てから、一週間が経った。
午後十時を過ぎ、その日の食堂利用が終わったあとの厨房には、俺と調理を担当する五人が残っている。
調理台の上には、いくつもの皿が並んでいた。
焼き色の付いた菓子もあれば、冷やして固めたものや、細いペーストを山のように盛ったモンブラン風の試作品もある。
すでに全員で一口ずつ味を確かめていた。
だが、二口目へ進もうとする者はいない。
どの皿も形だけなら売り物になりそうだった。
だが肝心の味と食感が、商品として出せるところまで届いていない。
蒸してから潰したものは、口の中へ粉っぽさが残った。
茹でて裏ごししたものは、見た目こそ滑らかだが、クリームと合わせると重く粘つく。
砂糖や蜂蜜を加えても、甘くなるのは加えた材料ばかりで、ダンジョン芋の味とは馴染まなかった。
チカは盛りつけを変えながら何度も見栄えを整えてくれた。
それでも、食べた時の問題までは隠せない。
海路が、切り分けた試作品を見ながら話し始める。
「朝倉さんが仕入れてきた、ダンジョン芋と呼ばれる品種ですが、なかなか手ごわいですね」
「本当に難しい食材です。そもそも、極端に魔力をためられない食材が、ここまで厄介だとは思いませんでした……」
甘味作りを担当する森野も、この一週間はダンジョン芋の試作を続けていた。
分量や合わせる材料を変えても、ダンジョン芋だけが菓子の中で浮いてしまうらしい。
海路と森野だけでなく、来戸は焼き方を、五里蔵は下ごしらえを変えている。
チカも地球側の菓子を食べ比べ、求める味を伝えてきた。
六人で試しても、良くなるどころか、別の欠点が現れるばかりだった。
五里蔵が、空にならない皿を見比べる。
「私たちが知っている限りの調理方法は試したんですけどね……」
俺は海路へ尋ねた。
「魔力戻しは、あれ以上のやり方はないのか?」
「はい。自分が知る限りでは、あれ以上は……」
「そうか」
海路は、ロックホーン・バイソンの肉へ行った時よりも濃い魔力水を使い、浸す時間も変えていた。
それでも、ダンジョン芋が蓄える魔力はわずかだった。
魔力水から出した直後でも、ロックホーン肉の時のような色の変化はない。
火を通せば、わずかに残っていた魔力まで抜け、味も食感もさらに悪くなる。
「うーん。このダンジョン芋が極上のスイーツに化けてくれれば、湖畔バーベキューに並ぶスペシャリテになると思ったんだけどなあ」
俺がダンジョン芋に目を付けたのは、安く仕入れられるからだけではない。
ダンジョン芋は、東京湾岸ダンジョンを代表する作物と言っても過言ではなかった。
魔物が落とす素材ではなく、十階層のように自然の地形が広がる階層で自生するダンジョン内作物である。
ダンジョン創成期に発見されて以来、ダンジョン内の作物といえばダンジョン芋と言われるほど広く知られてきた。
自然生成された草地などで見つかりやすく、栽培しなくてもまとまった数を採取できる。
発見された土地によって大きさに多少の違いはあるが、別の品種として扱うほどの差はない。
どこの階層で採れた物も、安く手に入る同じダンジョン芋として流通している。
外見はサツマイモによく似ている。
赤紫色の皮に覆われ、手に持った時の硬さや重さも大きく変わらない。
栄養も一種類へ偏らず、探索中の食事としては悪くなかった。
しかし、食べ物としての人気は絶望的に低い。
もともとの甘味がサツマイモより弱いうえに、熱を加えると、そのわずかな甘味まで抜けてしまうからだ。
食感にも癖があり、ほかの材料を混ぜても味が馴染みにくい。
それでも、ダンジョン内へ持ち込む食べ物としては優秀だった。
栄養のバランスがよく、何よりも安い。
駆け出し探索者なら、一度は食べたことがあると言われるほど身近な携帯食である。
俺も探索者になったばかりの頃は、食費を抑えるために何度も世話になった。
美味しいからではなく、安く腹を満たせるから選んでいた食べ物だ。
「作物としては栄養も豊富ですし、研究しがいはあるんですけど、ここまでほかの食べ物と相性が悪いとは思いませんでした」
森野はモンブラン風の試作品から少量のペーストを取り、もう一度だけ味を確かめた。
「こんな作物があるんですねぇ。世界は広いです」
「調理方法をこれだけ変えて、ここまで味が響かない作物は衝撃的です」
五里蔵の言葉に、来戸も同意している。
加熱調理を担当する来戸も加熱の強さや時間を変えて試したが、甘味が抜けることを防げなかった。
「魔力戻しでも、ほとんど戻らない食べ物ってことは、そもそも魔力が宿りにくい性質があるんだろうな」
俺がそう考えていると、厨房の扉が開いた。
「まだ試食してたんですね」
仕事を終えた小坂が入ってくる。
調理台の上に並ぶ皿を見つけると、モンブラン風の試作品を一つ持ち上げた。
「これ、見た目は美味しそうじゃないですか。いただきます!」
俺が止めるより先に、小坂はたっぷりとペーストをすくって口へ入れた。
噛む必要がないはずのペーストを前に、小坂の口が止まる。
何とか飲み込んだ時には、目に涙が浮かんでいた。
「先輩……これ……」
「止める前に食べるお前が悪い」
「なんか、粘土を食べてるみたいでした……」
小坂は水を求めて、厨房から出ていった。
全員が見送ったあと、来戸が調理台に残るダンジョン芋を見た。
「ダンジョン芋は、変えた方がいいのでは? もっと扱いやすいものをテーマに、デザートを作りませんか」
これまでの試作を考えれば、無理にダンジョン芋へこだわる理由はない。
俺も別の食材を探すべきかと考え始める。
湖畔休憩地らしいデザートを作りたいだけなら、候補はほかにもある。
材料を変えれば、森野や海路なら商品にできる菓子を作ってくれるはずだ。
それでも、安くて見向きもされないダンジョン芋を美味しくしたいという気持ちは、簡単には消えなかった。
しばらくして、水を飲み終えた小坂が厨房へ戻ってきた。
話し合いが進んでいないと分かると、今度は試作品ではなく、残っていた生のダンジョン芋を持ち上げる。
「これ、ほんとサツマイモのまんまですよねぇ。そのまま焼いたら、美味しそうなお芋になりそうです」
その言葉を聞いた海路が、小坂へ尋ねた。
「焼き芋……ですか? そのまま焼くので?」
「そうそう。うちのおじいちゃんが、秋になると庭で落ち葉を集めて、アルミホイルで包んだサツマイモをよく焼いてくれたんです。なんか、それを思い出しました」
海路は何も答えず、調理台の上に残るダンジョン芋を見ていた。
「どうしたんだ?」
「もしかして、このダンジョン芋って、特殊調理食材なのでは?」
「特殊調理食材??」
俺と小坂は息ぴったりに言葉を重ねたのであった。
作者はトリコが大好きだったりします。




