第83話 湖畔の売店、オープンです!
「売店機能か……。すっかり忘れてた」
俺が正直に答えると、小坂は身を乗り出した。
「絶対そうだと思ってました!」
宿泊施設の一階には、最初から小さな売店区画が用意されている。
それなのに、食堂、客室、シャワー、湖畔バーベキューへ手を取られ、商品棚は空のままだった。
「ただ、売店機能は大事だな」
「へぇ…この流れで先輩から、その言葉が出るとは思いませんでした」
「最近、探索者からよく聞かれてたんだよ。こういう物は扱っていないのか、ってな」
俺が厨房や湖畔にいる時にも、水や携帯食を買えないか、切れた装備を直す物はないかと何度も尋ねられている。
食堂の新メニューばかり考えていたが、必要とされているのは料理だけではない。
「食堂も同じだけど、店全体をバランスよく更新していかないとな。一つの要望を放っておいたせいで、探索者から一気にそっぽを向かれる可能性だってある」
小坂はノートパソコンの横にスマホを置き、これまで届いた問い合わせを開いた。
「簡易食の件は食堂にも関わるので、海路さんたちと一緒に考えるとして……まず多いのは、持ち運べる水と市販の栄養食ですね。栄養ゼリー、携帯栄養バー、長期保存パンも要望があります」
小坂が別の集計を開くと、今度は探索用の消耗品が並んだ。
「ダンジョントラベルグッズだと、防水ポンチョ、速乾タオル、予備の靴下、防塵マスク、携帯魔導灯用の交換魔石です」
「どれも途中で切れると困る物ばかりだな」
「装備品の補修用品も結構ありますよ。革装備へ貼る補修パッチ、替えのベルトと留め具、丈夫な補修糸、携帯砥石、防錆油。この辺りをまとめた基本セットが欲しいそうです」
俺は小坂が挙げるたびに、うんうんと頷いた。
いずれも地上では、探索用品店やホームセンターで買える一般的な民生品である。
「ダンジョンの中でも安く買えるなら、ここへ寄ってくれる理由になる。それに、水や明かり、装備の応急修理は探索者の生存率にもつながるからな。最初は基本だけでいい。扱うのは大賛成だ」
「ですよね! 売れる数を見てから、種類を増やせばいいと思います」
異界人材も二十人になり、以前より配置に余裕ができている。
受付と会計を経験している者の中には、商店で働いていた若井もいた。
「来週をめどに、開店準備を進めよう。問い合わせから商品をまとめて、リストを送ってくれ。それを使って、俺が卸へ確認を入れる」
「了解です!」
小坂は片手でオッケーサインを作った。
◇
翌7月13日。
定休日明けの湖畔休憩地は、朝から相変わらずの混み具合だった。
入口回廊を抜けた探索者が受付へ続き、ロビーの大型料金表を見ながら、休憩、食堂、シャワーの利用を選んでいる。
7月4日から加わった十人も仕事を覚え、先に働いていたスタッフと組んで担当の仕事をこなせるようになっていた。
受付では犬飼が入場券を確認し、こよりが館内の利用場所を案内する。
厨房から注文を知らせる音が鳴ると、来戸が調理場へ入り、海路は仕上げの順と盛りつけを伝えた。
客室では熊野が交換用リネンを運び、井瀬川が清掃を終えた部屋を管理アプリへ反映していく。
営業が落ち着いた午後、交代で休憩に入った来戸、犬飼、熊野がスタッフ用の休憩場所にそろっていた。
俺は三人へ飲み物を渡し、向かいの椅子に座る。
「定休日までここで過ごして、本当に大丈夫だったのか?」
三人がそろって俺を見た。
「勤務終了にして送還するだけなら簡単だ。休みのあとも、呼び戻さずにそのままにする、なんてことはないから安心しろよ」
犬飼は慌てて両手を振った。
「いや、そうじゃないんです。ここの施設の方が快適なんです……」
「ここの方が?」
俺が聞き返すと、来戸も犬飼の言葉に同意した。
「部屋の温度が、一日中ほとんど変わりませんよね。暑さも寒さも気にせず眠れる部屋は、それだけで驚きです」
熊野は清掃担当らしく、水回りの話を続ける。
「それに、建物の中にシャワーブースがあって、いつでも温かいお湯が出ます。使った水が床に残らず流れることまで、最初は信じられませんでした」
「私もです。明るい部屋で休めて、きれいな水が飲めます。お休みの日に戻りたいかと聞かれたら、ここにいたいです」
三人とも、設備に対する認識は同じらしい。
俺たちが日常的に使っている空調やシャワーは、彼らにとって当たり前の物ではなかった。
「もしかして、元いたところとは文明の水準がかなり違うのか?」
来戸が答えようとした直後、三人の前へ異世界雇用契約の発話制限通知が現れた。
暮らしていた場所や世界の様子を説明しようとすると、やはり禁忌事項に触れるようである。
「すみません。これ以上は……」
「いや、無理に話さなくていい」
同じ人間でも、元の世界はこの地球と文明の水準が違うのか、それとも魔法を使う別の方向へ発達しているのか、俺には分からない。
外見には金髪や赤茶色の髪を持つ者もいるのに、応募者名簿へ表示された名前は全員が和名だった。
「どういう世界から送られてくるんだろうな。名前も和名だし、いろいろと謎が残る……」
俺の独り言に答えられる者は、ここにはいなかった。
◇
それから一週間。
俺と小坂は通常営業を続けながら、利用者には知らせず売店の準備を進めた。
小坂が問い合わせを商品ごとにまとめ、俺は以前の取引先と探索用品の卸業者へ在庫と仕入れ値を確認する。
若井には売店の棚数と在庫の置き場所を見てもらい、受付班と交代で会計へ入れるよう勤務予定も調整した。
初回から種類を増やしすぎず、何度も要望が出た商品だけを少量ずつ並べる。
7月20日、木曜日。
ロビー右手の売店入口へ、『本日オープン』の案内を出した。
冷蔵棚には500ミリリットルのボトル水、電解質補給用の粉末、栄養ゼリーが収まっている。
隣の棚には携帯栄養バーと長期保存パン、その向かいにはポンチョ、速乾タオル、予備靴下、防塵マスク、交換魔石を並べた。
奥の一角には、革用補修パッチ、探索者用ベルト、留め具、補修糸、携帯砥石、防錆油をまとめた基本補修セットも置いてある。
すべて地上で普通に買える民生品だが、十階層で必要になった時には中央広場まで戻らなければ買えなかった物だ。
価格は、地上の小売価格のおよそ二倍に設定した。
それでもダンジョン都市で買う場合の半額程度で、ボトル水は300円、栄養ゼリーは500円、携帯魔導灯用の交換魔石は1,600円、基本補修セットは3,600円である。
開店直後、売店へ入った男性探索者が基本補修セットを手に取った。
「これ、中央広場で買ったら七千円はするぞ」
「地上でまとめて仕入れていますから、その価格で出せるんです。中身を追加したい場合は、こちらの単品棚から選べます」
若井が商品を開いて見せると、探索者は傷みかけた背負い袋のベルトと見比べた。
「じゃあ、このセットとこのベルトをもらう。あと水も二本」
その後も、探索へ出る前に栄養食を買う者や、予備の交換魔石を持っていなかったと気づく者が売店へ入ってくる。
同時入店は6人までに絞ったが、入口前から人がいなくなることはなかった。
小坂は管理アプリの売店集計を開き、仕入れ値と販売額を確認した。
「地上の倍でもダンジョン都市の半額。しかも卸値で仕入れていますから、これだけ売れると……これは、たまりませんなぁ。うししし…」
悪い商人のように目を細める小坂へ、俺はすぐに突っ込んだ。
「お前は越後屋か」
「お客様にも喜ばれて、私たちも儲かるんですよ。最高じゃないですか」
そう言いながら、小坂は売店集計の利益欄をもう一度開いた。
◇
その日の夜。
売店担当が夜の交代へ入ったあと、俺と小坂は管理室で休憩地スキルを確認した。
営業データを開こうとしたところで、未読通知を示す印が画面の上に現れる。
「先輩、通知が来ています」
俺は小坂の強い圧を受けつつ、新着通知を開く。
そこには、あの件名が記されていた。
《新機能解放のお知らせ》
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