第82話 魔物食と初めての定休日
「魔物食をメインテーマに、ですか?」
小坂の問いに、俺は頷いた。
「ああ。最初のワイルドボアステーキは、別に狙って始めたわけじゃない。予算がなかったから、素材としてだぶついていた肉を安く買っただけだ」
あの時は、少ない手持ちで何人分の食事を用意できるかしか考えていなかった。
それをたまたま美味しいと言ってくれる人がいて、味噌焼き丼やカツカレーへ広がっていったのである。
「今回も同じだ。ロックホーン・バイソンを看板料理にしようと狙ったわけじゃない。安く仕入れられる巨大肉をバーベキューへ使えないか試したら、想像以上にはまった」
「しかも、地上で売っているロックホーン肉とは別物になりましたね」
「あれは海路がいなければ成立しない料理だったからな。魔力戻しも、魔力を逃がさない焼き方も、俺たちだけじゃ思いつかなかったし」
小坂はこれまでの料理を思い返すように、ゆっくり頷いた。
「そう言われれば、その通りですね」
「俺が目指している湖畔休憩地には、まだまだ遠い。それでも、せっかくここまで来たんだ。湖畔休憩地といえばこれだ、と言ってもらえるキラーコンテンツが欲しいと思ってた」
安全に休めて、温かい食事が取れて、風呂やベッドも使える。
それだけでも探索者にとって十分役に立つ場所ではある。
だが、ここへ来なければ味わえないものが一つあれば、湖畔休憩地の名前はもっと強く残るはずだ。
「だったら、世の中でまだ注目されていない魔物食をメインテーマにしようと思ったんだ」
小坂が俺の顔をのぞき込んだ。
「そこまで言うのなら、もしかして先輩、もう次が頭の中にあるんですか?」
俺はニヤリと笑った。
「ああ。これはチカから言われたんだが――デザートが弱いですね、とな」
食堂には食後に頼める甘味がほとんどない。
チカの一言を聞いた瞬間、卸の在庫リストで見た、とある食材が頭に浮かんだ。
「その時にピーンときたんだ」
「先輩、それって、まただぶつき食材ですか?」
先回りされた俺は笑いながら、スマホを取り出した。
「ああ、その通りだ。お前も絶対に食べたことがあるぞ?」
卸業者から届いた商品写真を開き、小坂へ画面を向ける。
そこには、土を落としたばかりのサツマイモに似た食材が、出荷箱いっぱいに入っていた。
「まさか先輩、これって……」
「ああ。駆け出しの探索者御用達のダンジョン芋だ」
◇
7月12日、水曜日。
正式オープンから初めての定休日を迎えた。
当初は宿泊客を送り出したあとで施設を閉じ、異界人材も勤務終了にして全員を元の場所へ戻すつもりだった。
ところが、前日の営業を終えたところで海路から相談を受ける。
「朝倉さん。いただいたダンジョン芋のレシピを、厨房で試してもよろしいでしょうか」
俺と小坂が地上の菓子を参考にして集めたレシピは、海路へ渡してある。
今日は客へ出すのではなく、ダンジョン芋で同じものを作れるか確かめたいらしい。
海路の申し出を聞いたほかのスタッフからも、休みを湖畔で過ごしたいという声が次々に上がった。
「私も、このダンジョン湖畔で一日いてもいいですか?」
こよりがそう尋ねると、湖のそばで休みたい者、海路の試作を手伝いたい者、客室で一日眠りたい者が続く。
それぞれの希望を聞いた俺たちは、施設と安全地帯を展開したままにすると決めた。
もちろん、一般営業は行わない。
安全地帯の外に出た立て看板には、大きく『本日定休日』と表示されている。
朝になって訪れた探索者二人組は、その五文字を見た途端に足を止めた。
「うそー、マジで」
「水曜休みって書いてあっただろ。中央広場まで行くぞ……」
二人は何度も建物を振り返りながら、北側草地を離れていく。
中にいるスタッフには休みを優先させ、厨房を使う者だけ食材と火の管理を行うよう海路へ頼んだ。
俺と小坂は午前中に地上へ戻り、駅前で別れることにした。
「それじゃ、私は銀行と実家へ寄ってきます」
「俺は木場で荷物を受け取ってから、黒瀬さんのところへ行ってくる」
小坂は改札へ向かう前に、こちらを振り返った。
「夜、また先輩の家で」
「ああ。買い物が長引いても、夕食までには来いよ」
「分かってます。先輩こそ、黒瀬社長と話し込まないでくださいね」
そう言い残し、小坂は人の流れへ混ざっていった。
◇
木場の地上基地には、発注していた食材が箱で積まれていた。
俺は納品書と中身を照合し、冷蔵品の温度とダンジョン芋の傷みを確かめる。
検品を終えた箱から《異次元倉庫Lv.1》の搬入口へ入れると、湖畔側で受け取ったという連絡が海路から届いた。
最後の箱を送り終えた俺は、そのまま黒瀬工務設備へ向かった。
黒瀬には正式オープン後の利用者数と、現在の施設運営を一通り報告した。
「一番相談したいのは、湖畔バーベキューです。思っていた以上に予約が入っていて、今の設備だと一日10組が限界なんです」
「おう。あのバーベキュー、見たぞ。めっちゃうまそうじゃないか」
利用者が公開した動画を、黒瀬も見ていたらしい。
黒瀬は巨大な骨付き肉が光る場面をスマホに表示し、俺の前へ置いた。
「こりゃ予約も埋まる。今ある設備と同じセットを増やしたいって話か?」
「はい。コンロだけじゃなく、作業台や食材用のワゴンまで含めて、追加できないか相談したくて」
「だったら、今使っている設備の寸法と写真を持ってこい。それと動画で見ただけだが、色々と変えた方がいい備品もあったし、それもまとめて面倒見よう」
必要な確認を並べる黒瀬を見て、俺は最初にシャワー区画を相談した時のことを思い出した。
あの頃から黒瀬は設備よりも先に、そこで人がどう使うかを第一に考えてくれる。
「じゃあ今度の休み、宿泊に来てくださいよ。これまでの恩にも報いたいですし、転送機能を使って来てもらえればすぐですから」
黒瀬はスマホに映る湖と巨大肉をもう一度見た。
「じゃあ今度、見てみるか。そういや、湖畔の方へ行くのは初めてだもんな」
◇
その日の夜。
朝倉家のリビングでは、小坂がノートパソコンへ一週間分の収支を表示していた。
売上は約2,000万円、食材、消耗品、魔石、運搬費、決済手数料を差し引いた営業利益見込みも800万円を超えている。
「営業は、順調すぎるほどです!」
小坂は椅子に座ったまま、両手を上げて喜んだ。
「これなら、木場の土地も数年で買い取れそうですね」
「まだまだここからさ。まだいろいろと起こるぞ」
俺が冗談めかして脅すと、小坂はすぐ隣まで椅子を寄せてきた。
「もうー、先輩! 今くらい、素直に喜ばせてくださいよ!」
「順調だからこそ、次の心配をするのが経営者だろ?」
「先輩は、ついこの間まで会社員です。経営者ぶるのは、せめて土地の支払いを始めてからにしてください」
笑いながら肩を押され、俺は椅子ごと少し横へずれた。
空いたはずの隙間は、小坂がさらに椅子を寄せたせいですぐに埋まる。
「でも、現金だけじゃなく、休憩地ポイントも増えてきたな」
俺は管理画面を開き、営業実績と毎日発生する二十人分の契約費を確認した。
定休日の今日も1,310ポイントは消費されたが、正式オープン後の獲得量はそれを上回っている。
「そろそろ貯めるだけじゃなく、外観や設備に使っていきたいんだ」
「そうですね。今の建物だと、先輩が思い描いている湖畔休憩地とは、まだ方向性が違いますしね」
現在の宿泊施設は、スキルが用意した標準の三階建てだ。
客室も厨房も十分に使えるが、外から見れば街中にある宿泊施設と大きく変わらない。
「だから、すぐに全部を変えるわけじゃない。営業に必要なポイントを残しながら、外観と設備を徐々にアップデートしていきたい」
小坂は管理画面を操作し、一階の施設一覧を開いた。
「それもいいですけど、売店機能をそろそろ使いたいですね」
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