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【書籍化決定!】ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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第79話 湖畔バーベキューコンボと巨大骨付き肉②

 俺が料理名を告げると、三人はそろって目を見開いた。


 「えっ、これ、魔物肉なんですか?」


 森下が大皿の前まで寄り、長く伸びた骨の根元を覗き込む。


 「それも、ロックホーン・バイソンの肉?」


 「骨付き肉のトマホークだ……でかっ!」


 小野寺は思わず椅子から立ち、相原は一枚の端から端まで手を広げた。


 「これ、一枚で何人前ですか。三人分じゃなくて三枚あるんですよね?」


 「一枚で一人前だ。だから三人前で三枚だな」


 俺の返答に相原はほんとに? という表情を浮かべた。


 ロックホーン・バイソンは、この第十階層から二つほど下ったあたりで見かけ始める。

 草原型の階層に群れで暮らすC級の牛系魔物で、中型種としてはかなり有名だ。


 地上のレストランでも、ロックホーン肉のステーキ自体は珍しくない。

 ただし、その名前に気づいた途端、三人の勢いが目に見えて落ちた。


 「ファミレスの節約ステーキで、よく出る肉だよな」


 「スーパーでも牛肉より安い時がありますね。大きいステーキを安く食べたい時の定番というか」


 森下も、大皿の肉を見直しながら言った。


 ロックホーン肉には、地上で扱うと厄介な特徴がある。

 解体直後から肉に残った魔力が抜け始め、時間が経つほど色がくすみ、味も落ちてしまうのだ。


 魔力保持用の専用ケースへ入れれば遅らせられるが、保管にも輸送にも金がかかる。

 高い保存費を払ってまで運ぶ店は少なく、一般に流通する肉は、魔力を失ったあとで普通のステーキとして売られていた。


 量が取れて牛肉より安い。

 そのため、地上では節約ステーキの定番という扱いがすっかり定着している。

 その結果、最初に大きく膨らんだ三人の期待が、分かりやすく萎んでいた。


 「ああ、言いたいことは分かるぞ」


 俺が声をかけると、相原が慌てて手を振った。


 「でも、こんなダンジョンの中でバーベキューができるだけでも幸せですよ!」


 「そうです。それに、野菜も海鮮もめちゃくちゃおいしいですし!」


 森下が網の上で焼けたエビを指し、小野寺も何度も頷く。

 フォローしているつもりなのだろうが、三人とも骨付き肉から視線が外れている。


 「三人の意見はもっともだ。だから、とりあえず焼いて食べてみるといい。感想は、そのあとで聞こう」


 俺は笑いをこらえながら、三枚のうち一番手前にある肉を指した。

 相原が森下と小野寺へ声をかけ、三人が肉の周囲へ集まる。


 「そこまで言われたら、焼くしかないよな」


 「じゃあ、いただきます」


 まず相原が、長い肋骨の部分を両手でつかんだ。

 持ち上げようとした骨が途中で止まり、相原の腕に力が入る。


 「うわ、重っ! これ、一キロどころじゃないぞ」


 小野寺が肉側へトングを差し入れ、二人がかりで大皿の端まで動かした。

 海路は残り二枚へ透明シートを戻し、冷蔵用の保管容器へ運んでいく。


 持ち上げられた肉は、見た目だけなら牛肉に近い。

 だが、赤身は熟したトマトよりも深く鮮やかで、端に入った白い脂との境がはっきりしていた。


 「色、全然違わない?」


 森下が肉の表面へ指を近づける。


 「焼く前から、こんなに赤かったっけ」


 「いや、スーパーで見る肉は、もっとくすんだ灰色に近いだろ。俺がいつも食べてるのと、もう別の肉に見える」


 相原も骨を持ったまま、赤身から目を離さない。


 「その違いは、焼けばもっと分かる。まず、網の中央へ載せてくれ」


 二人が骨と肉を支え、熱した網へ一枚を横たえる。

 赤身の部分と脂の焼ける低い音が続き、赤身の下から白い煙が立った。


 「載せたら蓋を閉めて、右側のつまみを大型ステーキモードへ合わせてください。十分経ったら一度開けて裏返し、もう十分焼けば完成です」


 海路がコンロ側面のつまみを示す。


 「塩と黒胡椒は振ってある。焼き上がってから足したければ、好みで使ってくれ」


 相原が蓋を下ろし、小野寺がつまみを回した。

 魔道回路へ淡い光が走り、炭の赤みが蓋の隙間から見えなくなる。


 最初の三分ほどは、炭が爆ぜる音しか聞こえなかった。

 やがて蓋の隙間から薄く煙が漏れ、森下が鼻を動かした。


 「あれ? こんなにいい香りがする肉でしたっけ」


 小野寺もコンロへ近づき、何度か息を吸う。


 「肉が焼ける匂いなのは分かるんだけど……なんだろう。ココナッツみたいな甘い匂いがして、妙にほっとする」


 炭火に炙られた赤身の香ばしさへ、溶け始めた脂の甘みが少しずつ混じっていた。

 

 海路が俺へ親指を立てた。

 俺は蓋の前から動かなくなった三人を見て、口元が緩む。


 そして、最初の十分が経過した。


 「開けていいぞ」


 相原が蓋の取っ手をつかみ、一気に持ち上げる。


 閉じ込められていた白い煙が、熱と一緒に噴き出した。

 焼けた赤身の濃い香ばしさ、炭火に落ちた脂の焦げる匂い、黒胡椒の刺激がまとまって湖側の草地へ広がっていく。


 最初の香りとはまるで違う。

 鼻へ届いた瞬間に、厚い肉へ歯を立て、脂の混じった肉汁を飲み込むところまで想像できる匂いだった。


 「ええっ、何これ!」


 森下の声が裏返る。


 「めちゃくちゃいい匂い! 肉の匂いが濃いのに、バランスを取るかのように果実のような甘い匂いがする!!」


 「炭の焦げた匂いまでうまそうなんだけど。これ、白いご飯まで欲しくなる……」


 小野寺は自分の皿に残ったトウモロコシを見たあと、もう一度肉へ向き直った。


 「感想はまだ早い。そこからひっくり返してくれ」


 俺に言われ、相原が骨を持ち、小野寺が二本のトングで肉側を支える。

 重い肉をどうにか裏返すと、焼き網の跡が濃い格子模様になっていた。


 赤褐色へ変わった表面では脂が泡立ち、網へ落ちた雫が炎を一瞬だけ高くする。


 森下の腹が鳴った。

 続けて小野寺、最後に相原の腹からも音が上がる。


 俺と海路が黙って三人を見ると、相原が先に両手を上げた。


 「しょうがないでしょ! こんないい匂いを嗅いだら、こうなりますよ!」


 「そうです。これは私たちのせいじゃないです」


 「分かった分かった。じゃあ、蓋をしてあと十分な」


 三人は言われる前に蓋を閉め、コンロの前へ椅子を寄せた。


 二度目の焼きが進むにつれ、蓋の隙間から流れる香りは甘さを増していった。

 最初に立っていた炭と赤身の荒々しい匂いも、時間が経つほど肉の旨味を想像させる香りへ変わっていく。


 蓋を開ける予定の時刻は、三人のスマホにも表示されていた。

 それでも一分も経たないうちに、小野寺が画面を確かめる。


 「まだ七分もある……」


 「一分前にも見てただろ」


 相原が言った直後、今度は森下が自分のスマホを点灯させた。


 「こういう待ち時間って、なんで長くなるんでしょうね」


 残り三分を切る頃には、三人とも椅子から立っていた。


 やがて通知音が鳴り、相原が蓋を開ける。


 もう白い煙はほとんど出なかった。

 肉の表面は艶のある濃い赤褐色へ変わり、格子状の焼き目の間で透明な脂が細かく弾けている。


 その上を、金色にも赤色にも見える光の粒が走った。

 光は肉の表面へ散っては消え、別の場所からまた浮かび上がる。


 「え、何これ?」


 森下は蓋の取っ手から手を離した。


 「肉が光ってるんですけど、食べて大丈夫なんですか?」


 「大丈夫だ。それは魔力調理反応といって、食材に十分な魔力が残っていて、適切な火入れができた時に出る」


 三人の視線が、焼けた肉の上を走る光へ集まった。


 「それが出たなら、うまく焼けた証拠だ。もうコンロから下ろしていいぞ」


 相原が骨を持ち、小野寺がトングを差し入れる。

 森下は大皿を網のすぐ横まで寄せ、三人は声を掛け合いながら焼き上がった一枚を移した。


 皿へ載せても、光の粒は消えない。

 赤褐色の表面へ散っては浮かび、肉汁の艶と一緒にきらめいている。


 「初めて見ました……」


 森下は大皿の縁へ手を添えたまま、光が現れては消える場所を追っていた。


 「う、うつくしい……」


 小野寺はさっきまで腹を鳴らしていたことも忘れ、光を追っている。


 「大きいから、まずは食べる分を切り分けた方がいいぞ」


 俺がステーキナイフを渡すと、相原が肉の端をフォークで押さえた。

 刃先が焼き目へ触れ、そのまま抵抗もなく沈んでいく。


 「え?」


 相原は一度ナイフを止め、刃を確かめた。


 「普通のステーキナイフですよね。なんで、こんなにあっさり入るんですか」


 「いつも食べてるロックホーンと、もう完全に別物じゃん……」


 小野寺が切り口を覗き込む。


 相原がゆっくりナイフを引くと、厚い肉が一切れだけ離れた。

 焼けた表面の内側から、鮮烈な赤を残した断面が現れる。


 中心まで熱は入りながらも、赤身は深く鮮やかな赤を保っている。

 透明な肉汁が切断面からあふれ、大皿の底へ筋を作った。


 遅れて、断面からも光の粒が舞い上がる。

 三人は口を開けたまま、切り分けられた一切れを見ていた。


 「その様子だと、食べるまでに日が暮れそうだな。ほら、ナイフを貸せ」


 俺は相原からナイフを受け取り、三人が食べやすい大きさへ肉を切り分けた。

 一切れ動かすたびに肉汁が光を反射し、赤い断面から細かな粒が生まれては消えていく。


 三枚の皿へ肉を分けると、海路が小さな器を三種類ずつ並べた。


 「専用ソースは三種類あります。肉汁と赤ワインを煮詰めた濃厚ソース、おろし玉ねぎと醤油を合わせた和風ソース、それから焦がしにんにくと粒マスタードのソースです」


 赤ワインソースには、試し焼きで集めたロックホーンの肉汁を加えてある。

 和風ソースは醤油の香りと玉ねぎの甘さを前へ出し、三つ目はにんにくの香ばしさを粒マスタードの酸味で締めた。


 「でも、最初の一切れは、そのまま食べるのを勧める」


 三人の視線が、一斉に俺へ向いた。


 俺はとうとう笑いをこらえきれなくなった。


 「とりあえず食ってみろよ。とぶぞ?」

【新作のお知らせ】

新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!

※ハイファンタジーです。要注意!


人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。

本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。


本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。

楽しんでいただけましたら嬉しいです!

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