第78話 湖畔バーベキューコンボと巨大骨付き肉①
飯テロコンボだけではない。
今、三人が食べている湖畔バーベキューには、もう一つ別の効果が働いている。
それを最初に見つけたのは、正式オープンの一週間前だった。
木場の主工場内へ宿泊施設を展開し、十人で研修を始めた日の午後。
俺は厨房に残った海路とチカへ、新メニューの構想を話した。
「前の営業で、外の草地を臨時の休憩場所として開けただろ」
「あの日ですね。屋内の休憩場所が埋まってしまって」
チカは前回の営業を知っている。
海路は作業台の向こうで、俺の話を聞いていた。
「食堂は今のところ40席だ。混雑時は48席まで増やせるけど、厨房で作れる量には限界がある」
客を待たせず、一度に提供できる料理にも限度があった。
だが、外の草地で休んでいた探索者たちは、自分たちで持ち込んだ携帯食を温めたり、小さな鍋を使ったりしていた。
「それを見て思ったんだ。こっちで食材と道具を用意して、最後は客に焼いてもらえば、厨房の負担を増やしすぎずに済む。それに、自分たちで作る方が楽しいんじゃないかって」
「お客様が自分の料理を作るんですか?」
海路には、その考え方自体が馴染みのないものらしい。
「バーベキューっていうんだ。外で火を囲んで、肉や野菜を網で焼く。家族や仲間で集まって、焼くところから食事として楽しむんだよ」
「料理を完成させて出すのではなく、焼く時間も含めて売るのね」
チカが先に納得した。
海路は腕を組み、しばらく作業台を見ていた。
「俺がいたところでは、移動中に自分で火を起こして調理するのは当たり前でした。宿場を離れれば、食堂なんてありませんから」
「だったら、似たようなものじゃないか?」
「いえ。あれは必要だから作る食事です。それを客へ提供する物として考えたことがありませんでした」
海路は食堂側の扉へ顔を向けた。
「ですが、食材の下処理をこちらで済ませて、安全な場所と道具まで用意するなら話は違います。客は面倒なところを省いて、焼くところだけを楽しめる。今の説明で腑に落ちました」
「世界が違うと、食事の楽しみ方も違うのね」
チカは新しい遊びを教わったような顔をしている。
「肉と野菜は、網へ載せやすい大きさに切っておく。たれ、皿、トングもこっちで用意する。最初はそれで試してみよう」
「やってみましょう。火を使う説明は必要ですが、厨房で一人前ずつ仕上げるより手は減らせます」
海路の賛成を得て、俺たちはその日のうちに試作用の道具をそろえた。
◇
翌日の日曜日、俺と小坂は木場の旧工場敷地で、屋外での運用も確かめることにした。
主工場の大きなシャッターを開け、設備収納から出したバーベキュー用コンロと折り畳み机を建物脇の舗装区画へ運ぶ。
研修を終える前の試食だったが、この日だけは夕食も兼ねることにした。
海路は厚めに切った玉ねぎとピーマンを長机へ運び、チカがキノコとトウモロコシの皿をその横へ置いた。
肉はワイルドボアを食べやすい大きさに切り、海路が下味をつけていた。
「では、自分が食べる分は、自分で焼いてください」
俺がトングを配ると、こよりが網の前へ飛び出した。
「お客さん役なのに、自分で料理していいんですか?」
「それを試すためのバーベキューだからな。焦がしても自分の分だぞ」
「それは困ります! チカさん、焼けたら合図ください!」
「お肉は私か海路さんが見ますから、こよりは野菜から焼きましょうね」
二台のコンロへ食材が載り、脂の弾ける音が続いた。
珍田は火に近すぎる皿を離し、熊谷は隣の席へ煙が向かないようコンロの位置を直している。
網の上でワイルドボア肉の表面が焼け、醤油だれと脂の匂いが敷地の奥へ流れた。
「これはいいですね」
曽布川が焼いたキノコを皿へ移した。
「待っているだけではなく、焼けた物からみんなで取れるので、話が途切れません」
「自分で焼くのは新鮮です。宿で出された食事とも、旅の途中で作った食事とも違います」
若井の言葉に、海路が頷く。
「必要に迫られて作るのとは、確かに違いますね。食べる相手と火を囲むこと自体が目的になっている」
海路は自分で焼いた肉を一口食べた。
その隣で、チカが湖畔ブレンドバーベキューだれをつけた玉ねぎを味わっている。
「このたれ、焼いた野菜にも合うわ。果物の甘みがあるから、野菜だけでも物足りなくならないですね」
「俺は肉をもう一枚もらっていいか」
珍田が空いた網へ手を伸ばす。
「俺もお願いします」
熊谷も皿を出し、こよりは自分が育てるように焼いていたトウモロコシを裏返した。
その時、俺の前へ表示が開いた。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:新規コンボ発見
登録名:湖畔休憩地
新規コンボを発見しました。
コンボ名:湖畔バーベキューコンボ
成立条件:
・《湖畔休憩地》に登録された屋外区画
・利用者参加型の焼き料理
・複数人で囲む食事
・利用者から一定以上の満足を得る
効果:
・バーベキュー料理の味わいを上昇
・食事による疲労回復効果を上昇
・利用者へ《湖畔の活力》を付与
《湖畔の活力》
有効期間:三日間
効果:ダンジョン内での疲労蓄積を軽減
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「新しいコンボ……?」
表示を読み終えた直後、設営で重くなっていた肩が楽になった。
腹が満たされたからというだけではない。
足に残っていた疲れまで薄れている。
「あれ? なんだか体が軽いです!」
こよりが椅子から立ち、両腕を上げた。
井瀬川も自分の手を握り、疲れの抜け方を確かめている。
隣にいた小坂の管理アプリにも、湖畔バーベキューコンボと《湖畔の活力》の付与が表示されていた。
「先輩、私にも出ています。付与から72時間。ダンジョン内での疲労蓄積を軽減、ですって」
「そういえば、飯テロコンボにも食事満足度の補正があったよな」
「ですです。あちらは満足度と再訪率でしたけど、今度は食べた本人に効果がついています」
「以前にも、似た現象が起きていたのですか?」
海路に聞かれ、俺は最初に相原たちへワイルドボアのステーキ丼を出した時のことを説明した。
魔物素材と地上の食材を使い、温かい料理を出したことで、利用者の満足がコンボとして記録された。
今では香りや湯気、食べている人の反応を通して、料理の魅力を周囲へ伝えやすくする効果として働いている。
「それに加えて、今度は疲れを取り、三日間も疲れにくくするのですか」
比志野は箸を皿へ置いた。
食事を囲んでいた全員の顔から、先ほどまでの賑やかさが消えている。
「俺たちのいた場所にも、食事で体力を戻す話はありました。ですが、こうして全員へ同じ加護がつくのは初めてです」
珍田は自分の腕を曲げ、体の変化を確かめた。
「今さらですが、朝倉さんのスキル、とんでもないですね」
「食事と宿で探索者を助けられるなら、俺としてはありがたいけどな」
戦う力を与えるわけではない。
それでも三日間疲れにくくなるなら、探索者が湖畔休憩地へ立ち寄る理由になる。
「宿泊施設になったことで、まだ他にも新しいコンボが生まれるかもしれない。これから色々試していこう」
重かった空気がほどけ、こよりが再びトングを持った。
「では、その第一歩として、お肉を追加してもいいですか?」
「結局そこへ戻るんだな」
網の空いた場所へ、海路が残っていた肉を載せた。
「ところで先輩、正式オープンで使うお肉はどうします?」
小坂が湖畔ブレンドバーベキューだれの器を持ち上げた。
「ワイルドボアなら今までの仕入れ先でそろえられます。私たち、退職することは決まっていますけど、魔物素材の卸は専門です。調達先には困りませんよ」
「それなんだけど、ちょっと試したい肉があるんだよな」
「その言い方、嫌な予感しかしないんですけど」
「やりすぎるつもりはない。もう知り合いの食肉卸には相談してある」
言い終えたところで、ポケットのスマホから通知音が鳴った。
画面には、その卸業者から届いたメッセージが表示されている。
《ご相談のロックホーン・バイソン、確保できました。ご指定どおり肋骨を残した厚切りで加工します。明日午前、冷蔵で搬入可能です》
「このタイミングで来るか」
「ロックホーン・バイソンって、中層にいる牛みたいな魔物ですよね?」
小坂は名前を知っていた。
草原型階層に生息するC級魔物で、硬い角と岩のように発達した首回りから、その名がついている。
肉は牛肉に近い濃い旨味があり、太い肋骨の周囲には甘い脂が入る。
「骨付きのまま、かなり厚く切ってもらう。明日搬入して、みんなで実食してみよう」
「明日もバーベキューですか!」
こよりの声に、曽布川と阿武原も喜んだ。
さっきまでコンボの効果に驚いていた面々が、今度は明日の肉をどう焼くかで盛り上がり始める。
こうして最初の試食は、用意した肉と野菜をきれいに食べ切って終わった。
◇
そして、現在。
相原たちは網の上へ次の野菜を載せていた。
「お待たせしました」
海路の声が食堂側から届いた。
俺と海路は、大皿を持って草地へ出る。
皿全体には清潔な白い覆いを掛け、その内側で食材用の透明シートが肉を包んでいた。
「それ、なんですか?」
森下が立ち上がった。
「めちゃくちゃ大きいですけど……」
小野寺は、俺と海路が二人で運んでいる皿から目を離さない。
俺たちはコンロ横の長机へ大皿を下ろした。
海路が透明シートの端を押さえ、俺は上に掛けていた白い覆いを取る。
「お待たせしました。湖畔バーベキューのメイン料理――」
透明シートの下に、長い骨のついた肉が三枚並んでいる。
一枚ごとに五センチ近い厚みがあり、赤身の端には白い脂が太く走っていた。
皿から突き出すほど長い肋骨を持ち手のように残した、トマホーク型の骨付きステーキだ。
「ロックホーン・バイソンのボーンステーキバーベキューです!」
【新作のお知らせ】
新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!
※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




