第76話 湖畔休憩地、正式オープンです!
自動扉が開くと、森下の声が真っ先に飛んできた。
「お久しぶりです!」
相原と小野寺も、それぞれ片手を上げている。
三人とも装備には使い込んだ跡が増えていたが、初めて会った頃と変わっていなかった。
「お久しぶりです。そちらも元気そうで。探索者活動は順調ですか?」
「はい。まだ三人でやれてます!」
相原が答えると、森下と小野寺も頷いた。
大きな怪我もなく、三人で依頼を受けながら実績を積んでいるらしい。
「それはよかった。最近、全然顔を見なかったから心配してたんですよ」
「来たかったんですけど、前みたいに予約なしで来るのも駄目かなって」
森下はそう言いながら、俺の後ろにある宿泊施設を見上げた。
視線が一階から三階まで上がり、湖側に並ぶ窓へ移っていく。
前に三人が来た時、ここにあったのはタープと受付テーブル、増え始めた休憩用の設備くらいだった。
宿泊型への進化を選んだのは、そのあとのことだ。
「公式のYはずっとチェックしてたんです。建物の写真も見てたんですけど、まさか本当にここまで大きくなってるとは思いませんでした」
森下は建物全体に向かって指を指した。
「これって、スキルって言われてますけど、本当にそうなんですか?」
安全地帯の外では、今も何人もの探索者がこちらへスマホを向けている。
どこまで話すべきか迷っていると、隣で小野寺まで身を乗り出してきた。
「俺も聞きたいです。朝は何もなかったのに、いきなり出てきたって外の人が騒いでました」
「まあ、スキルです。ちょっと普通とは違いますけど、そのくらいで勘弁してください」
「やっぱりスキルなんだ……」
森下は建物をもう一度見上げ、小野寺は赤いじゅうたんの端から外れないように歩きながら、自動扉の奥を覗いていた。
「中も見ていいんですよね?」
「もちろん。そのために来てもらったんですから」
「今日の宿泊手配、ありがとうございます! めっちゃ楽しみにしてたんですよ!」
相原が勢いよく頭を下げると、後ろの二人も続いた。
「前に次は予約して来ますって言ったの、ずっと果たせてなかったんで」
小野寺の言葉に、俺も前に会った時の別れ際を思い出した。
あの時は予約が取れたらと返したが、まさか初めての予約利用が宿泊になるとは考えていなかったのだろう。
「今度は追い返さずに済みますね。食堂も使えますから、ゆっくりしていってください」
「本当ですか!」
小野寺の声が外まで響き、三人で笑った。
その時、安全地帯の境界を越えてくる一団が見えた。
先頭を歩く体格のいい男と、その横で新人たちの人数を確認している女性には見覚えがある。
《銀嶺の道標》の堂島と久我だ。
後ろには、かつて堂島班で訓練を受けていた新人六人もそろっている。
「お久しぶりです」
俺が近づくと、堂島は片手を上げた。
「久しぶりだな、朝倉さん。これまた、ずいぶん立派な施設になったもんだ」
宿泊施設の正面に立った堂島は、三階まで見上げてから息を吐いた。
「沙織たちから聞いてはいたが、正式オープンとなると前とは別物だな」
「私たちも、最初に泊まった時は驚きましたよ。前はあそこにタープがあっただけでしたから」
久我が湖側の野外休憩所を指す。
新人たちも以前との違いを言い合っていたが、堂島が振り返ると声を抑えた。
その様子は以前と変わらない。
ただ、六人の装備と立ち方は、初めて会った頃よりずっとしっかりと、そして頼もしくなっていた。
堂島が白い外壁へ目を戻す。
「噂どおり、これもスキルで出しているのか?」
「ええ。ちょっと変なスキルですけど」
「変な、で片づける規模じゃないだろう」
堂島は呆れたように言ったあと、正面入口と屋外休憩所を眺めた。
「最初は、料金も取らずに料理を出してましたからね。堂島さんに、価値があるなら金を取れって言われなかったら、今もどうしていたことか」
「あれは助言というほどのもんじゃない。新人でも分かる話だ」
「その新人でも分かる話を、俺たちは知らなかったんですよ」
久我が声を上げて笑い、堂島は返す言葉を探すように顎を撫でた。
「まあ、ここまで続けたのは朝倉さんたちだ。俺は客として好き勝手を言っただけだからな」
「その好き勝手に、かなり助けられました」
堂島は俺の肩を一度叩き、今度は小坂へ目を向けた。
「正式オープン、おめでとう。今日は中をしっかり見せてもらう」
「ありがとうございます。気になったところがあれば、今日も遠慮なく言ってください」
「それを開店祝いの日に頼むのか?」
「堂島さんには、その方が合ってるかなと」
小坂が答えると、久我たちの間から笑いが起きた。
堂島たちと話している間に、もう一組が境界を越えてきた。
六人の先頭にいる榎本がこちらへ手を振る。
《青嵐の足跡》だ。
「正式オープン、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。皆さんも来てくれたんですね」
「俺たち、最初の客だったんですよ。招待されたら来るに決まってるじゃないですか」
榎本の後ろで、椎名が宿泊施設の周囲を見回している。
「前より人が多すぎませんか。境界の外、ずっと向こうまで埋まってますよ」
「俺たちも、朝に来て驚きました」
「初回営業の時も大概だったけど、今日は別物ですね」
河合と北沢は受付制服のスタッフが増えていることに気づき、ロビーの奥を覗いていた。
杉浦は食堂の方から流れてくる匂いを気にしている。
「今日もランチセット、あります?」
「ありますよ。営業が始まってからですけどね」
「よかった。俺、あれも楽しみにしてたんで」
杉浦が腹を押さえたところで、小坂が時刻を確認した。
「皆さん、そろそろ式の準備に入ります。お話の続きは館内でお願いします」
俺たちは招待客に待機場所を案内し、いったん別れた。
相原たちは赤いじゅうたんの横へ移り、堂島と久我は新人たちをまとめる。
《青嵐の足跡》も六人で固まり、外のカメラを気にしながら開始を待った。
17人が並ぶ光景を見ていると、どの顔にも、この湖畔で初めて会った時の姿が重なった。
◇
午前9時30分まで、あと5分。
宿泊施設の正面では、スタッフが式に向けた最後の準備を進めていた。
赤いじゅうたんの両側が整えられ、入口前には赤と白のテープが張られている。
こよりと比志野は招待客の並びを案内し、珍田は一般客が境界へ近づきすぎないよう外を見ていた。
井瀬川たちは式が終わり次第、館内案内へ移れるよう受付とロビーを確認している。
小坂が進行用のスマホを持って、俺のところへ来た。
「先輩、何を話すか考えましたか? 長いのは駄目ですよ?」
「まあ、何となく固まった」
「本当ですか? 話し始めてから思い出話が止まらなくなるのも駄目ですよ」
「そこまで話好きじゃないだろ、俺」
「今日は怪しいです。さっきから、みんなと話すたびにかつての状態を思い出してましたから」
言われてみれば否定できない。
俺は赤いじゅうたんの先に並ぶ17人を見た。
その向こうでは、安全地帯の外にいる探索者たちが式の開始を待っている。
これだけの人数を前に話すのだと思うと、今になって喉が乾いてきた。
「水、飲んできます?」
「いや、大丈夫。行こう」
時刻が午前9時30分になる。
小坂が赤いじゅうたんの横へ立ち、集まった人たちへ向き直った。
「皆さま、本日は湖畔休憩地の正式オープンにお越しいただき、ありがとうございます」
外の話し声が少しずつ収まる。
小坂は招待客だけでなく、安全地帯の外にいる探索者たちにも届くよう声を張った。
「午前10時からの営業開始に先立ち、ただいまより正式オープン式を始めます。初めに、湖畔休憩地の運営者である朝倉歩より、ご挨拶申し上げます」
拍手に送られ、俺は赤いじゅうたんの中央へ進んだ。
用意された位置で足を止めると、何台ものスマホとカメラがこちらを向いている。
営業の説明だと思えばいい。
そう考えようとしたが、目の前にいるのは取引先ではなかった。
俺は一度息を吸い、招待客の顔を順番に見た。
「皆さん、今日は来てもらってありがとうございます」
自分の声が、湖畔の草地へ広がっていく。
「この湖畔休憩地を始めてから、まだ2か月も経っていません。それなのに、俺にはもう何年もやってきたような気がしています」
招待客の間から笑いがこぼれた。
小坂まで進行用のスマホで口元を隠している。
「最初に来てくれたのは、相原さん、森下さん、小野寺さんの三人でした。来てくれたというより、ワイルドボアに追われて飛び込んできた、という方が正しいですけど」
今度は外からも笑い声が上がった。
相原たちは気まずそうに頭を下げながら、三人で何かを言い合っている。
「あの時は、本当に驚きました。俺自身、ここがどんな場所になるのか分かっていなかったんです。ただ、三人を助けた縁が湖畔休憩地との縁になり、最初のお客さんとして料理を食べてくれました。今日、こうして初めての宿泊にも来てくれています」
三人がそろって頭を下げる。
小野寺だけは、頭を上げたあと食堂の窓を見ていた。
「次に来たのが、《銀嶺の道標》の皆さんでした。正直に言うと、最初は怖い人たちが来たと思いました」
堂島が腕を組んだまま苦笑いする。
その横で久我と新人たちが笑いをこらえていた。
「ですが、話してみると面倒見がよくて、俺たちが知らなかった本物の探索者たちの常識を、いろいろ教えてくれました。安全に休める場所の価値、訓練中に水場やトイレが使える意味、提供するものにきちんと料金をつけること。堂島さんや久我さんたちは、湖畔休憩地にとって兄貴分のような存在です」
堂島は何も言わず、片手だけ上げた。
「その助言があったから、ただ料理を出すだけで終わらず、利用する人が何を必要としているのかを考えられるようになりました。それが、今日の正式オープンにもつながっています」
俺は《青嵐の足跡》の六人へ目を向ける。
「そして、この場所が宿泊施設へ変わったあと、最初のお客さんになってくれたのが《青嵐の足跡》の皆さんです」
榎本が仲間と顔を見合わせた。
「何も分からない入口回廊を最初に進み、受付で料金を確認し、休憩室と食堂を使ってくれました。俺たちにとっても初めての宿泊施設営業で、本当に人を迎えられるのか、受付や案内が成り立つのか、分からないことばかりでした。皆さんが最初に入ってくれたから、俺たちは実際の営業を始められました」
榎本たち六人が、そろってこちらへ頭を下げた。
「ほかにも、ここまで来る間に大勢の方から助言や協力をいただきました。今日、湖畔休憩地は正式オープンします。ですが、これはまだ始まりの第一歩にすぎません」
安全地帯の外で、装備の金具が触れ合う音も止まっていた。
「俺たちを待っている道は、きっと険しいものになります。それでも、こうして支えてくれる方がいるからこそ、前を向けます。皆さんが無事に探索を続け、ここへ帰ってこられるように。探索者の助けになれる場所として、これからも精いっぱい運営していきます」
小坂とスタッフたちが、俺を見ている。
「これからも皆さまの求めに応えられるよう、頑張ってまいります。本日はお越しくださいまして、本当にありがとうございます」
頭を下げると、招待客から拍手が上がった。
安全地帯の外に集まっていた探索者たちも、それに合わせて手を叩く。
拍手の中から、誰かの声が飛んできた。
「挨拶はいいから、早く入れろー!」
「俺も泊まらせろー!」
「予約を取ってから来てくださーい!」
小坂が即座に返し、周囲がまた笑いに包まれた。
俺も頭を下げたまま笑ってしまい、顔を上げるまで少し時間がかかった。
最後はテープカットだ。
三組を代表し、相原と堂島、それに榎本が赤いじゅうたんへ進んで俺と並んだ。
スタッフから渡されたはさみを持ち、4人で赤と白のテープの前に立つ。
「それでは、湖畔休憩地の正式オープンを記念して、テープカットを行います」
小坂が一度、全員の手元を確認した。
「3、2、1、どうぞ!」
4本のはさみが同時に閉じる。
テープが切れ、両側へ落ちた。
拍手と歓声が響く中、宿泊施設の自動扉が開いた。
「招待客の皆さま、受付はこちらです!」
こよりが誰よりも早く声を上げ、比志野と曽布川が受付前へ招待客を案内する。
井瀬川たちは宿泊客と館内見学の希望者を分け、チカは食堂の利用時間を説明していた。
十人とも、自分たちの出番が来たとばかりに動いている。
相原たちは受付で宿泊案内を聞き、堂島はさっそく珍田と入口周辺の話を始め、《青嵐の足跡》はこよりの案内でロビーへ入っていった。
俺と小坂は、少し離れたところからその光景を見た。
「先輩、ここからがスタートですよ」
「わかってる。果ての無い険しい道だけど、お前となら、このスタッフとなら乗り越えて行けると確信している」
そして、改めて周囲を見渡すと、たくさんの人がこちらを窺っている。
正式オープン。
かなり長い時間、この瞬間を待ちわびていた気がする。
なのに、いつの間にかたどり着いていたような気がしていた。
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人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
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