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【書籍化決定!】ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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75/107

第75話 正式オープン当日なんですが…③

 ロビーへ入ると、外の騒ぎが少し遠くの喧騒へと変わった。

 それでも、大勢の話し声は自動扉越しに聞こえてくる。


 「しかし、すごい人だな」


 「結構、野次馬も多かったですね」


 小坂がロビーの窓から外を確認する。

 宿泊装備を持たず、撮影だけを続けている者もかなりいた。


 「あれが全員、利用希望者だったら大変でした」


 「受付する前に一日が終わるな」


 冗談で済む人数ではなかった。

 予約客と一般入場待ち、それに見物人を分けるだけでも時間がかかりそうだ。


 「とりあえず、みんなを呼んで準備に入ろうか」


 「はい。開店まで、あと四時間くらいしかありません」


 俺は従業員管理を開いた。

 契約中の十人を確認し、全員を勤務開始へ切り替える。


 ロビーの床に黒い渦が次々と現れた。


 最初にこより、井瀬川、チカが現れ、その後を海路、曽布川、若井、比志野、熊谷、阿武原、珍田が続いた。


 光が収まる頃には、ロビーに十人がそろっていた。


 「はわわわっ! ちゃんと呼ばれました!」


 こよりが両手を胸元で握り、周りの仲間を見回す。


 「全員います! 十人ともいますよ!」


 「いる。だから少し落ち着いて」


 井瀬川はそう言いながらも、いつもより口元が緩んでいた。


 曽布川と比志野も互いの姿を確かめ、熊谷は隣に現れた珍田の肩を軽く叩く。

 海路とチカは、早くも厨房の方を見ていた。


 契約が更新されても、本当に次の勤務へ呼ばれるまでは不安だったのだろう。

 十人とも、再びこのロビーへ立てたことを喜んでいた。


 こよりが新しく加わった七人へ向き直る。


 「だから言ったでしょ? この召喚主さんは大当たりだって!」


 「俺、そんなふうに言われてたの?」


 「はいっ! おいしいご飯が出て、お仕事もちゃんと教えてくれて、次も呼んでもらえます!」


 「こより。それ、本人の前で言うことじゃない」


 井瀬川の指摘に、こよりは今さら口元を両手で隠した。


 俺と小坂はお互いを見合った。

 こういう時、どういう顔をすればいいのか分からない。


 ほかの七人からも、否定する言葉は出なかった。


 「ええと、喜んでもらえているならよかった」


 俺はそこで一度、柏手を打つかのように手を叩いた。


 「開店まであと数時間しかない。挨拶はこのくらいにして、みんな準備を進めていこう」


 「はいっ!」


 十人が、それぞれの担当へ散っていく。


 受付担当の四人は、小坂と一緒にカウンターへ向かった。

 珍田は入口と境界周辺を確認する。

 井瀬川、熊谷、阿武原は客室と共用部へ向かった。

 海路とチカは俺と一緒に厨房へ入る予定だ。


 その前に、野外休憩所を出しておくことにした。


 前回は、混雑してから屋外臨時休憩区画を作った。

 今回は最初から正式な野外休憩所として使えるよう、地上研修の間に机とベンチを登録してある。


 俺は《登録済み設備》から、保存済みの《野外休憩所・基本配置》を選んだ。


 「これで出すぞ」


 ロビーに残っていた熊谷と井瀬川が、窓際へ寄る。

 俺が一括配置を確定すると、建物の湖畔側へ光の枠が六つ並んだ。


 枠の中へ、六人用の机とベンチが一組ずつ現れる。

 二列三組。

 全部で36人が座れる野外休憩所が、数秒で出来上がった。


 休憩地の登録設備なので、展開中はダンジョンに取り込まれない。

 スライムに消化される心配もなく、閉店時には設備収納へ戻せる。


 熊谷が窓の向こうに並んだ机を見た。


 「これ、力仕事が減っちゃいますね」


 清掃と運搬を希望して来た熊谷にとっては、少し複雑らしい。


 「まだまだ序盤だぞ。食材もリネンも、運ぶ物はいくらでもある」


 「それなら安心しました」


 「安心するところ、そこなんですか」


 井瀬川の突っ込みに、三人で笑う。


 準備の大半は、地上研修と前日までの確認で終わっていた。

 客室の備品は補充済み。

 受付画面には今日の予約者が入り、料金表と館内案内も更新されている。


 確認を終えて手が空いたスタッフは、厨房の仕込みへ回った。


 海路が大鍋の蓋を開け、チカが食器と配膳用トレーを並べる。

 阿武原と熊谷は、井瀬川の確認を終えると食材の搬入を手伝った。


 俺も厨房へ入り、仕込み済みの肉と野菜、米の量を順番に確認していく。


 途中でロビーへ戻ると、入口周辺の様子が変わっていた。


 壁には小さな飾りが並び、受付カウンターには花を模した装飾が置かれている。

 こよりたちが作った案内看板には、利用券確認、一般入場待機券、食堂受付の場所が大きく書かれていた。


 その中央に、ひときわ大きな看板が立っている。


 《湖畔休憩地 本日正式オープン》


 外では、今も大勢の探索者が開店を待っている。

 館内では十人が動き、厨房からは仕込みの音が聞こえていた。


 俺は看板の前で立ち止まる。


 「ああ、オープンするんだな」


 ◇



 そこからも準備は進み、厨房の仕込みも終わりが見え始めた。


 八時を回った頃、小坂が厨房の入口から俺を呼んだ。


 「先輩、今日の正式オープンについて、セレモニーの打ち合わせをしておきましょう」


 「分かった。今行く」


 海路とチカに厨房を任せ、俺は小坂と食堂へ移動した。

 まだ客のいない食堂で、窓際の席に向かい合って座る。


 小坂が運営用の受付アプリを開き、予約管理とは別の表を表示した。


 「前にも話していましたけど、これまでお世話になった方へ優先招待状を送っています。全員から返信が来ました」


 画面の最初には相原拓真の名前があり、その隣にいつもの二人も並んでいた。

 森下莉奈と小野寺晴斗だ。

 俺がこの湖畔で初めて出会った探索者たちだ。


 その下には、《銀嶺の道標》の堂島修吾と久我沙織、それに旧堂島班の新人六人が続く。

 初めて団体利用の話を持ちかけてくれて、宿泊施設になってからも利用してくれた人たちだった。


 さらに、宿泊施設の初回営業で最初の利用者になった《青嵐の足跡》の六人も、全員参加で返事をくれている。


 参加の返事をくれたのは合計17人だった。

 二十人にも満たない人数だが、表に並ぶ名前を見ていると、これまでの出来事が次々に浮かんできた。


 「こうして見ると、俺たち、こんなにも縁をつないできたんだな」


 最初は草地に椅子とテーブルを出しただけだった。

 そこへ三人が逃げ込んできて、堂島班が休憩し、小坂が運営を手伝ってくれるようになった。

 週末だけの休憩地が建物になり、今では十人のスタッフが開店準備をしている。


 「ですねぇ。短い期間だったと思うんですけど、ずいぶん遠くまで来ちゃいましたね、先輩」


 小坂も画面に並ぶ名前を見たまま、そう返した。


 「招待客には九時三十分に来てもらうよう伝えています。安全地帯への入域権限は、もう全員に付与してあります」


 「外で待っている人たちと一緒にならないのか?」


 「招待状の登録情報で判別されます。許可された人だけ、境界を通れるようにしてあります」


 小坂が表を閉じ、今度は式の進行表を表示した。


 「自動扉の前には、セレモニー用の赤いじゅうたんとテープカットの準備をしてあります。先輩が挨拶をして、招待客の代表者にテープを切ってもらったらスタートです」


 「俺が挨拶するのか」


 「運営者ですから」


 「俺にスピーチなんてできるのかな」


 人前で営業説明をしたことはある。

 だが、数百人に見られながら開店の挨拶をするのは、話が違う。


 「適当に、今日は空が青いですね、とか言っておけばいいんですよ」


 「それ、スピーチになってないだろ」


 俺は声を上げて笑った。

 小坂は何事もなかったように進行表を閉じる。


 「なんか、どこかで聞いたことがあるような台詞だな?」


 「気のせいですよ、先輩」


 「そうか? まぁ挨拶は考えておくよ。頑張る」


 打ち合わせを終え、俺は厨房へ戻った。


 海路が進めていた仕込みを引き継ぎ、提供順に鍋と食材を確認していく。

 食堂では配膳用のトレーが積まれ、受付では招待客と予約客の一覧が最終確認されていた。


 時刻が九時を過ぎた頃、正面入口の方から珍田の声が聞こえた。


 「朝倉さん、招待客が来ました!」


 俺は手を洗い、厨房からロビーへ向かう。


 自動扉の向こうでは、赤いじゅうたんの手前に三人の探索者が立っていた。

 先頭の相原が俺に気づいて手を振り、森下と小野寺もこちらへ顔を向ける。

【新作のお知らせ】

新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!

※ハイファンタジーです。要注意!


人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。

本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。


本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。

楽しんでいただけましたら嬉しいです!

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