第74話 正式オープン当日なんですが…②
俺と小坂は、しばらく何も言えなかった。
北側草地は広い。
湖へ出ればすぐ水場があり、森側には木陰もある。
昔、企業連合が開発候補として本格的に調べたことがあるくらい、場所そのものの条件はいい。
だがこの周辺は魔物が多く、中央広場からも遠い。
さらに資材へ魔物が反応して寄るせいで警備費が膨らみ、結局は開発を諦めたと聞いている。
その広い草地が、今日は探索者で埋まっていた。
湖畔側にも、森の近くにも、人の集まりが続いている。
宿泊施設の定員どころか、食堂や野外休憩所を合わせても収まらない。
全員が客ではないと分かっていても、数が多すぎた。
「……さすがに、これはないだろう」
「…ですです」
小坂も目の前の人数を数えることは諦めたらしい。
代わりに、俺たちがいつも【休憩地】を展開している辺りを指した。
そこにも、何組もの探索者が座っている。
地面へ敷物を広げている人もいれば、荷物を置いて仲間と話している人もいた。
「先輩。いつもの場所、完全に埋まってますよ。どうしましょう」
「今さら別の場所っていってもなぁ」
湖畔休憩地の登録地点は、この北側草地だ。
多少ずらして展開することはできるが、正式オープン初日に入口の向きや湖までの距離を変えたくはない。
「杭でも打って、目印を残しておけばよかったですかね」
「それをやっても、数日でダンジョンに取り込まれるだろ」
地上から持ち込んだ杭や看板をダンジョン内へ固定しても、長くは残らない。
数日放置すれば、地面や壁に沈むように取り込まれ、いつの間にか消えてしまう。
ダンジョン都市の建物は、その性質を逆手に取っていた。
ダンジョン内で採れた石材や木材なら、同じ場所に置いても取り込まれにくい。
都市の建物や舗装路には、できる限りダンジョン産の資材が使われている。
それでも、置いておくだけで終わりではない。
固定された資材の周りには、どこからともなくスライムが現れる。
放っておけば建物の土台や壁を少しずつ消化していくため、ダンジョン都市では毎日、スライム除去のクエストが出ていた。
目印一つでも、残すなら管理が必要となってしまうため、余計な手間を省くという意味で何もしてこなかったわけだが、それがここに来て裏目に出てしまっている。
それに週末だけ使っていた俺たちは、ここがそこまで人気になる場所になるとも思ってはおらず、そのままにすることを選んだ。
その結果が、これだった。
「しょうがない。声をかけて、場所を空けてもらおう」
「これだけの人にですか?」
「やるしかないだろ。準備できる場所がないんだから」
俺たちは人の集まりを縫うように、いつもの展開地点へ向かった。
進むにつれて、こちらを見る人が増えていく。
俺たちの顔を公式アカウントで知っていた者もいるらしい。
「あれ、もしかして管理者じゃないか?」
「湖畔休憩地の運営者?」
「意外と若いな」
「二人とも何も持ってないぞ。建物の資材はどこだ?」
「噂通りなら、全部スキルで出すらしい」
俺が足を止める頃には、周囲の話し声が少しずつ小さくなっていた。
小坂が後ろから、頑張ってください、と小声で言う。
他人事みたいに言うなよな…返す余裕もなく、俺は叫ぶために息を大きく吸った。
「皆さま、いつもありがとうございます!」
できるだけ遠くまで届くように、大きな声を吐き出した。
「本日、湖畔休憩地が正式オープンします! 準備のため、少しでいいので、この辺りを空けてもらえないでしょうか!」
一番近くにいた探索者たちが、すぐに荷物を持ち上げた。
「ここに出るのか?」
「みんな、いったん下がろう。荷物も持ってけ!」
「建物が出るなら、もっと離れた方がいいぞ」
声を掛け合いながら、人の輪が外へ広がっていく。
敷物が畳まれ、地面に置かれていた盾や搬送袋も運ばれていった。
誰かが押したり、場所を巡って揉めたりすることもない。
施設を見に来た者が多いだけあって、むしろ動きは早かった。
「ありがとうございます! もう少しだけ下がってください!」
俺と小坂も手を振り、建物と安全地帯に必要な広さを確保していく。
数分後、いつもの草地から人と荷物がなくなった。
探索者たちは、その外側を囲むように立っている。
そして、ほとんどの者がこちらへカメラやスマホを向けていた。
「あれが謎のダンジョンホテルの運営者か」
「本当に何もない場所から出すつもりだぞ」
「幻術系じゃないのか?」
「あんな規模の幻術をどう展開するんだよ。維持だって馬鹿にならんだろうに」
俺のところへ戻ってきた小坂が、周囲を見回す。
「やりづらいなぁ、これ」
「今から別の場所へ逃げるか?」
「もうしょうがないですし、さっさと出しちゃいましょう」
小坂に促され、俺は【休憩地】を意識した。
俺にしか見えない半透明の展開設定が視界に現れる。
登録地点は十階層湖・北側草地。
範囲は最大の直径200メートル。
維持用のC等級魔石も、休憩地倉庫に用意してある。
建物が出る位置に、人も荷物も残っていない。
俺は展開を確定した。
草地の上へ薄い光の線が走る。
それは俺たちを中心に円を描き、離れて待つ探索者たちの手前まで広がった。
空気がスキルに押し出されたのか、わずかに揺れる。
次の瞬間、何もなかった草地に三階建ての宿泊施設が現れた。
白い外壁には湖の方を向いた窓が並び、正面入口の前には案内看板が立っていた。
あっという間に湖畔の風景の中へ、建物一棟が丸ごと増えていたのだ。
外側から、地響きのようなざわめきが押し寄せる。
「出た!」
「マジでスキルだったのかよ!」
「いや、あり得ねぇだろ! どうなってるんだ!」
「幻術か、これ?」
「撮れてる! ちゃんとカメラにも映ってるぞ!」
俺と小坂は、その騒ぎの間に中に入ろうと動く。
それを察知したのか。後ろから何人もの足音が近づいてくる。
施設を間近で見ようとした探索者たちが、俺たちについてきていた。
俺と小坂は、そのまま安全地帯の内側へ入る。
直後、背後で悲鳴が続いた。
「うわっ」
「壁があるぞ!」
「入れない! 何だこれ!」
振り返ると、探索者たちが何もない場所で押し止められていた。
手を伸ばしても、見えない境界から先へ進めない。
さらに人が集まりそうになったところで、小坂が境界の内側から呼びかける。
「湖畔休憩地の正式オープンは午前10時からです! 準備中は中へ入れませんので、今しばらくお待ちください!」
案内看板にも、営業開始10時と表示されている。
それを見た探索者たちは、境界を叩くのをやめた。
俺たちはようやく宿泊施設へ入った。
【新作のお知らせ】
本日から、新作『人間嫌いのハイエルフ、父になる』の連載を開始しました!
※ハイファンタジーです。要注意!
人間を嫌っていた長命種のハイエルフが、ひょんなことから人間の赤ちゃんを拾い、慣れない子育てに奮闘するお話です。
本人はあくまで一時的に保護しているだけのつもりですが、周囲から見ると、どう見ても父親になりつつあります。
本作とはまた少し違った、ほのぼのとした子育てファンタジーになっています。
楽しんでいただけましたら嬉しいです!




