第71話 ダンジョン庁の追加検査
ダンジョン庁五階の会議室には、前に来た時と同じ3人がそろっていた。
管理課長の日下部が中央に座り、その左右に現場調整主任の篠塚と安全審査担当の甲斐谷がいる。
俺が席へ着くと、日下部が先に頭を下げた。
「急にお呼び立てして、申し訳ありません」
「いいえ。ちょうどさっき、最後の出社を終えたばかりなので。正式な退職日はまだ先ですけど、会社へ出るのは今日が最後でした」
「そうでしたか」
「明日からは、湖畔休憩地の正式オープンでしたよね。本来なら、おめでとうございますと申し上げたいところなのですが……」
そこで言葉を切られると、素直に祝われているとは思えない。
「……それは、どういう意味ですか?」
「朝倉さんのスキルは、現在もダンジョン庁の脅威評価から外れていません」
会議机の上には、以前の実地確認で撮影した宿泊施設と、安全地帯の境界試験の写真が並べられていた。
「理由は朝倉さんも分かると思います。これまで確認されてきたスキル体系と、あまりにも違いすぎる。安全地帯を作り、三階建ての建物を出し、内部の設備や水まで維持する。これを確認しないまま、ダンジョン内であとはご自由に、とはできません」
言いたいことは尤もだとは思う…が。
だが、警戒だけを理由に明日の営業を止められては困る。
「警戒されることは理解できます。ですが、日本は法治国家です。私は現時点で、何ら違法なことはしていません」
三人とも反論せず、こちらを見ていた。
「現行法で認められている範囲で施設を出し、安全確認にも協力しました。危険かもしれないという理由だけで、根拠のない制限を後から課すのは違うと思います」
話し終えると、日下部だけでなく篠塚と甲斐谷も頷いた。
予想していた返答だったらしい。
「その通りです」
日下部は写真を重ね、甲斐谷に渡した。
「我々も、朝倉さんの営業を邪魔する立場を取るつもりはありません。現時点で営業停止を命じる根拠がないことも、前回お伝えした通りです」
「では、今日は何のために?」
「明日の正式オープンを迎える前に、双方の懸念を残したままにしたくありません。後になって、確認していなかったことが問題になるのは、朝倉さんにとっても我々にとっても避けたい」
甲斐谷が、書類を俺の前へ置いた。
「朝倉さんには、スキルの鑑定を受けていただきたいんです」
俺は書類の表題を読み直した。
《スキル試験評価実施同意書》
営業停止や施設の撤去を言われると思っていたので、鑑定という提案は意外だった。
「鑑定ですか……分かりました。具体的には、何をすればいいんですか?」
「鑑定士の前で【休憩地】を展開していただきます。検査目的以外で結果を公表することはありません。判定内容の扱いも、この同意書に記載しています」
篠塚が該当箇所を示した。
庁内の安全評価と関係部署への限定共有。
外部公表は、本人の同意なしでは行わない。
俺は項目を最後まで読み、署名した。
「で、ここで展開すればいいんですか?」
「いえ。この庁舎では狭すぎます」
日下部が席を立った。
「別に、秘匿性の高い場所を用意しています。そちらへ移動しましょう」
◇
庁舎の地下駐車場から、窓の暗い庁専用車へ乗り込んだ。
運転は庁の職員が担当し、甲斐谷は助手席へ座った。
俺は日下部、篠塚と共に後部座席へ乗った。
車が地下から地上へ出ると、篠塚がケースから入場証を4枚取り出した。
「どこへ行くんですか?」
「ダンジョン庁が、スキルや魔道具の試験評価に使っている総合試験場です。庁の施設としては比較的近い方ですが、ここから車で一時間ほどかかります」
「そんな場所があるんですね」
「市街地では試せない物も多いですから。音、熱、衝撃、魔力干渉を外へ出さない設備があります」
車は高速道路を降り、建物の少ない道へ入った。
窓の外に低い山並みが見え始めた頃、道の先へ最初の検問所が現れた。
運転担当が身分証を提示し、篠塚が人数分の入場証を渡す。
そこからさらに二つのゲートを抜け、車は金属製の大扉の前で止まった。
扉の向こうには、山の麓を削って作ったような広い試験区画があった。
野球場のグラウンドほどの平地を、黒に近い金属壁が囲んでいる。
地面は灰色の舗装で覆われ、端には観測窓の付いた二階建ての管理棟があった。
壁の上には何本もの支柱と計測器が並び、その向こうに山の稜線だけが見える。
「すごい場所ですね」
「スキル試験や魔道具試験にも使いますから。多少のことでは壊れないように作られています」
甲斐谷はそう説明しながら、管理棟の職員へ書類を渡した。
俺は試験区画の中央を見た。
あれだけ空いていれば、安全地帯も宿泊施設も問題なく出せる。
「では、【休憩地】を展開すればいいですか?」
「少し待ってください」
日下部が腕時計を確かめた。
「鑑定士が、まだ到着していません」
時刻はとうに17時を過ぎていた。
既に小坂から全員の勤務終了報告を受けたあと、休憩地管理表示から施設を解除してある。
明日は早朝から正式オープンだ。
できれば、日付が変わる前には帰りたい。
俺たちは管理棟の待機室で、鑑定士の到着を待った。
15分ほどして、試験場の入口が慌ただしくなった。
黒いスーツを着た人たちが数人ずつ区画へ入り、金属壁、管理棟、観測窓の内側を順番に確認していく。
別の数人は計測器の裏まで調べ、無線で短い報告を続けていた。
「……この警備は、何のためですか?」
俺が聞くと、甲斐谷は入口側へ視線を固定したままで答える。
「鑑定士の安全確保です。詳しいことは、鑑定士ご本人が到着するまでお待ちください」
答えにはなっているが、どう考えても普通の鑑定士に必要な人数には見えなかった。
やがて護衛らしい男性が日下部たちに近づいて短い会話を行うと、こちらへ歩いてきた。
「朝倉歩さんですね。申し訳ありませんが、ボディチェックにご協力ください」
「……分かりました」
事前に説明を受けていなかったが、ここで断れば鑑定が始まらない。
ポケットの中身を台へ出し、携帯型の魔道具を全身へ向けられた。
靴の裏、腕時計、ベルトまで確認されたあと、別の護衛が服の上から肩、脇、腰回りを入念に確かめる。
「あの、鑑定を受けるのに、ここまでする必要があるんですか?」
「必要です」
護衛の答えに迷いはなかった。
「これからいらっしゃる方は、そういう立場の方ですので」
検査を終えた護衛は、俺の私物を台へ戻した。
いったい、誰が来るんだ。
署名した同意書より、入口に並ぶ黒服の方が気になってきた。
それから5分ほどして、試験区画へ一人の女性が入ってきた。
黒髪を高い位置でポニーテールにまとめ、すっと整った目元をしている。
立ち姿だけなら20代後半にしか見えない。
黒いジャケットは護衛たちと似ていたが、彼女が通ると周囲の人間が自然に道を空けた。
女性は試験区画を見回し、近くの護衛へ尋ねた。
「もう呼んでいいの?」
「スイープ完了です。どうぞ」
「分かったー。じゃあ、呼んでくるね」
女性は明るく返事をすると、入ってきた扉から外へ戻った。
そこから1分ほどして、今度は男の声が聞こえた。
「俺の肩の上で動画視聴やめろよ。音がうるさいんだよ」
現れたのは、30代くらいに見える男性だった。
暗い色の上着を着た、どこにでもいそうな、平凡そうに見える人だ。
ただし、その肩には、きらきらと淡い光を散らす小さなぬいぐるみのようなものが乗っていた。
なぜかそのぬいぐるみは、スマホをもって何か見ているではないか。
そして男の肩から、機械音声っぽい読み上げ音声が返った。
『しお どうがざんまいちゅう』
あの、スペシャルな二人が来襲しました。
次回、伝説の事故配信者…来襲
お楽しみに!




