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ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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第63話 ダンジョン庁へ相談に行きました(後編)

 案内された会議室には、三人の職員が待っていた。


 正面に座っているのが管理課長の日下部。

 その隣が現場調整主任の篠塚。

 俺から見て右側にいるのが、法規と安全審査を担当しているという甲斐谷だ。


 名刺を受け取ってから、俺も頭を下げた。


 「朝倉と申します。突然押しかけてしまい、申し訳ありません」


 「いえ。ちょうど、こちらでもあなたの施設について確認していたところです」


 日下部はそう言ったが、三人の視線は俺からほとんど動かない。

 歓迎されているというより、正体を見極められている気分だった。


 「それで、東京湾岸ダンジョン十階層の宿泊施設を運営しているのは、朝倉さんで間違いありませんか」


 「はい。私のスキルで出した施設です」


 篠塚は俺の顔を見直した。


 「スキルで、建物を出していると」


 「そうです。営業中だけ展開して、終わったら解除しています」


 「安全地帯も同じスキルによるものですか」


 「はい。自分で設定した範囲には、許可していない魔物や人は入れません」


 甲斐谷がそれを聞いてすぐに口を開いた。


 「建物の中に人を残したまま解除できますか?」


 「できません。人が残っていれば解除できないようになっています」


 「でしたら、建物の出現地点に人や物があった場合は?」


 「安全確認が通らないので、展開できません」


 甲斐谷は何かを書き留めた。

 事前に決まっていたかのような質問とその聞く速さに、俺の背中は嫌な汗がにじみ始める。


 俺は嘘をついていない。

 ただし、全部を話してもいなかった。


 異界人材のことは伏せる。

 オリジンスキルという呼び方も出さない。

 今ここで伝えるのは、俺のスキルで施設と安全地帯を展開し、俺の管理下で営業していることだけだ。


 「今日来たのは、今後について相談したかったからです」


 俺は三人の顔を順番に見た。


 「これまで複数回、週末に試験営業をしました。今後は正式に営業日を増やす予定です。その前に、法律上問題がないか確認しておきたいと思いました」


 「問題がないと、こちらに認めてほしいということですか」


 甲斐谷の声は硬い。


 「自分で調べた限りですけど、主要な経路を塞いでいませんし、転移門や管理設備にも干渉していません。誰かへ危害を加える目的もありません。ダンジョン法には抵触しないという認識なんですが、それで合っていますか」


 三人はすぐに答えなかった。


 最初に口を開いたのは日下部だった。


 「今のお話と、こちらへ届いている報告だけで判断すれば、施設の設置そのものを違法と断定する条文はありません」


 「じゃあ…」


 「ですが、問題がないと今この場で断言することもできません」


 俺の声を、日下部が静かに止めた。


 「我々はまだ、そのスキルを一度も直接確認していません。どこまでの範囲に影響し、何ができて、何ができないのかも分からない。営業形態についても、関係部署との確認が必要です」


 もっともな話だった。


 俺だって、言葉だけで全部信じてもらえるとは思っていない。

 それでも自分から来れば、少なくとも逃げ回るつもりがないことは伝えられると思っていた。


 「まず、実際のスキルを確認させてもらえませんか?」


 篠塚が言った。


 「まずは、ですが、そこからでしょう」


 篠塚の言葉に俺は言いどもってしまう。


 「……確認って、十階層まで行きますか?」


 「いえ、それには及びません。今日、ここで見せてもらうことはできませんか」


 「……そうですね…できるのですが、そもそも施設が結構デカいんです。何もない広い場所が必要になります」


 篠塚が会議室の窓へ顔を向けた。


 俺たちは庁舎の五階にいる。

 窓の下には、白線で区切られた広い駐車場が見えた。

 土曜だからか、端に数台の公用車が止まっているだけで、中央は大きく空いている。


 「あの南側第二駐車場はどうでしょう。あそこに展開できますか?」


 俺も立ち上がり、窓へ近づいた。


 横幅と奥行きを目で追う。

 駐車区画の中央を使えば、二十四メートル×十二・五メートルの建物は収まりそうだ。

 安全地帯も最大まで広げず、施設本体が入る範囲に絞ればいい。


 「……多分、入ります」


 日下部が篠塚を見る。


 「警備室に連絡。第二駐車場を一時閉鎖して、人と車を入れないようにしてくれ」


 「分かりました」


 「本当にやるんですか?」


 甲斐谷が窓の外を見た。


 「さっき言ったが、そもそも確認しないことには始まらないだろう」


 日下部は俺へ向き直った。


 「朝倉さん。見せてもらえますか」


 「もちろんです」



 ◇



 十分後、俺たちは南側第二駐車場に立っていた。


 出入口には警備員が立ち、赤いコーンとバーで封鎖されている。

 駐車場にあった公用車も、端の区画へ移されていた。


 篠塚はタブレットを構えている。

 甲斐谷は少し離れ、駐車場の幅と俺の立ち位置を何度も見比べていた。


 「建物は、どこから現れるんです?」


 「その場に、一瞬で現れます」


 「……一応聞きますが、爆発や衝撃は」


 「もちろんないです」


 「周囲の建物へ影響は」


 「展開範囲の中だけです」


 甲斐谷はまだ何か言いたそうだったが、日下部が片手を上げた。


 「もういいだろう? 朝倉さん。お願いします」


 三人の顔には、疑いが残っている。


 無理もない。

 俺が逆の立場なら、建物を出すスキルがあると言われても、すぐには信じないだろう。

 幻術か、映像か、何か別の仕掛けだと思うはずだ。


 俺は駐車場の中央へ向き直った。


 【休憩地】を意識する。

 視界の端に半透明の管理表示が開いた。


 最大範囲は使わない。

 建物と入口前の空間が収まるところまで安全地帯を絞る。


 人はいない。

 車もない。

 出現位置と周囲の安全判定は、すべて問題なし。


 俺は展開を確定した。


 駐車場のアスファルトに、淡い光の境界が走った。

 白線の上を横切り、駐車場の中央から円を描くように光が広がっていく。


 その内側へ、白い輪郭が浮かんだ。


 次の瞬間。


 三階建ての宿泊施設が、何もなかった駐車場の中央に現れた。


 外壁も、窓も、両開きの入口もある。

 ついさっきまで庁舎の壁が見えていた場所を、横二十四メートル、高さ十メートルを超える建物が塞いでいる。


 展開の際になにか大きな物体が置かれたかのような重苦しい音も、地面を揺らす衝撃もない。

 最初からそこに建っていたように、宿泊施設だけが存在していた。


 俺は三人を振り返った。


 日下部は建物を見上げたまま動かない。

 篠塚はタブレットを構えた姿勢で固まっている。

 甲斐谷は口を開きかけたまま、声が出ていなかった。


 このいきなり現れた宿泊施設に、誰も何も言えなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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