表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/70

第60話 正式オープンへの準備(前編)

 金曜の終業後、俺は一人で黒瀬工務設備へ向かった。


 小坂は来ていない。

 旧小坂鉄工所の登記や契約、今後必要になる書類を調べたいと言って、今日は会社から別々に帰っていた。


 作業場のシャッターは半分ほど開いていた。

 中では黒瀬が、作業台に置かれた配管部品の寸法を確認している。


 「黒瀬さん、今いいですか?」


 「おう。朝倉一人とは珍しいな。小坂はどうした?」


 「土地の書類を調べています。その件も含めて、今日は報告したいことがあって」


 黒瀬は手にしていたノギスを作業台へ置き、奥の事務机を顎で示した。


 「聞こうか」


 俺は丸椅子に腰を下ろした。

 どこから話すべきか迷い、最初に【休憩地】が発現した日のことから話し始める。


 十階層で偶然見つけたのは、数メートルしかない安全地帯だった。

 そこから、ホームセンターで黒瀬と再会してシャワーユニットを相談し、小坂が加わって探索者が増え、宿泊施設と異界人材雇用へ進んだところまでを順番に話した。


 黒瀬は途中で口を挟まずに聞いていた。


 「それで、俺も小坂も会社に退職願を出しました」


 「……会社を辞めるのか」


 「はい。引き継ぎと有給消化が残っていますけど、終わったら湖畔休憩地を本業にします」


 黒瀬の視線が、作業場の中央へ向いた。

 そこは何度も【休憩地】を展開し、設備や宿泊施設を確かめた場所だった。


 「最初は、ダンジョンの中に椅子と水場を置きたいって話だったよな」


 「そうでした」


 「それが会社を辞めて、宿屋の主人になるのか。ずいぶん遠くまで来たもんだ」


 自分でも、同じことを思う。

 ほんの少し前まで、会社を辞めることも、宿泊施設を運営することも考えていなかった。


 「もう一つあります。地上で【休憩地】を展開するための拠点を、購入することになりました」


 俺はスマホで旧小坂鉄工所の写真と資料を見せた。

 写真には、塩浜九丁目の敷地と古い鉄骨工場、高い天井、残されたクレーンレールが写っている。

 小坂家と二十年払いの譲渡方針で合意し、これから鑑定と調査を入れることも説明する。


 「土地まで買うのか」


 「小坂が祖父から相続した土地です。今の宿泊施設が工場の中に収まります。黒瀬さんの作業場では、もうぎりぎりなので」


 「思い切ったことしたなぁ……」


 黒瀬は写真を一枚ずつ送り、主棟の外観で指を止めた。


 「でも、若いからこそ、その勢いってのは大事だ。それも勝負事ならなおさらな」


 「そこまで大きな勝負を始めた実感は、まだないんですけどね」


 「会社を辞めて、自分の金で土地を持って、客を相手にするんだ。立派な勝負だろ」


 黒瀬はスマホを俺へ返した。


 「もちろん、俺にできることは全面的にバックアップする。建物の確認も改修も、設備のこともだ。必要な業者がいるなら、こっちで声をかける」


 「黒瀬さん……ありがとうございます」


 「ただし、工事として請けるものは請求書を出すぞ。お前が本業にするなら、こっちも仕事として付き合わないとな」


 「それは当然です」


 「もう少ししたら、お前はうちの顧客になるわけだ。俺はそれが楽しみなんだよ」


 黒瀬の言葉に目頭が熱くなった。

 退職願を出した時から、俺の判断が正しかったのかという不安は消えていない。

 それでも黒瀬は、無謀だとも考え直せとも言わず、これからの付き合いを楽しみだと言ってくれた。


 俺は一度息を整え、旧小坂鉄工所の住所を黒瀬へ送った。


 「まず、建物を見てもらえませんか。耐震や配線、雨漏り、消防設備、それからアスベストと土壌も気になっています」


 「土壌は専門を入れないと駄目だ。鉄工所なら油も薬品も使ってる。明日の朝なら、現場を分かる職人を一人連れて見に行ける」


 「助かります」


 「先に言っておくが、見ただけで全部に太鼓判は押せねえぞ。明日は人を入れていい場所と、触るなって場所を分けるところまでだ」


 「それで十分です。安全が確認できなければ、【休憩地】も出しません」


 黒瀬は満足そうに頷いた。


 「浮かれて順番を飛ばしてないならいい。さあ、工場の図面を送れ。今夜のうちに見ておく」


 俺はもう一度頭を下げた。

 湖畔休憩地が小さな椅子と水場だった頃から、黒瀬には何度も助けられてきた。


 その関係が、もうすぐ相談相手と協力者から、正式な取引相手へ変わる。

 俺もいつまでも、好意に甘えているだけではいられない。



 ◇



 その日の夜。


 小坂はいつものようにコンビニ袋を提げ、俺の部屋へやって来た。

 テーブルの上には、小坂のノートパソコンと俺たちのスマホが並んでいる。


 「黒瀬社長、何て言ってました?」


 「全面的にバックアップするって言ってくれた。明日の朝、工場も見に来てくれる」


 「さすが黒瀬社長です!」


 小坂は嬉しそうに頷き、ノートパソコンを開いた。


 「では、こっちも進めますよ。まず、Yで湖畔休憩地の公式アカウントを取りましょう」


 「ようやく謎の宿泊施設を卒業できるな」


 「その呼ばれ方、もう手遅れなくらい広がっていますけどね」


 「聞きたくないなぁ」


 「あとで嫌でも見てもらいます。その前に、入場券の販売ページです」


 小坂がブラウザを切り替えると、白と深緑を基調にしたWEBページの試作画面が表示された。

 上部には《湖畔休憩地》という文字があり、その下に営業日、利用区分、入場券購入の項目が仮置きされている。


 「もう作ってるのか?」


 「大学時代の友達に、こういうページを作る仕事をしている子がいるんです。詳しい事情は伏せて、予約制宿泊施設のページとしてお願いしました」


 「仕事が早いな」


 「正式な料金や注意事項はこれからですけど、土台は先に作れますから」


 小坂は試作ページと、スマホの湖畔休憩地アプリを交互に見た。


 「ただ、WEBで入場券を売っても、こっちへ手作業で移すのは嫌なんですよね」


 「俺も嫌だな。人数が増えたら絶対に間違える」


 「なので、ガイドアシストに聞きます。先輩、出してください」


 俺は【休憩地】を開き、ガイドアシストを呼び出した。

 光の球がテーブル上に浮かぶ。


 『お呼びになりましたか』


 小坂はノートパソコンをガイドアシストへ向けた。


 「今、Yの公式アカウントと入場券販売用のWEBページを作っています。この販売ページと休憩地運営管理アプリを紐づけたいんです。何とかなりませんか?」


 『少々お待ちください。現在、外部情報との連携可否を照合中です』


 光の球の周囲に細い輪が現れ、ゆっくり回り始めた。

 俺と小坂は黙って待つ。


 一分ほどすると、二人のスマホに同時に通知が表示された。


 ――――――――――――――――――――

 【休憩地運営管理アプリ】

 表示種別:外部WEB連携

 対象施設:湖畔休憩地

 連携情報登録欄:追加済み ★新規

 登録対象:

 ・公式WEBページ

 ・入場券販売ページ

 反映可能情報:

 ・購入者識別情報

 ・購入した利用券の区分

 ・利用日

 ・利用人数

 ・決済完了情報

 連携先:未登録

 拡張対象:宿泊券、食事券、商品引換券等 ★新規

 注意:外部決済契約、法定表示、返金処理は運営者側で設定してください

 ――――――――――――――――――――


 『運営管理アプリへ、連携を希望するWEBページの情報登録欄を追加しました』


 『登録欄へ必要情報をアップロードし、連携先で発行された購入情報の受け渡しを許可してください』


 『販売された入場券は、入場券管理および予約管理へ反映できます。今後、販売項目を拡張した場合も、対応する利用区分または商品情報と紐づけ可能です』


 「おお……できるのか」


 「さすがオリジンスキル様々です!」


 小坂は両手を合わせ、光の球を拝んだ。


 『外部サービスの保守および決済上の責任は負いかねます』


 「そこは現実的なんだな」


 「何でもスキル任せにはできないってことですね。友達にも、この登録方式に合わせて調整できるか確認します」


 小坂は試作ページを閉じ、今度はカレンダーを開いた。


 「次は営業日です。もう金曜ですし、今週末の営業はスキップしましょう」


 「いいのか? 一週間空くぞ」


 「予約窓口も入場券もないまま開けたら、噂を聞いた人が押しかけます。正式オープン前に一度休む方がましです」


 「確かに、準備期間を作るって決めたばかりだしな」


 「ですです。月末までに、WEBページ、入場券、料金、スタッフ研修を終わらせます。最終出社日の翌日からは有給消化に入るので、そこを実質的な毎日営業の開始日にしましょう」


 「正式な退職日は、有給を使い終わったあとだけどな」


 「会社へ行かなくてよくなる日から、湖畔休憩地が本業です」


 俺はカレンダーを見た。

 今まで営業できなかった平日に、営業予定が並ぶことになる。


 「毎日営業するにしても、定休日は作っておいた方がいい」


 「私も賛成です。先輩、休ませないと料理の試作を始めて、そのまま厨房に住みそうですから」


 「おいおい。さすがに住まないぞ」

 

 俺は小坂のツッコミに思わず苦い顔を見せた。


 「では、今のところ水曜日を定休日にしましょう。週の真ん中で仕入れ、設備確認、WEB更新もできます」


 「水曜休みで、週六日営業か」


 今までの週末限定から考えれば、一気に営業日が三倍になる。

 売上が増える期待より先に、俺の頭の中では料理、清掃、宿泊、夜間対応を回す人数が気になりだした。


 「と、なるとだな。スタッフも増員しないと無理だなこりゃ」


 「そういえば先輩、追加募集の応募者名簿、もう確認しました?」


 初回営業一日目を終えた土曜の夜、異界人材の追加募集告知だけは出していた。

 厨房で仕込みや調理に入れる人を最優先にし、清掃や案内、休憩交代を手伝える人も候補に入れてある。

 前回と同じ一般人材枠で対象を人間に絞り、告知費用として千ポイントを使っている。

 三日後の火曜には応募者名簿が届いたと通知されていたが、土地と退職の話が続いて、内容まではきちんと確認できていなかった。


 俺は小坂に促されて通知欄を開いた。


 「火曜に来てた。応募者は七人だ」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ