第57話 退職願と運営管理アプリ③
二人でそれぞれ湖畔休憩地アプリ開いてみる。
画面の見た目はほぼ同じだった。
ただ、俺の画面には一番上に小さく「最上位管理者」と表示されている。
小坂の方は「管理者」だ。
「権利関係の項目は、俺の方が多いな」
「はい。でも受付、予約、利用者管理、在庫、清掃、客室状況、厨房注文、営業データは私の方でも見られます。これなら運営管理には全く問題ないです」
小坂の声が少し弾んだ。
アプリのメニューを指でなぞる動きが速い。
「受付、厨房、設備、清掃。四つに分かれてますね。区分が増えるとカスタマイズできるみたいです」
「受付を開くぞ」
「はい」
受付画面には、まだ未展開のため現在利用者はいない。
だが、項目は並んでいた。
>予約者一覧
>入場券
>利用区画権限
>決済連携
>本人確認
>時間制利用アラート
小坂が画面を見たまま、口元を押さえる。
「これ、すごいです。入場券制度、すぐできますよ。利用者に利用区画権限を付与して、入場可能日時と使える施設を紐づけられます」
「遊園地のチケットみたいな感じか」
「ですです。しかも本人確認と決済連携つきです」
次に設備を開く。
休憩地倉庫の在庫表を開くと、客室備品や消耗品、魔石残量、客室ごとの利用状況まで表示された。
誰が利用しているのか、名前表記入りで管理できる欄まである。
「部屋の使用中、空室、清掃待ち、清掃中、使用可まで一元管理できますね」
「ホテルの管理システムじゃないか」
「先輩、これはもうホテルです」
「ダンジョン内だけどな」
「ふふふ。そこが一番おかしいんです」
清掃カテゴリには、使用済み客室、シャワーブース、食堂席、トイレ、ロビー、屋外臨時休憩区画の清掃状態を登録する欄があった。
担当者を割り当て、完了確認までできる。
「こよりちゃんと井瀬川さんにどこまで見せるか、権限調整できますね。清掃担当には清掃項目だけ、受付には受付だけ」
俺は厨房カテゴリを開いた。
その瞬間、今度は俺の方が前のめりになった。
>仕込み量
>提供数目安
>食材一覧
>仕込み済み食材数
>食堂利用客数
>注文待ち人数
>提供済み人数
>売り切れ警告
さらに下には、スマホへの通知設定と、食堂用注文画面、探索者向け決済アプリとの連携欄まであった。
「……これ、厨房もいけるぞ」
「先輩の目がまた変わりました」
「仕込み量の目安が出る。提供数も出る。食材一覧も、倉庫と連動してる。食堂利用客の人数を見ながらメニュー絞れるぞ」
「いつものステータス管理画面もそうですけど、お互い連携しているので便利ですね! 休憩地スキル範囲内ならいつものステータス、地上に戻ればスマホを見れば今後の営業計画も楽に立てられます!」
「それに決済機能も連携できる。注文と会計と在庫がつながるってことだろ」
「ですです! しかし先輩のスキル壊れ性能ですね……」
俺は画面を見つめたまま、思わずつぶやいた。
「さすがオリジンスキル……」
ぼやきが、思ったよりはっきり口から出ていた。
小坂が、画面の上部を見直した。
そこには、これまで小坂側に見えたことのなかった項目が表示されている。
スキル区分:オリジンスキル。
小坂は画面を見たまま、少しだけ黙った。
「先輩」
「ん?」
「これ、スキル区分って出てます。オリジンスキルって」
「あ」
俺はそこで、自分の画面を見直した。
所有者側の表示では見慣れすぎていて、逆に意識から抜け落ちていた項目だった。
だが、小坂側にそれが出たのは、今が初めてだ。
そういえば小坂には、スキルそのものの概要や機能は話していた。
だが、世界初確認のオリジンスキルだと、はっきり説明したことはなかった。
黒瀬にも全情報は伏せている。
小坂にも、忙しさに紛れてずっと曖昧なままだった。
「そう言えば、内緒にしてたな」
「何をですか」
俺はスマホを膝に置いた。
閉めたカーテンと、玄関の方をもう一度見る。
この部屋にいるのは、俺と小坂だけだ。
「実は、この【休憩地】はオリジンスキルだ」
小坂の表情が止まった。
「え……なんか昔、噂になってた都市伝説スキルですよね? 本当に実在したんですか?」
「ああ、その通りだ」
「先輩からスキルの効果だって言われて、凄いスキルだな、って風に考えてはいたんですけど」
小坂はスマホ画面に視線を落としじっと見てから、次に俺を見る。
「このスキルって、通常のスキル概念を大幅に飛び越えちゃっているなって思ってたんですよ。オリジンスキルかぁ。納得しました」
「謎が解明されてよかったな」
「なんか軽いです」
「すまん」
小坂はいつものカフェオレを飲もうとして、やめた。
「って先輩、これ、どこまでスキルの効果ですって言い張るつもりですか?」
「どこまでって」
「さすがに営業していたら気付かれちゃいますよ? 宿泊施設が出て、異界人材がいて、管理アプリがあって、入場券制度までできるんです。それにこのスキル、成長するんです。それも、とんでもなく」
小坂はスマホ画面の湖畔休憩地アイコンを、画面ごと俺に見えるように見せる。
「私、今の話を聞いてたら、ダンジョン都市まで成長できるんじゃない? って思っちゃいましたもん。そうなると……色々と面倒なことになりそうです」
小坂は両手で顔を覆い、泣く真似をした。
「ぴえん……どこかでバレるんだろうなぁ」
「否定はできないな」
「先輩、そこは否定してください」
「だけど、それを言っても仕方ないだろ? 俺らがやれることって、そう多くないぞ」
「まぁ、そうなんですけど」
「今はバレることよりも、やることをやらないと。バレる以前に営業ができなくなってしまう」
「確かにその通りですね……」
「バレたらバレたで、その時はその時。なるようになるさ」
「先輩って、変なところで楽観主義になるっていうか、肝が据わっているっていうか」
「今のところだが、ダンジョン法にはなんら抵触しないんだからいいだろ」
「そうですね……気を取り直して営業計画を練り直しますか」
小坂は顔から手を離し、スマホ画面を横向きにした。
切り替えの速さは、さすがだった。
「とりあえずだが、一旦、準備期間を設けようかと思うんだ」
「それは賛成です! 平日も稼働するのなら定休日とかもそうですけど、準備期間が必要になります」
「必要な物資の整理とかもしていかないとだしな。そして予約の窓口整理もしないといけない」
「予約の窓口については、ネット受付でいいと思います。そしてなんですけど、ちょうど機能も導入されたわけですし、改めて入場券制度を導入したいなと」
「入場券制度か。要するに遊園地とか、そういう感じにするってことだろ?」
「ですです。湖畔休憩地の利点は、何と言っても安全地帯が常設されているってことです。中にいるだけで、それはもうダンジョン内では価値なんですよ。ダンジョン都市ですら、それは提供できません」
「そうだよな。入場券制度にすると、人員管理も定員も決められるしな」
「その通りです! そこが一番なんですけど、今の湖畔休憩地で受け入れられる人数は、一日を通してせいぜい三百人くらいです。先週末のデータ上だとこんな感じです」
小坂がアプリの営業データを開いた。
俺の画面にも同じ集計が表示される。
>一日の売上金額
>食堂利用人数
>一時休憩人数
>屋外臨時休憩人数
>シャワー利用人数
>宿泊人数
>一日の獲得ポイント数
数字になったそれは、昨日の感覚よりも重かった。
「おぉ……改めて見ると凄いな。売上、一日半で三百万円近くいってるぞ。湖畔ポイントも四千弱か」
「この収支バランスであれば、もっと人員雇用もいけそうなんですよ」
「だな」
「人件費……この場合ですけど、湖畔ポイント数はこの四千をベースに考えて、三十パーセントを一日で消費すると考えれば千二百ポイント前後。これらを上手く活用することによって、運営管理が楽になってきます」
「このスキルは、お金よりもポイントの方が価値が高いしな。どんどん稼いで、ポイントでのアイテム交換や、理想を言えばポイント清掃とかできれば、時間と手間もかからない」
「ですです。そうなると、いかに顧客満足度を高めていくかです。売店もオープンしたいですし、ポイントで調達できるアイテムも魅力的なものばかりです。そうやって施設に対して投資も随時行っていく必要があります」
「その通りだ。そこら辺を整理しつつ、ポイントを稼げる湖畔休憩地を作り上げていかないといけない」
小坂はそこで、ふっと視線を上げた。
そして怪しげな笑みを浮かべた。
「そこで先輩に相談なんですけど」
「なんだ?」
「土地、買いませんか?」
「はい??」
夜の自宅で、俺の声だけが少し大きくなった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




