第51話 宿泊施設営業、二日目も満員です
翌朝六時。
厨房の照明をつけると、昨日の営業で使った鍋と器は片づいていたが、仕込み用の作業台だけはすぐに本日の仕込み食材で埋まった。
目の前には倉庫から持ってきた食材が並び、カツカレー用の肉と味噌焼き丼用の下準備を始める。
食堂はまだ閉めたままだ。
外の看板には、宿泊施設初回営業の営業時間を出してある。
初日 十時から二十二時まで。
二日目 十時から十八時まで。
二十二時から翌十時までは新規受付停止。
昨日の夜に小坂と確認して、案内板の営業時間も直した。
宿泊者や延長中の休憩客は施設内にいてもいいが、新しく入口回廊を通れるのは十時以降だ。
七時前には、小坂も一階へ下りてきた。
受付カウンター側の画面を開き、昨日の利用区分を順番に確認している。
「朝倉さん、二日目の案内文、もう少し直します。いろいろ見直さないと、昨日と同じ質問が絶対来ます」
「予約のことか?」
「それもです。昨日、宿泊は今回予約者限定ですって案内したのに、じゃあ予約ってどこで受け付けてるんですかって聞かれて、回答に困りました」
そこは昨夜の反省会でも最初に出た話だった。
小坂は予約欄を開いたまま、昨日の利用数へ画面を切り替えた。
「初日なのに、屋内の一時休憩室は埋まりました。シャワーだけの利用も途切れませんでしたし、食堂も昼から閉店まで客が続きました」
「宿泊は今回予約者限定。でも、次回の予約受付場所も募集の出し方も決めてなかった」
「現状は堂島さん経由のみじゃないですか。これはもう限界ですね」
「だな。受付用の連絡先と、予約できる枠は今日中に決めたい」
「あと、屋外です。あれ、苦肉の策だったのに、思ったより評判よかったです。屋内より安く休めるだけで十分って人がいました」
屋外臨時休憩区画。
昨日は屋内が満員になってしまい、急きょ安全地帯内の草地を開けた。
俺としては申し訳ない気持ちの方が大きかったが、探索者側の受け取り方は少し違った。
ダンジョン内で、魔物を気にせず腰を下ろせる。
水を買い足せる。
シャワーや食堂へ行く順番を待てる。
それだけでも、十階層で長く動く探索者には使い道があったらしい。
「それと、人員です。三人に来てもらって本当に助かりましたけど、休憩を交代で取る人まで考えてなかったです」
「そこは完全に抜けてた。俺が厨房に入りっぱなしになるのも、運営全体で見るとよくない」
昨日の形では、小坂が受付、こよりが案内、井瀬川がバックヤード、チカが厨房補助に入っていた。
俺が厨房から出られないままだと、受付で判断が必要になった時に小坂へ負担が寄る。
誰かが休憩に入れば、別の持ち場の対応までしなくてはいけなくなり、結果として一人の負担が増えるのも当然の話だった。
そこで昨夜のうちに、異界人材の追加募集告知だけは出してある。
厨房で仕込みや調理に入れる人を最優先にし、清掃や案内、休憩交代を手伝える人も候補に入れた。
特に欲しいのは、料理を任せられるか、仕込みを分担できる人材だった。
そこで厨房のタイマーが鳴った。
俺は鍋の火を弱め、仕込み用の容器を作業台の端へ移動させる。
「今日は十八時終了で、宿泊なし。昨日より短いけど、たぶん昨日より人は来るだろうな」
「ですよね。Yで、昨日の夜からずっと話題になってました」
入口側の案内板前には、すでに何組もの探索者が集まり始めていた。
◇
八時少し前、スタッフ休憩室から三人が一階へ下りてきた。
「おはようございます!」
こよりの声は昨日より少しだけ軽い。
井瀬川は制服の袖を確かめ、チカは厨房の方を見てから俺に会釈した。
「おはようございます。昨日は遅くまでありがとうございました。まずは退館確認を終えてから、施設内外を確認して清掃に入りましょう」
「はいっ。入口と受付まわりは私が見ます!」
「私は、利用客が出たあとに二階とシャワー室、三階を確認します」
井瀬川がそう言い、小坂が受付画面の利用中表示を確認した。
まだ宿泊者と夜明けまで休んでいた探索者が残っている。
清掃は、全員を見送ってからでないと始められない。
チカは厨房の入口で、俺が並べた仕込み用の容器を見た。
「私は厨房ですね。昨日より、先に作っておく分を増やすのね」
「はい。昼前に食堂が埋まると思うので、カツは衣をつける手前まで進めて、味噌焼き用の肉はたれに漬けておきます」
「分かったわ。私もそっちを手伝うわね」
八時を少し過ぎる頃には、宿泊していた久我たちも一階へ下りてきた。
新人たちは昨日より目が覚めているようで、装備を担ぎ直しながら食堂の入口を名残惜しそうに見ている。
「お世話になりました」
久我が受付前で頭を下げた。
「こちらこそ、ご利用ありがとうございました。今日は予定通り訓練ですか?」
小坂が受付画面で退出確認をしながら聞く。
「はい。昨日しっかり眠れたので、朝の移動がかなり楽です。新人たちも、昨日のうちにシャワーを浴びられたのが大きかったようです」
「ベッドで寝たあとに十階層って、ちょっと反則みたいですね」
三枝がそう言うと、早見がうなずいた。
「ここ、週末だけっていうのが本当に惜しいです。安全に休めて、都市側より安くて、食事もちゃんとしてる。コスパで考えたら、十階層ならここ一択ですよ」
「そこまで言ってもらえるとありがたいです。ただ、平日は俺が会社員なので、まだ難しいんですよ」
「ですよね。分かってます。でも、また来ます。予約の取り方が決まったら、堂島さん経由じゃなくても申し込めるようにしてほしいです」
それから、夜明けまで休んでいた探索者たちも順に外へ出ていった。
八時半が近づく頃、入口回廊の内側は一度静かになる。
そこから清掃が始まった。
こよりは入口と受付まわりを見た。
受付カウンターには水滴の跡が残り、入口近くの床には細かい砂が落ちていた。
案内板の前も、靴裏の泥で少し汚れている。
二階の一時休憩室は、井瀬川が確認した。
椅子の脚には乾いた泥が少しつき、窓際の小さなテーブルには水滴の跡が残っている。
井瀬川は使い終わったタオルを回収し、床を拭いていく。
シャワー室はもっと分かりやすかった。
脱衣所の床に水が飛び、備え付けのかごが少しずつずれている。
井瀬川は入口に清掃中の表示を出し、使用済みリネンをバックヤードへ運んだ。
「今日、清掃のタイミングをもっと細かく入れないと駄目ですね」
井瀬川がシャワー室の入口で言う。
「はい。利用後すぐに入れる時と、次の利用者を待たせる時があります。今日は受付と連絡を取りながら、二室ずつ確認しましょう」
三階は宿泊者が使った部屋だけを確認した。
ベッドは大きく乱れていないが、ユニットバスの鏡には水滴が残り、床にも靴裏の土が少しついていた。
久我たちはきれいに使ってくれた方だろう。
それでも、宿泊を受けるなら、毎回この確認が必要になる。
俺は外の様子も見た。
野外臨時休憩区画は思ったほど荒れていない。
ゴミは持ち帰りルールにしていたし、食べ残しや包装材もほとんど見当たらなかった。
俺は草地を見回し、受付へ戻った。
一時間ほどで、大きな清掃は終わった。
十時前には小坂、こより、井瀬川がそれぞれ持ち場に戻り、チカは厨房で俺の仕込みを手伝っている。
俺はコンロ前でカレーの追加分を仕込み、揚げ物用の油の温度を確認した。
外の看板前には、昨日より明らかに多い探索者が集まっていた。
Yで見た、昨日来た人の知り合いからの情報もらった、クランの先輩に聞いたらしい若手たちなどなど。
声の端々から、そんな話が拾える。
十時。
小坂が入口回廊の承認を開いた。
「湖畔休憩地、本日営業開始です。宿泊は本日ありません。一時休憩、屋外臨時休憩、シャワー、食堂利用の順に受付します」




