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ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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第50話 初回営業は夜まで続く(後編)

 こよりが受付カウンターで対応しようと前に出かかったところで、小坂が一歩前へ出た。


 「久我さん、お久しぶりです。《銀嶺の道標》の宿泊予約ですね。堂島さんから連絡いただいています」


 久我が小さく会釈した。


 「小坂さん、お久しぶりです。あの時はシャワーブース助かりました」


 「こちらこそ、久我さんに声をかけてもらえたので回せました。こよりちゃん、予約画面をお願いします」


 「は、はいっ!」


 こよりが受付画面を操作する。

 小坂は画面を確認し、すぐにうなずいた。


 「宿泊予約、確認できています」


 「しかし……あの時から随分と変わりましたね。まさか、施設になっているとは思いませんでした……」


 久我は落ち着いた様子だったが、一階全体から階段まで確認していた。

 まさかこの短期間で施設になっているとは思っていなかったのだろう。

 もっと突っ込んで聞きたそうな表情を浮かべるも、すぐにいつもの表情に戻る。


 「私もまだ追いついてません」


 小坂が笑って返すと、三枝が食堂の方を見た。


 「あの、食堂利用って、まだいけますか」


 「大丈夫ですよ! 二十二時まで開けています」


 小坂が即答する。

 早見が食堂の入口を見て、一歩だけ前に出た。


 「よかった。前の味噌焼き丼も忘れてないんですけど、クラン内でカツカレーの噂を聞いてから、ずっと食べたかったんです」


 「俺も。堂島さんが、匂いに負けるなって言ってた意味、いまならこの匂いで分かる気がします!」


 矢代が食堂のほうを見たまま言った。

 久我が片手を上げて、早見と矢代を止める。


 「食べるなら、先に受付を済ませてからです。部屋に荷物を置いて、装備を整理して、それから食堂へ」


 「はいっ!」


 新人たちの返事はそろっていた。

 前に来た時より、少しだけ班らしくなっている。


 小坂は宿泊予約の確認を終えると、こよりに案内を任せた。


 「こよりちゃん、三階の予約部屋へ案内お願いします。二階は一時休憩枠だけにしていますから、今回は三階を予約専用にしています」


 「久我さんたちは二人部屋四室ですね!」


 「ですです。では久我さん、ご案内します」


 こよりは少しだけ緊張しながらも、前よりずっとスムーズに階段へ向かった。

 久我と新人六人が続く。

 俺は厨房からその様子を見送り、カツカレー用の皿を出した。


 しばらくして、食堂に来た新人たちは、少し落ち着かない顔をしていた。


 「なんか部屋、きれいすぎません?」


 三枝が席につくなり言った。


 「まるでビジネスホテルみたいだな」


 仁科が廊下の方を振り返る。


 「ベッドがあるだけでも十分なのに、ユニットバスまであるのは想定外でした」


 花村がそう言うと、佐伯も小さくうなずいた。


 「宿泊者はシャワー込みって、ダンジョン内だと夢みたいな状況ですね」


 久我が、客室のある三階のほうへ目を向けた。


 「それでも十分です。ダンジョン内で、ベッドで寝るのは初めてですから」


 その言葉で、新人たちは少し静かになった。


 十階層でベッドがある場所で眠る。


 しかも安全地帯内の建物で、それもシャワーがある部屋で、だ。

 探索者にとって、それはただの宿泊ではないのだろう。


 食堂では、カツカレーと味噌焼き丼が次々に出た。

 早見はカツカレーの皿を前にして、しばらく何も言わなかった。

 スプーンを入れ、カツとカレーとご飯を一緒に口へ運ぶ。


 「……これは、噂になるわけだ」


 それだけ言って、二口目に進んだ。

 久我は味噌焼き丼を選び、前に食べた時よりも落ち着いた表情で箸を進める。


 「前は湖畔の野外で椅子に座って食べたはずなのに、今日は食堂の席で食べている。変な感じですね」


 「自分もです。施設の姿は一切なかった場所だったのに…。気が付いたら施設建ってて部屋まであるの、まだ追いつかないです」


 三枝がそう言うと、久我は小さくうなずいた。


 「……まぁこの辺りは深く詮索しない方が良いでしょう。こちらとしては助かっているわけですし。訓練後に温かい食事とシャワーとベッドがある。それだけで、翌日の行動計画がかなり変わります」


 それから夜の食堂は、閉店の二十二時まで客が途切れなかった。

 宿泊予約者が食べ、休憩延長組が食べ、シャワー利用客が何かつまめるものはないかと食堂を訪れる。

 途中からは、チカが配膳、井瀬川が下げ物、こよりが宿泊案内、小坂が受付と延長確認を回し、俺は厨房からほとんど出られなくなった。


 二十二時。

 食堂を閉めた。


 最後の客が食堂を出ると、厨房には使い終えた鍋と洗い物が並んでいた。

 俺は火の確認をしてから作業台に両手をついた。


 「お疲れ様でした。今日はここまでです」


 小坂がそう言うと、こよりがその場でほっと息を吐いた。

 チカもエプロンの紐をゆるめ、井瀬川は眼鏡の位置を直す。


 だが、その直後、井瀬川が少しだけ眉を寄せた。


 「朝倉さん。少し、妙な感覚があります」


 「どうしました?」


 「今まで感じたことはありませんでしたが、体力的な残りが少ない、というより、契約上のリミットのようなものが来ています」


 こよりも、自分の手を見た。


 「私もです。眠いとか疲れたとかだけじゃなくて、そろそろ業務を終えてくださいって、体の奥で言われている感じがします」


 チカも静かにうなずいた。


 「あらあら。私も同じね。まだ動けるけれど、無理に続けるものではない気がするわ」


 俺と小坂は顔を見合わせた。

 異界人材の契約には、滞在制限や禁忌事項がある。

 三人が同じ感覚を訴えている以上、こちらの判断で続けさせるべきではない。


 「分かりました。三人の業務はここで終了です。今日は本当に助かりました」


 「お役に立てたなら、よかったです」


 こよりが深く頭を下げる。

 井瀬川も少しだけ頭を下げ、チカは花が咲くような笑みを浮かべた。


 「明日も忙しくなりそうね」


 「たぶん、今日より忙しいです!」


 小坂がそう返すと、誰も否定しなかった。


 三人をスタッフ休憩室へ向かわせ、俺と小坂だけが一階に残った。

 厨房の火は完全に落とした。

 受付画面には宿泊者の状況があり、その下に延長中の休憩客と明日の予約確認が並んでいる。


 俺は食堂の椅子に座り、ようやく大きく息を吐いた。


 「今日の反省、するか」


 小坂は受付カウンターからメモ用のスマホを持ってきた。


 「はい。たぶん、反省点しかないです」


 「成功した感じもあるだろ」


 「あります。でも成功したせいで、逆に明日が怖いです」


 それは、俺も同じだった。

 宿泊施設の初回営業は、まだ一日目が終わっただけだ。


読んでいただきありがとうございます。

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