第48話 湖畔ランチセットとポイントの正体(後編)
最初に声を上げたのは蓮だった。
「……うっま」
短い一言だったが、顔つきが明らかに変わった。
カレールーとご飯をスプーンで運ぶペースが上がる。
ワイルドボアの脂と、煮込んだ野菜の甘みが下にあり、後から香辛料が追いかけてくる。
そこへサクサクに揚げたてのカツが加わる。
噛むたびに衣がホロリと崩れ、カレーを吸った部分と、まだサクッとした食感が交互に来る。
「カツがちゃんとしたいい肉だ。薄いカツじゃない。肉食ってる感じがする」
悠斗が真顔で言う。
「でも一方で味が重すぎない。香辛料が上手く後味のしつこさを感じさせなくって、ダンジョン内でこれ出てくるの、普通におかしい」
真琴は味噌焼き丼を一口食べたあと、少し目を見開いた。
「味噌だれ、濃いのにしつこくない。むしろ油と味噌の旨味が絡み合っていて、更に下に敷いてある野菜挟むとずっと食べられる!」
「つみれ汁もいいね! ホーンラビットってもっと硬いイメージあったけど、旨味と固さがちょうどいい。口の中に入れるとホロっと崩れて、その後に色んな旨味が追いかけてくる。しょうがなく食べていたホーンラビットの認識が変わりそう」
奈月が椀を持ち、汁を飲んでうなずく。
骨出汁のうまみがあり、ホーンラビットのつみれからも味が出ている。
肉の癖はあるが、香味野菜と味噌でまとまっていて、探索後の体に染みる味になっていた。
大地はCセットの焼きおにぎりをかじり、しばらく黙った。
「これ、地味に一番危ないかもしれん」
「分かる」
芽衣も焼きおにぎりを見つめたままうなずいた。
「表面は香ばしいのに、中はちゃんとふっくらご飯。上品な脂と醤油の香りが上手く混ざり合って、つみれ汁と交互にいくと止まらないっ!」
「まかないセットって名前でこれ出すの、だいぶおかしいだろ」
「分かる。まかないの顔をした一級品ね!」
六人の箸とスプーンは、そこからほとんど止まらなかった。
カレーを食べ進むスピードはどんどん上がっていき、完食までまっしぐらだった。
味噌焼き丼はあまりに箸が進み過ぎ、そしていつの間にかどんぶりの中が米粒一つのこっていない状態になっている。
そして焼きおにぎりをつみれ汁に少し浸して食べた芽衣が、静かに親指を立てた。
「それ、絶対おいしい食べ方じゃん」
「焼き目が香ばしい」
「美味しい以外の言葉が今消えた」
「美味しいもの食べてる時は、言葉なんていらないのよ」
六人は笑いながら食べ続けた。
探索者の食べ方は早い。
けれど、ただ腹を満たしているだけではない。
一口ごとに、料理のどこかへ反応が返ってくる。
その様子を厨房の奥から見ていると、調理の疲れが少し抜けた。
こういう顔を見るために、面倒な仕込みをしているのかもしれない。
やがて、六人分の皿と椀はきれいに空になった。
「これはやばいぞ」
蓮が椅子の背にもたれながら言った。
「ダンジョン都市と比較にならない。値段もそうだけど、クオリティが段違いだ」
「中央広場の食堂も便利だけど、ここは休憩込みで考えると別物だね」
真琴がメニュー表をもう一度見た。
「宿泊できて、シャワーも利用できたよね?」
「宿泊は今日は無理でも、シャワーだけならあとで利用しようかしら」
奈月がそう言うと、芽衣もすぐにうなずいた。
「私も。食事の後にシャワー使えて、また休憩室に戻れるなら、十階層の拠点としてかなり助かる」
女性陣は完全に満足した顔だった。
男性陣も、追加で何か頼むかどうか真剣に悩んでいる。
その時だった。
食器を下げに来ていたチカの目の前で、六人の頭上にまた数字が出た。
>榎本蓮《+7》
>椎名悠斗《+6》
>杉浦大地《+5》
>瀬尾真琴《+6》
>河合奈月《+7》
>北沢芽衣《+6》
「……あら」
チカが、盆を持ったまま目を丸くした。
たまたま食堂を利用してくれている客の反応を見ようとして、俺は厨房入口の影から食堂を見ていた。
だから、数字が出た瞬間を見逃さなかった。
客本人たちは、何も気づいていない。
料理の感想とシャワー利用の相談を続けている。
見えているのは、やはり運営側だけだ。
そして、俺の前に管理表示が開いた。
――――――――――――――――――――
通知
休憩地ポイントが加算されました。
加算値:37
対象:食堂利用者六名
判定:食堂利用満足
本日の獲得ポイント:68
――――――――――――――――――――
俺は表示と六人の頭上を交互に見た。
さっきの延長で31。
今の食事で37。
数字の合計と、加算値が一致している。
小坂が言いかけていたことと、目の前の数字がつながった。
料金の大小だけじゃない。
泊まる、休む、食べる。
ここを使った客が、また来たいと思うほど満足したか。
それが、あの数字になっている。
俺は管理表示を閉じ、小さく息を吐いた。
「こういうことか」
そこで小坂が様子を見に食堂へとやってくる。
「あ、先輩…」
「ポイントのからくり分かったぞ」
そして二人は、先ほど目撃した情報のすり合わせを行う。
「鍵は利用者の満足度だな」
「ですです! この施設を何らかの形で利用することが条件で、その時の満足度に応じてポイントが獲得できる仕組みだと思います!!」
小坂の言葉に近くにいたチカも頷いた。
「ポイントの大小は恐らく満足度の大小ってことなんでしょうねぇ」
「花森さんの言う通りだ。良いサービスを提供して満足させれば、より多いポイントを獲得できる、そういう仕組みだろうな」
「うはーまさにゲーム…」
「ホント、俺が昔のめり込んだ何とかソフトっていうアプリに、システムがめっちゃ似てる」
「先輩、その何とかソフトの何とかが凄く気になるんですけど…」
「最近はぜんぜんゲームとかやってなかったからなぁ。なんていう名前だったかな。思い出したら教えるさ」
「いらっしゃいませ!」
こよりの声が受付から聞こえてくる。
「どんどんお客さん増えてくるなぁ。小坂、今どれくらい来てんの?」
「えーとですね…アプリだと、休憩室は満室、臨時での野外休憩場所は…いま十組目ですね」
「あらあらあら。この分だと外の野外休憩地も埋まってしまいますねぇ」
「確かにそうだな…ちょっと今の内に区画増やしてくる。あと3区画分ならいけそうだ」
「お願いします!」
「あ、それと堂島さんに、この状況を伝えておいてくれないか? 見た目が変わって混雑してますけど気にしないで入って来て、と」
「りょーかいです!」
小坂は片手で丸を作って受付に戻る。
すると、チカの声が食堂から聞こえて来た。
「お客様二名、入ります!」
「お、いらっしゃいませ!!」
そして俺は厨房に戻って調理を進めるのだった。
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