第45話 ダンジョン湖畔の宿泊施設、開店です!②
「蓮、こういう時に先頭で行くのやめろって」
「じゃあ誰が行くんだよ」
「誰か一人じゃなくて、全員で行くんでしょ」
弓を持った女性が、呆れたように言う。
六人は、クラン《青嵐の足跡》の若手探索者たちだった。
初心者というほど頼りなくはない。
だが、中級者と胸を張るには、まだ少し経験が足りない。
3級と4級のライセンス所持者の集まりで、十階層前後で実績を積みながら、もう少し下へ降りる機会を探っている、探索者業界では若手の部類に入る。
彼らは案内板前に立った。
「おっ?」
先頭の榎本蓮が、足元を見る。
境界の外にいた時は見えなかった小道が、そこから先だけ妙にはっきりしていた。
「入れるぞ」
「小道以外は?」
椎名悠斗が、槍の柄を持ち直しながら片足を横へずらそうとした。
だが、すぐに足が止まる。
「無理だ。横に行けない」
「見えない壁か?」
「壁っていうより、なんて言えばいいのか。そっちへ進む選択肢が消える感じ?」
「何その感想。怖いんだけど」
北沢芽衣が怪訝そうな表情を見せる。
杉浦大地は、興味津々で小道の端を見下ろしていた。
「でも、すごくないか。これ、通路だけ通れるようになってるんだろ」
「どういう仕組みだ?」
瀬尾真琴が周囲を見ながら言った。
「普通の結界なら内側全部を区切るよね。通路だけ許可するって、少なくとも俺は聞いたことないな」
「だから見に来たんだろ」
蓮はそう言って、正面入口へ歩いた。
六人が続く。
小道から外れようとすると、足が自然に戻される。
押し返されるというより、進めないと体が先に理解するような感覚らしい。
彼らは何度か横を見ながら、宿泊施設の入口までたどり着いた。
蓮が扉を開ける。
ロビーの空気が外へ漏れる。
「……ホテルのロビーみたいだな」
思わず、蓮が呟いた。
俺は受付カウンターの奥から、その反応を見ている。
外で警戒していた六人が、ロビーへ一歩入っただけで目の動きを変えた。
石材調の床パネル、受付カウンター、右手の売店、奥に見える食堂。
今まで湖畔にあったタープと椅子の休憩地とは、見た目がまるで違う。
小坂が受付カウンターで手を上げた。
「こちらで受付します」
こよりと井瀬川は、まず小坂の少し後ろへ控えた。
こよりは両手を前でそろえ、必死に姿勢を保っている。
井瀬川は受付の画面と六人の動きを交互に見ていた。
「何名様ですか?」
「六名です」
蓮が答える。
「代表者のお名前と、所属クラン名をお願いします」
「榎本蓮。クランは《青嵐の足跡》です」
小坂の手元で受付アプリが動く。
六人が順に探索者ライセンスを提示した。
小坂の端末に、榎本蓮、椎名悠斗、杉浦大地、瀬尾真琴、河合奈月、北沢芽衣の名前とライセンス等級が順に並んでいく。
「ここって、どんな施設なんですか?」
河合奈月がロビーを見回しながら聞いた。
小坂は受付アプリから顔を上げる。
「ダンジョン内の休憩施設です。現在ご利用いただけるのは、食堂、一時休憩、シャワー利用です。宿泊については完全予約制で、本日の枠はすでに埋まっています」
「泊まれる施設なんですか」
「はい。ただし、今日は予約のない宿泊利用は受け付けていません」
「食堂って、今すぐ使えるんですか?」
「食堂も利用可能ですが、混雑時は席数と提供順の都合でお待ちいただく場合があります。一時休憩を先に使って、あとで食堂へ切り替えることもできます」
蓮が仲間を見る。
「料金表とかあります?」
「はい。少々お待ちください」
小坂がタブレット端末へ手を伸ばしかけたところで、受付カウンターの上に運営表示が浮かんだ。
もちろんだが、客側には見えていない。
それを俺は見て思わず吹き出しそうになった。
――――――――――――――――――――
表示種別:料金表表示確認 ★新規
対象:受付中利用者六名
公開範囲:受付カウンター前
表示サイズ:大型案内
確認:料金表を利用者へ表示しますか?
選択:はい/いいえ
――――――――――――――――――――
「………え?」
小坂は一瞬だけ表示と俺を交互に見て、それから小さく息を吸って、表示の「はい」を選んだ。
次の瞬間、受付カウンターの少し上に、大型テレビほどの半透明の画面が開いた。
七十インチくらいはあるだろうか。
「現在ご案内できる範囲ですと、食堂のみは料理代だけです。一時休憩は六十分、お一人二千円。場所は二階の大部屋を休憩室として開けていますので、ご利用いただけるのはその休憩室と二階のトイレだけになります」
「……なんだこれ」
蓮が一歩だけ下がった。
ほかの五人も、受付カウンターの前に出た料金表を見上げている。
「一時間二千円?」
奈月が表示を見たまま、蓮の袖を引いた。
「めちゃくちゃ安いぞ。中央広場の休憩席より全然安い」
大地も表示を覗き込む。
「安すぎるのはそれはそれで怖いけど、ここまで来て何も使わず帰る方がもったいないか」
芽衣が入口側をちらっと見る。
「まず休憩で様子見しよう。この施設の様子も分かるし、変なら出ればいい」
真琴がそう言うと、悠斗も奈月もうなずいた。
蓮は小坂に向き直った。
「じゃあ、一時休憩でお願いします。六人分」
「かしこまりました。六名様で一万二千円です。途中で食堂利用へ切り替える場合や、延長したい場合は受付へお声がけください。休憩時間の残り十五分になると案内が出ます」
「分かりました。それでお願いします」
蓮が端末を操作し、六人分の決済を済ませた。
小坂が受付処理を進める。
その瞬間、六人の頭上に、小さなマークが浮かんだ。
客には見えていない。
俺と小坂、それから運営表示を共有されているスタッフだけに見える表示だ。
「はわっ」
こよりが小さく声を漏らした。
「頭の上にマークが!」
井瀬川が目を細める。
「ほんとだ」
「マニュアルに書いてあった一時休憩のマークです」
小坂が処理を終えながら言った。
「こよりちゃん、二階の一時休憩室まで案内お願いします。案内する範囲は、二階のトイレと一時休憩室だけ。その他の客室には入れないことも伝えてください」
「は、はい!」
こよりが一歩前へ出る。
出たところで、足が少し止まった。
六人の探索者が一斉にこよりを見る。
こよりは一瞬だけ固まったが、すぐに胸の前で手を握った。
「ご案内します! こちらへどうぞ!」
声が少し上ずっていた。
蓮たちは顔を見合わせ、こよりの後について階段へ向かった。
俺は受付奥からその背中を見送る。
こよりの歩幅は、付いてくる探索者たちと比べると少し小さい。
だが、階段の前で振り返り、六人がついて来ているかちゃんと確認していた。
しばらくして、こよりが戻ってきた。
ロビーへ入ってくるなり、胸の前で両手を握る。
「も、戻りました!」
「お疲れさま。どうだった?」
小坂が聞くと、こよりは大きく息を吸った。
「めっちゃ緊張しました! でも、二階のお手洗いと休憩室だけですって言えました! あと、他のお部屋には入れませんって言えました!」
「ちゃんと言えてるじゃないですか」
「はい! でも、階段の途中で一回、右と左が分からなくなりました!」
「そこは分かってください」
小坂が笑いをこらえる。
井瀬川がそれを見てこよりに問いかける。
「客は困ってなかった?」
「たぶん困ってなかったです! たぶん!」
「じゃあ大丈夫」
「大丈夫なんですか!?」
「こよりが戻って来られたなら、初回としては十分」
こよりは一瞬きょとんとして、それからぱっと顔を明るくした。
「井瀬川さん、ありがとうございます!」
「……別にフォローしたわけじゃない」
「でも、嬉しいです!」
井瀬川は何か言いかけて、やめた。
チカが厨房入口からそれを見て、くすっと笑う。
「あらあら。いいわねぇ」
小坂は次の来客に備えて受付アプリをチェックする。
「次の案内は井瀬川さん、お願いします。こよりちゃんは横で補助に入りましょう」
「分かった」
「はいっ!」
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