第44話 ダンジョン湖畔の宿泊施設、開店です!①
まもなく十時で開店の時を迎えようとしている。
そこで小坂がロビーの窓際へ近づいた。
外をちらっと見るだけのつもりだったのだろう。
けれど、カーテンの隙間から外をのぞいた瞬間、小坂の肩がぴくっと動いた。
「…先輩」
「ん? どうした」
「増えてます」
「待ってる人が?」
「はい。最初に見た時の倍どころじゃないです」
俺も窓際へ寄った。
ガラス越しに外を見る。
入口正面の安全地帯境界付近には、朝に見た探索者たちがまだ残っていた。
それだけではない。
少し離れた草地にも、湖畔側にも、装備を背負った探索者たちが点々と集まっている。
見物だけの者もいるだろう。
Yを見て来た者もいるだろう。
だが、全員がただ眺めに来たという人数でもないのだろう。
「マジか……」
思わず声が出た。
「どうします?」
小坂がこちらを見る。
ロビーの奥では、こよりが受付カウンターの端で固まっていた。
井瀬川は外の気配を確かめるように入口側へ目を向けている。
チカは厨房入口のところで、少しだけ首を傾げた。
「何にしても、このままじゃ客を入口まで引き込めないな」
「安全地帯の境界で止まってますからね。開店したら範囲を小さくします?」
「入口まで寄せるしかないか。けど、建物を出してる今、安全地帯を動かすのは怖いな」
「ですね。やるなら慎重に……」
小坂が言いかけたところで、俺の前にメッセージ表示が開いた。
『入口までの回廊機能を設定することをお勧めします』
「いたのか」
思わず口にすると、小坂がきょとんとした。
「そう言えばそこにガイド居っぱなしでしたね。気になるのかな」
『宿泊施設展開中、入口回廊機能を利用できます』
『施設入口と安全地帯境界を結ぶ通行用区画です』
『通行条件を設定することで、一時的な侵入許可を付与できます』
「回廊って、廊下みたいなアレのことか?」
『屋内廊下ではありません』
『安全地帯内に、施設入口までの通行経路を設定します』
『経路外への移動は制限されます』
なるほど。
安全地帯全体を開けるのではなく、入口までの道だけを通れるようにする。
開店前に境界で止まっていた探索者を、受付まで誘導するための機能らしい。
「フィルターも設定できるのか?」
『可能です』
『例:利用意思あり、予約者、スタッフ同行中、緊急避難対象』
「じゃあ、とりあえず利用意思のある者でフィルターをかける」
『入口回廊を設定します』
表示が切り替わった。
――――――――――――――――――――
表示種別:入口回廊設定
登録名:湖畔休憩地
対象施設:宿泊施設正面入口
接続境界:入口正面案内板前
通行条件:利用意思あり
通行可能範囲:入口回廊のみ
経路外移動:不可
設定結果:完了
――――――――――――――――――――
「入口までの回廊機能を設定する。看板前から入口までだけ通れる小道ができるらしい」
「それなら、安全地帯を絞ることもなく、安全に入れることが可能ですね」
「利用意思ありで絞る。入ったら受付へ直行でどうだ?」
「バッチリです!」
小坂は笑顔と共に指でOKサインを作る。
微笑みながら頷き、そして俺はロビーを見渡す。
「みんな、準備はいいか?」
「大丈夫です!」
こよりが勢いよく返事をした。
その声が自分でも大きかったのか、すぐに口元を押さえる。
「大丈夫。……たぶん」
井瀬川は返事をしてから、こよりの方を見た。
「あらあら。始まるのね」
チカは厨房側で、エプロンの位置を整えている。
返事を聞いた小坂がマニュアルを閉じた。
「先輩、客の引き込み開始します!」
「頼む。俺は中で全体を見てる」
「はい。こよりちゃん、井瀬川さん、チカさん。一度、外に出ます」
「は、はいっ!」
「了解」
「あら。私も?」
「最初だけです。スタッフの顔を見せた方が、外の人も入りやすいので」
小坂は三人を連れて正面入口へ向かった。
扉が開く。
外の声が、ロビーへ薄く流れ込んできた。
小坂たちが外へ出ると、さっきまでは無かった入口正面の草地に、一本の道ができていた。
そこだけ草が短く、踏み固められた獣道のようになっている。
宿泊施設の入口から、安全地帯境界に立つ案内板まで、まっすぐ伸びていた。
見た目はただの小道だ。
だが、その左右には見えない障壁がある。
小坂たちはその道を通り、看板の前まで歩いた。
こちらに向かってくる四人を見て、外の探索者たちがざわつく。
「出てきた」
「店の人か?」
「受付始まるぞ」
「いや、制服あるのかよ」
「宿泊施設って聞いてたけど、思ったよりちゃんとしてないか?」
その中に、妙に浮ついた声も混じった。
「あの四人、めっちゃかわいいぞ」
「ピンク髪の子、かなり好みなんだけど」
「背の高い眼鏡の人、受付っていうより護衛っぽいな」
「金髪の人、あれ食堂スタッフ? 雰囲気やばい」
こよりの肩が一瞬だけ跳ね、井瀬川が隣で小さく息を吐く。
チカは気にした様子もなく、にこにこしていた。
小坂は看板の横で足を止める。
周囲の声がそれにつられて少しだけ静まった。
「お待たせしました。湖畔休憩地、ただいまよりオープンします」
はっきりした声だった。
大きすぎず、そして通りの良い声が周囲を抜けた。
「ご利用意思のある方は、こちらの案内板前から入口までお進みいただけます。入口以外への移動はできませんので、まずは受付までお願いします」
探索者たちが、案内板と小道を見比べる。
「宿泊利用は完全予約制です。本日の宿泊枠はすでに埋まっています。現在ご案内できるのは、食堂、一時休憩、シャワー利用です」
小坂はそこで一度、頭を下げた。
「詳細は受付で順番にご案内します」
周囲から質問の声が上がる。
「料金は?」
「本当に入れるのか??」
「安全なのか」
「予約なしで利用できんのかな」
小坂はそれを聞いてはいたが、個別には答えない。
ここで一つずつ答え始めたら終わらないと判断したのだろう。
「受付で順番にご案内します。利用される方から、入口へお進みください」
もう一度そう言って、小坂たちは小道を戻ってきた。
こよりがほっとした顔をする。
井瀬川は外を振り返り、周囲の反応を見ていた。
チカはロビーへ戻る直前、小さく手を振っていた。
外の探索者たちは、すぐには動かなかった。
「どうする?」
「Yの情報とずいぶん違うぞ」
「簡易のキャンプ地って話だったよな」
「いきなり来たら建物あって、しかも中に入れって言われてもな」
「ダンジョンの罠とかじゃないよな?」
「罠が受付制服を着て出てくるか?」
「分からん。最近のダンジョンならやりかねん」
疑いと興味が、境界の外で混ざっていた。
その中から、六人組のパーティーが前に出る。
先頭にいた青年が、背中の盾を揺らしながら仲間を振り返った。
「行ってみようぜ。ここで見てても何も分からないだろ」
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