第43話 ダンジョン湖畔の宿泊施設⑤
一方、厨房側ではチカと俺がメニューの確認をしていた。
食堂で出すもの、今日の中心になる料理、配膳の流れ、食器の扱い。
どこに何があるのかも大まかに見せる。
細かい配置は、実際に使いながら覚えてもらえばいい。
今は、何があって、何を触っていいのかが分かれば十分だ。
「基本的に調理は俺が入ります。花森さんには受付から注文が流れてきた後の配膳、食器の回収、洗い場、あとは盛りつけ補助をお願いしたいです」
「あらあらあら。それは得意よ」
チカは厨房の中を見回しながら、楽しそうに微笑んだ。
「料理店の手伝い経験あり、でしたよね」
「ええ。難しい調理はできないけれど、お皿を運んだり、お客様の様子を見たりするのは好きなの」
「それならかなり助かります」
「ふふ。召喚主さんに頼られるなら、頑張らないと」
妙な色気を振りまいてくる。
悪気がないのは分かるが、近くでやられると調子が狂う。
「料亭の若女将って感じだな」
思わず呟くと、チカがこちらを見た。
「りょうてい?」
「落ち着いた料理屋の、店を取り仕切る人みたいな意味です」
「あら。褒められたのかしら」
「褒めてます」
「今ちょっと迷いませんでした?」
チカがくすりと笑う。
この人は厨房に置いておくと、食堂の空気が少し柔らかくなりそうだ。
◇
ロビーの方では、小坂が三人を集めてルーチン確認を続けていた。
>受付に客が来た場合。
>外でトラブルが起きた場合。
>食堂が混み始めた場合。
>宿泊予約者が来た場合。
小坂は、想定パターンを一つずつ出して、こよりと井瀬川に返答を確認させている。
チカも厨房から戻ってきて、その説明に加わった。
「この表示、みんなで見られるんですか?」
こよりが、ロビー側に出ている運営ステータスを指差した。
「見える範囲は権限で違います。今の所ですけど、今回来てもらった三人には受付と利用区分、入場許可、簡単な人数管理が見えるようにしています。もちろんですけど、お客様には見えません」
「すごいです……。これ、全員で同じものを見て動けるんですね」
「便利だけど、見間違えると大変だから、必ず声に出して確認しましょう」
「はい!」
井瀬川が、ふと自分の服を見下ろした。
「そういえば、衣服はこのままでいいのか?」
「はわわ! たしかにそうです…」
小坂の顔が、ぱっと明るくなった。
「ふっふっふ。ちゃんと用意してますよ!」
小坂は受付裏へ回り、畳まれた制服を持ってきた。
ブレザー制服っぽい形で、スカートは膝が隠れるくらいの長さだ。
落ち着いた色合いで、受付に立っても派手すぎない。
「受付専用の制服です。後でこれに着替えましょう!」
「制服……!」
こよりが目を輝かせた。
井瀬川は制服を見て、少しだけ眉を上げる。
「動きにくくない?」
「大丈夫です。見た目より動きやすいはずです」
「はず?」
「スキルで出したものなので」
「………便利だな」
井瀬川は制服を見て、少しだけ納得したようだった。
チカも、それを見て、そして俺の方に目を向けた。
「あ、いいなぁ」
「食堂専用の制服もありますよ。小坂、出して」
「はいはい。もちろん用意してます」
小坂は別の畳まれた制服を取り出した。
こちらもブレザー系だが、食堂で動きやすいように少し実用寄りの形になっている。
エプロンもセットになっていた。
「あらあら。こういう衣装、初めて見るわ」
チカは興味津々で制服を持ち上げた。
それから、自分の胸元を見下ろして首を傾げる。
「これ、胸は入るかしら……」
「大丈夫です!」
小坂が妙に力強く言った。
「これ、ポイントで調達した魔道具……みたいな制服なんですけど、サイズは着た人にフィットする仕様なので」
「まどうぐ」
こよりがまた反応する。
「あと、汚れにくいです。完全に汚れないかはまだ試してませんけど、説明では汚れ防止ありでした」
「あらあら、それは食堂だとありがたいですねぇ」
俺は制服を見ながら、昨日のことを思い出していた。
◇
昨日の夜、最後の準備をしている時だ。
「制服、どうしましょうか?」
小坂が急に切り出した。
異界人材を呼ぶとして、そのまま働かせるわけにもいかない。
受付に立つなら、見た目でスタッフだと分かる方がいい。
厨房に入るなら、衛生面でも専用の服が必要になる。
「衛生面や関係者と区別するということは大事だと思います!」
「たしかに。それはその通りだ」
俺はちょうどその時、ステータス画面を眺めていた。
宿泊型ルートに進化してから、表示項目が増えている。
従業員管理、客室備品補充、施設設定。
その中に、見覚えのない項目があった。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:ポイントショップ
ポイントを消費して、休憩地運営に関わる物品、消耗品、補助効果つき装備を購入できます。
――――――――――――――――――――
「ポイントショップ?」
「え、そんなのありました?」
「今気づいた」
開いてみると、そこには色々な項目が並んでいた。
『体力回復かいふーく』、『スキルの書』、『簡易結界杭』、『従業員用休憩ベッド』など、名前だけで引っかかるものがいくつもある。
それ以外にも目を疑うようなものもあるが、必要ポイント数を見てすぐに目を逸らした。
「めちゃくちゃ高い」
「先輩、顔が死にました」
「現時点で手が出せるものが少なすぎる」
スキルの書なんて、名前だけなら夢がある。
だがポイント消費が大きくて、今の段階では見なかったことにするしかない。
その中に、別のタブがあった。
――――――――――――――――――――
休憩地スキルピックアップ商品①
宿泊施設運営支援
受付スタッフ制服:100ポイント
食堂スタッフ制服:100ポイント
清掃スタッフ制服:100ポイント
巡回スタッフ制服:100ポイント
――――――――――――――――――――
「おっ? 制服、あるぞ」
「えっ、ほんとですか」
詳細を開く。
――――――――――――――――――――
受付スタッフ制服
必要ポイント:100ポイント
効果:
サイズ自動調整
汚れ防止
体力回復支援小
スタッフ識別補助
――――――――――――――――――――
「いや、制服の性能じゃないだろ」
「めちゃくちゃ魔道具じゃないですか」
「だが、ここまでの支援バフ込みは見たことないぞ…」
ポイント消費は痛い。
けれど、受付と食堂でスタッフだと分かる服は必要だ。
しかもサイズ自動調整と汚れ防止があるなら、洗濯の回数もそうだが、現地で寸法を合わせる手間がない。
「受付用を二着、食堂用を一着か?」
「井瀬川さんは受付と備品管理の兼任ですよね。初日は受付側でいいと思います」
「なら三着で300ポイント」
「あ、それと私たちの制服もあった方がいいです!」
「それはそうだな…おっ、あったぞ。管理者用の制服。こっちは300ポイントか…機能は同じだが、知能+1という表記がある」
「知能+1、ですか?」
「そうそう。頭良くなるのか?」
「めっちゃゲームです…でもマイナス効果ではないと思うので導入しましょう!」
「そうだな。となると、合計900ポイントか」
「痛いですけど、必要経費です」
小坂の言う通りだった。
俺は少しだけ迷ってから、制服を購入した。
購入した制服を後ほど確認すると、宿泊施設内の受付裏にまとめてあった。
◇
そして今、その制服が三人の前にある。
「というわけで、受付側はこよりちゃんと井瀬川さん。食堂側はチカさん。開店前に着替えてください」
「はいっ!」
「了解」
「あらあら。楽しみね」
「俺らも着替えておくか」
「そうですね」
三人はそれぞれ制服を受け取った。
着替えは2Fフロアにある従業員用の部屋を使ってもらう。
説明している間にも、外の気配が少しずつ増えているような気がした。
午前十時まで、もうあまり時間はない。
数分後、制服に着替えた三人がロビーへ戻ってきた。
こよりは受付制服がよく似合っていた。
明るい表情と制服のきちんとした形が合わさって、いかにも初々しい受付スタッフという感じだ。
井瀬川は同じ受付制服なのに、印象がまるで違う。
背が高いせいか、受付というより現場を治めるスタッフにも見える。
ただ、それはそれで頼もしい。
チカは食堂制服にエプロンをつけていた。
本人の雰囲気と妙に噛み合って、料理店の人というより、やっぱり若女将っぽい。
「どうですか、先輩」
小坂が色違いで似たデザインの管理者用制服を着て、見せびらかすようにポーズを決める。
「うん。かなりそれっぽい」
「それっぽいじゃなくて、ちゃんとしたスタッフです!」
「そうだな」
「もう!」
俺は三人を見る。
異世界から来た人材。
こちらの常識も、この施設の仕組みも、まだほとんど知らない。
それでも、今この場では湖畔休憩地のスタッフだ。
「開店五分前だ。最後にもう一度だけ確認する」
外には、十時を待つ探索者たちがいる。
初めての宿泊施設営業が、もうすぐ始まる。
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