第42話 ダンジョン湖畔の宿泊施設④
異界人材スタッフが三人揃ったところで、まずは宿泊施設の中を案内することにした。
ただし、今は開店前だ。
外にはすでに人がいるし、十時になれば食堂や休憩利用の受付が始まる。
細かい説明に時間をかけすぎる余裕はない。
俺と小坂は、三人を連れてロビー、受付、食堂、厨房、倉庫まわりを順番に見せていった。
どこで客を迎えるのか。
どこに食堂があるのか。
厨房には何があり、備品はどこで管理するのか。
説明は、その程度に留めた。
実際の動きは、開店してから一つずつ確認するしかない。
「まず、笹原さん」
ロビーに戻ってから、俺はこよりへ向き直った。
「はいっ」
笹原こよりは、両手を前でそろえて背筋を伸ばす。
勢いがありすぎて、今にも返事だけで一歩前に出そうだった。
「笹原さんには、小坂の下について受付と案内の補助をしてほしい。受付でお客さんを迎えることと、分からない人を食堂や休憩場所に案内することが中心になる」
「はい! 小坂さんの下ですね!」
「うん。最初は全部覚えなくていいよ。私が横につくから、一緒に確認しながらやっていこ」
小坂が言うと、こよりはぱっと顔を明るくした。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
この二人は、やっぱり相性がいい。
少し勢いが強い者同士ではあるが、小坂の方が運営経験の分だけ一歩引いて見られる。
受付に置くなら、悪くない組み合わせだと思う。
「次に井瀬川さん」
井瀬川湊は、腕を組んだままこちらを見る。
圧はあるが、話を聞く姿勢は崩していない。
「君にも、まずは小坂についてもらう。ロビーの受付や、それ以外の運営補助だ。ただ、接客メインにはしない。備品管理や荷運びが発生した時は、そっちを優先して頼むことになると思う」
「わかった」
返事はそれだけだった。
けれど、必要なことは伝わっている。
「力仕事は遠慮なく言って」
「助かる。こっちは俺と小坂だけだと、どうしても手が足りない場面が出る」
「ん」
井瀬川は頷いた。
接客向きというより、現場で必要になったところへ動いてもらう方が合っていそうだ。
「最後に花森さん」
「あらあら。私ね」
花森チカは、のんびりした声で返した。
ロビーに立っているだけなのに、どこか落ち着いた店の人みたいな空気がある。
「花森さんには、俺の下について料理補助をお願いしたい。食堂は俺が基本的に調理へ入るから、配膳や食器洗い、簡単な盛りつけの補助を中心に頼む」
「あらあらあら。わかりました」
「分からないことがあれば、すぐ聞いてください」
「ええ。召喚主さんの邪魔をしないように、ゆっくり覚えますね」
ゆっくり。
言葉だけなら不安になるところだが、チカの場合は妙に大丈夫そうに聞こえる。
ひとまず役割は決まった。
ここからは開店に向けて、実際の準備に入る。
「ではでは、運営側はこちらです!」
小坂が鞄から薄いファイルを取り出した。
中には紙をまとめたマニュアルが入っている。
「受付手順、入場承認、利用区分の説明、食堂利用、一時休憩、宿泊予約の確認。あと、困った時に先輩を呼ぶ手順もまとめてあります」
「いつの間にこんなものを」
「昨日の夜です。やること多すぎたので、書かないと忘れると思いまして」
小坂は得意げに胸を張った。
こういうところは本当に頼りになる。
「それじゃあ、まずはこれを見ながら――あ」
小坂が途中で止まった。
ファイルを手にしたまま、こよりと井瀬川を見比べる。
「そういえば、異界の文字って分からないですよね?」
こよりが首を傾げた。
「いえ、読めます」
「読める」
井瀬川も、当たり前のように言った。
「えっ、読めるんですか?」
「はい。文字として読めます。こっちの世界の言葉、ですよね?」
「そうですね。日本語です」
「にほんご」
こよりが小さく繰り返す。
発音は少したどたどしいが、意味は分かっているらしい。
俺はガイドアシストの方を見た。
「これも契約補正か?」
『はい。業務に必要な意思疎通、文字理解、簡易計数処理には補正が入ります。ただし、世界固有情報の詳細理解や、禁忌事項に関わる情報開示は対象外です』
「便利だけど、線引きはあると」
『はい』
小坂はマニュアルをこよりに渡し、井瀬川にも同じ内容の予備を渡した。
こよりは目を輝かせながら、井瀬川は淡々と目を通している。
「では、ざっくりこの休憩地スキルの説明をしますね」
小坂はロビーの受付カウンターの前に立ち、三人へ向けて話し始めた。
「ここは先輩の【休憩地】スキルで出している安全地帯です。外敵は入れません。今いる宿泊施設も、スキルの進化で出せるようになった施設です」
「え?」
こよりの目が丸くなった。
井瀬川も、さすがに表情を変える。
「……あの人、※※※※スキル持ち?」
「えええっ、※※※※スキル持ちなんですか!?」
こよりが俺を見た。
井瀬川も小坂ではなく、俺の方を真正面から見る。
「なんでそんなに驚くんだ?」
俺が聞くと、二人が同時に口を開きかけた。
だが、声は出なかった。
こよりはぱくぱくと口を動かし、井瀬川は眉を寄せて自分の喉に触れる。
「……もしかして、禁忌制限?」
小坂が言うと、こよりはこくこく頷いた。
「しゃべろうとすると、声が出ないです」
「こっちも。言葉にならない」
「スキルそのものの説明というより、そっちの世界での扱いが禁忌に触れるのかもしれませんね」
小坂は思案顔になった。
俺も少し考えたが、今ここで深掘りしても仕方ない。
「言えないなら無理に言わなくていい。こっちも、分かる範囲で扱う」
「はいっ」
「了解」
小坂はぱん、と手を合わせた。
「まぁ、とりあえず進化一発目の営業です。色々とイレギュラーは多いと思いますけど、焦らず、慌てず、ゆっくり対応しましょう」
その言葉に、こよりと井瀬川がまた固まった。
「え? ※※※※スキルで進化?」
「……まじで?」
二人が顔を見合わせる。
禁忌制限に引っかかるらしく、それ以上の説明は出てこない。
ただ、反応だけで十分だった。
どうやらこのスキルは、俺が思っている以上に向こう側でも妙な扱いらしい。
「その顔、やっぱり普通じゃないんだな」
「言えません!」
「言えない」
「分かった。聞かない」
こよりは申し訳なさそうに頭を下げ、井瀬川は少しだけ視線を逸らした。
小坂はすぐに話を運営へ戻す。
受付カウンターの使い方、利用区分の聞き方、食堂利用だけの客と一時休憩客の分け方、宿泊予約者の確認。
一つずつ、マニュアルと実物を照らし合わせて説明していった。
途中、こよりが何度も感心した声を上げた。
「この板、触ると表示が変わります!」
「それはスマホですね」
「すまほ! すごい魔道具です!」
「魔道具ではないんですけど、まぁ魔道具みたいなものです」
「魔力なしで動くんですか?」
「電気です」
「でんき」
こよりは新しい言葉を覚えるたびに、目に見えて嬉しそうだった。
井瀬川も興味がないわけではないらしい。
小坂のスマホを見て、画面の端を慎重に指で触っている。
「これ、運営表示と連動してる?」
「一部だけですね。正式なアプリじゃなくて、いまは受付用のメモと連絡用です」
「それでも十分すごい」
「井瀬川さんが褒めた」
「事実を言っただけ」
小坂はにやっとしたが、井瀬川は顔色を変えなかった。
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