第40話 ダンジョン湖畔の宿泊施設②
俺たちは昨日仕込んだ物品のチェックを始めた。
受付裏の倉庫には、タオル、清掃用品、予備の食器、客室用の簡易アメニティが入っている。
食堂側へ行くと、厨房の作業台とシンクは問題なく使える状態だった。
冷蔵箱に入れておいた肉と野菜も、仕込みは万全で保冷状態に異常はない。
客室階へ上がる前に、二階の廊下だけ確認し、客室の扉が閉じていることを見た。
全部を細かく見る時間はない。
だが、営業開始前に必要なものが消えていたり、置き場が変わっていたりする様子はなかった。
「大丈夫そうですね」
「だな。じゃあ、次だ」
俺はロビーの奥、外から直接見えにくい場所へ移動した。
小坂も隣に立つ。
「用意はいいか」
「はい。めっちゃわくわくします!」
「不安は?」
「あります。でも、今はわくわくの方が勝ってます!!」
「正直でよろしい」
俺は【休憩地】のステータス画面を開き、従業員管理から雇用の項目へ進んだ。
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【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:従業員管理
項目:異界人材雇用
現在契約人数:0名
採用候補:5名
掲載残り:六日
雇用を選択すると、契約成立後ただちに召喚されます。
召喚場所の安全確認を推奨します。
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応募者名簿を開く。
最初に表示されたのは、予定通り《笹原こより》だった。
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応募者1
氏名:笹原こより
種族:人間
年齢:18歳
身長:159cm
技能:なし
希望作業:受付補助、案内補助、簡易清掃
日額ポイント:50
最低契約期間:七日
備考:未経験。明るい職場を希望。
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「まずは笹原こよりからだ」
「はい。受付補助の人ですね」
俺は雇用を選択した。
表示が切り替わる。
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確認:
笹原こよりを雇用しますか?
契約期間:七日
消費ポイント:一日50ポイント
契約成立後、ただちに召喚されます。
はい/いいえ
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指先が少し止まった。
画面の向こう側にいる相手は、文字だけではない。
ここで押せば、本当に人が来る。
隣で、小坂が息を止めているのが分かった。
「押すぞ」
「はい!」
俺は、《はい》を選んだ。
ロビーの床に、黒い渦が現れた。
魔法陣というより、水面に墨を落としたような黒さだった。
丸い渦がゆっくり広がり、その中心から人の形が浮かび上がる。
数秒後、輪郭がはっきりした。
「こんな演出が……」
「これは……ガチャ演出……!!」
俺は小坂を見ると、舌を少しだけ出して笑っていた。
そして光が弾ける。
「うぉぉ!」
「これはっ! ノーマル演出っ!!」
するとそこには、一人の女の子が立っていた。
小柄で、ピンク色の髪をポニーテールにしている。
大きな目がくりっと動き、こちらとロビーと床の渦の跡を順番に見た。
身長は小坂より少し低いくらいだが、胸元だけは妙に存在感があって、本人が慌てて姿勢を直すたびに余計に目立つ。
「はわわわわ!」
いきなり声が出た。
笹原こよりは、自分の足元を見て、天井を見て、最後に俺と小坂を見た。
「ま、まさか本当に召喚された?」
俺も小坂も、すぐには返事ができなかった。
人が出てきた。
画面の文字ではなく、ちゃんと目の前にいる。
それも俺らがわかるようにちゃんとした日本語で、そして動いていた。
小坂が、俺の袖を軽く引いた。
「先輩、本当に人です」
「見れば分かる」
「いや、そうなんですけど、言いたくなります。だって異世界人ですよ??」
笹原こよりは俺たちの会話を聞いて、ぱちぱちと瞬きをした。
それから急に直立不動とばかりに姿勢を正した。
足元が少しふらついたが、すぐに両手を前でそろえ、勢いよく頭を下げた。
「この度は召喚していただきありがとうございます! 笹原こよりです。18歳です! がんばりますのでよろしくお願いします!」
勢いのいい挨拶だった。
声も姿勢も、全力でこちらに向いている。
俺は少しだけ背筋を伸ばした。
ここで曖昧に笑って済ませる場面ではない。
相手は、ポイント表示の向こうにいた文字ではなく、今は目の前にいる人間だ。
「俺がこのスキルの所有者で、朝倉といいます。分かるように言うと、召喚主ってことかな」
「私は先輩の部下で小坂です! よろしくね!」
「はわわわわ!」
笹原こよりはまた声を上げ、それから何度も頭を下げた。
「朝倉さん! 小坂さん! よろしくお願いします! よろしくお願いします!」
「そんなに何回も下げなくていいから。落ち着いて」
「は、はいっ」
言葉の勢いはあるけど、それは本人の可愛らしさから滲み出る人柄の良さなのか、決して不愉快な感じは受けない。
小坂はすでに楽しそうな顔をしていた。
たぶん勝手に妹か何かと思ってそうで、相性は悪くないどころかかなり良さそうだ。
「それで、今の状況を整理したいんだけど、いいかな?」
「はい! お願いします!」
「まず、お互いの認識合わせからだな。俺は休憩地ポイントを使って、笹原さんを雇用した。契約期間は一週間。ただ、今回こちらが営業するのは土日の二日間だけだから、実際に働いてもらうのは今日と明日の二日間になる」
笹原こよりは、こくこくと頷いた。
勢いよく頷くので、ポニーテールが後ろで揺れる。
「営業していない時間まで、こっちに拘束するつもりはない。スキル上どう処理されるかは確認しながらになるが、働いていない時間は元いた場所に戻ってもらっていい」
「はいっ。分かりました!」
「そういえば、こよりちゃんってどこから来たんですか?」
小坂が何気なく尋ねた。
その瞬間、笹原こよりの顔が止まった。
口だけが、ぱくぱくと動く。
言葉を出そうとしているのに、声が出ていない。
「……笹原さん?」
「は、はわ……」
笹原こよりは自分の喉を押さえ、困ったように俺たちを見た。
その時、俺の視界に表示が割り込んだ。
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【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:契約制限通知
対象:異界人材雇用契約者
異世界雇用契約により、契約者の出身世界、所在地、世界間移動経路などは禁忌事項に該当します。
該当事項は、契約者本人の発話が制限されます。
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