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ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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39/61

第39話 ダンジョン湖畔の宿泊施設①

 午前六時前の湖畔は、いつもならもう少し静かだ。


 十階層の朝は、地上の早朝とかなり似ている。

 湖の表面に薄く光が乗り、草の先には細かい水気が滴となって残っていた。

 そこに、探索者たちの声が混ざっている。


 俺と小坂は、北側草地へ続く道の途中で一度足を止めた。


 「……何事ですかね、先輩」


 「俺に聞かれてもな。だが小坂と同じこと考えてる」


 湖畔の周辺には、ざっと見ただけでも二十人くらいの探索者がいた。

 数人ずつ固まっている者もいれば、湖の方を眺めながらスマホを確認している者もいる。

 地面に荷物を置いている者はいるが、野営するほどの大荷物ではない。


 小坂が俺の隣へ半歩寄った。


 「もしかして、私たちを待ってたとか……?」


 「うーん。まだ断定はできないが、可能性としては結構、いや、かなりある気がしている」


 「……ですよね。こんなとこに探索者が集まる理由は、普通だと無いですし。私たちの休憩地を除いてですけど」


 「だよな。とりあえずもっと近寄ろうか。あいつらはまだ、俺たちが関係者だとは分かってないはずだ」


 こちらに向いた視線はいくつかあった。

 だが、それはすぐに外れる。


 俺たちも探索者装備で、周囲から見れば十階層まで来た二人組にしか見えない。

 それに、周辺で待っている探索者たちは、奥へ潜る時の装備より明らかに軽かった。

 大型の搬送袋もないし、野営道具もほとんど見えない。


 「Yとか、噂とか、その辺を見て来た人たちか」


 「同じ目的の見物客だと思われてますね、これ」


 「だろうな」


 こちらに集まっていた視線が消えたのを確認して、俺は湖畔側へ少し回り込んだ。

 いつもの展開場所にそのまま立つと、宿泊施設の入口正面に人が近すぎる。

 安全地帯の範囲も、今日は最大で取る。


 「どうしましょうかね、先輩」


 「うーん。とりあえず展開するか。準備もしないといけないし」


 「この人数の前でですか?」


 「どっちにしろ、開店したら見られるだろ? なら先に安全地帯を出した方がいい」


 小坂は周囲を見てから、少しだけ頷いた。

 俺たちは湖畔側へ数十メートル移動し、建物の出現範囲に人や荷物がないことを確認した。

 草地には踏み跡があるが、今この位置には誰も立っていない。


 俺は【休憩地】を意識する。

 視界の端に、いつもの半透明の表示が浮かんだ。


 ――――――――――――――――――――

 【休憩地】

 スキル区分:オリジンスキル

 表示種別:展開範囲設定

 登録名:湖畔休憩地

 休憩地Lv.7

 現在状態:未展開

 登録地点:十階層湖・北側草地

 範囲:直径200メートル以内

 最大維持時間:72時間(魔石維持式)

 安全判定:展開時有効

 進化ルート:宿泊型

 範囲設定:任意設定可/現在設定・最大範囲

 維持コスト:最大展開時・C等級魔石1個/24時間

 施設出現:安全地帯確定後

 メニュー:

 ・範囲詳細

 ・登録済み設備

 ・成立コンボ

 ・食事提供ログ

 ・運用実績

 ・従業員管理

 ・区画管理

 ・休憩地倉庫

 通知:なし

 確認:この範囲で展開しますか?

 ――――――――――――――――――――


 「小坂、範囲は最大でいく」


 「はい。入口前は広めに取ってください。人が寄ってきた時、建物の扉の前で詰まると危ないです」


 「了解」


 俺は表示を確認し、展開を確定した。


 まず、草の上に薄い線が走った。

 湖畔側から円を描くように広がり、遠くの草地をなぞっていく。

 境界が完成した瞬間、そこだけ空気の密度が変わったように見えた。


 その内側へ、白い輪郭が浮かぶ。


 「……出るぞ」


 小坂が一歩下がった。


 次の瞬間、宿泊施設がその場に現れた。


 三階建ての建物が、湖畔の草地にいきなり立つ。

 入口、外壁、窓、ロビーへ続く扉。

 黒瀬の作業場で見た時よりも、空の高さと湖の広さがある分、ずっと大きく見えた。


 周囲の声が、一斉に乱れた。


 「なんだ? いきなり建物出たぞ」

 「何が起こったんだ?」

 「たしかキャンプ地があるっていう話だったんだが」

 「いや、キャンプ地って規模じゃないだろ、あれ」


 小坂が口元に手を当てた。


 「……思ったより目立ちますね」


 「思ったより、どころじゃないけどな」


 俺たちは、とりあえず周囲の反応を無視して入口へ向かった。

 ここでこの野次馬連中に説明を始めたら、準備が何も進まない。

 それに、まだ開店時間前だ。


 扉へ近づいたところで、後ろから足音が増えた。


 「あの二人、関係者だ」

 「おい、待ってくれ。ここ、今日開くのか?」

 「すみません、利用ってもうできますか?」


 何人かがこちらへ駆け寄ってくる。

 俺と小坂は振り返らず、扉の奥へ入った。


 背後で、硬いものにぶつかるような音がした。


 「うおっ」

 「え、何これ」


 入口の外、見えない境界の手前で、探索者たちが足を止めていた。

 手を伸ばした男の掌が、何もない場所で止まっている。

 まるで透明な壁に触れているように、そこから先へ入れない。


 「どうなってんだこれ」

 「間違いなくそういうスキルなんだろうが、見たことも聞いたこともないぞ」

 「噂は本当だったんだ。外敵が一切入ることのできないセーフティーゾーンがあるって」

 「外敵って俺らもかよ」

 「……開店前ってことだろ。たぶん」


 入口ホール入った所で、小坂が小さく肩をすくめた。


 「入場許可がない人は全員入れないっ! って足搔いてますね」


 「こう見ると、安全地帯を生成できる休憩地スキルの凄さがわかるな。」


 「ですです! それにこの宿泊施設、すぐにYに動画で上がっちゃいますね」


 「もうどうしようもないし、割り切って動こう」


 俺がそう言った時、入口正面の外側に何かが立ち上がった。

 安全地帯の境界ぎりぎり。

 扉から見て真正面の位置だ。


 木製の立て看板のようなものが、草地からすっと出てくる。

 看板の表面に文字が浮かんだ。


 ――――――――――――――――――――

 湖畔休憩地 本日のご案内


 営業開始:10:00

 受付場所:入口正面

 利用区分:食堂/一時休憩/宿泊

 宿泊利用:完全予約制


 開店前は入場できません。

 入場には受付承認が必要です。

 順番待ちの方は、入口正面の境界線より外側でお待ちください。

 ――――――――――――――――――――


 外で、また声が増えた。


 「十時開店?」

 「食堂に一時休憩って書いてあるぞ」

 「宿泊もあるのか。十階層で?」

 「宿泊は予約制か。そりゃそうだよな」

 「待て、これ立て看板もスキルで出たのか?」

 「受付承認って何だよ。完全に店じゃん」


 俺は看板を室内から見て、そして小坂を見る。


 「看板、勝手に出たな」


 「めっちゃ助かりますけど、何の説明もなく出るのやめてほしいです」


 「それはそう。いきなり出るとびっくりするな」


 とはいえ、今は助かる。

 外の探索者に口頭で説明しなくても、開店時間と入場不可は伝わった。


 俺たちはロビーへ入る。

 作業場で一度見た受付カウンターが、今は本当に宿泊施設の入口としてそこにあった。

 右手には売店予定の小さな区画、左奥には食堂へ続く入口。

 その奥に厨房があり、受付裏のバックヤードには休憩地倉庫へつながる扉がある。


 小坂がカウンターの向こうへ回り込み、外の方を振り返った。


 「少なくとも二十人くらいはいましたよね」


 「いたな。しかも全員、見覚えがない」


 「前に来た人たち、いませんでした?」


 「俺が見た範囲ではいなかった。完全に噂を見て来た新規だ」


 「開店前からこれですかぁ」


 小坂は受付カウンターの上に手を置き、外の看板をもう一度見た。

 ここはもう、初期の頃の草地にテーブルを置いただけの場所ではない。


 「まずは中の確認をしよう。雇用はそのあとだ」


 「はい!」

読んでいただきありがとうございます。

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