第36話 週末営業前会議(前編)
それからの平日は、だいたい同じ流れになった。
昼は普通に会社員としてルーチンワークをこなしつつ、昼休憩に小坂とメッセージをやり取りする。
そして終業後になると、俺と小坂は黒瀬工務設備へ向かった。
黒瀬の作業場には、日を追うごとに物が増えていった。
タオルや客室用の消耗品、清掃用品、食堂で使う器類。
宿泊営業に必要そうな箱が、作業台の横に少しずつ積み上がっていく。
例のポイントで基本は補充できるのだが、現時点において一日のポイント獲得目安が何もわかっていないので、みんなと話し合ってお金で調達できるものは、ポイント使わずに買って調達しておこうということになった。
黒瀬が用意してくれた折り畳み棚まで並ぶと、もうちょっとした搬入前の倉庫だった。
「ウチは工務店なんだが、いつの間にか配送センターになってきているな」
黒瀬が作業台の端に積まれた箱を見て、呆れ半分、苦笑い半分で言った。
「すみません。週末までには全部取り込むんで」
「そこなんだよな。スキルに取り込むっていうのがまたなぁ」
「そこはもう、慣れてください」
俺がそう言うと、黒瀬は工具箱のふたを閉めながら笑った。
小坂は段ボールの側面に貼られたラベルを確認している。
「先輩、タオル系はこれで二日分なら足ります。宿泊客が全員シャワーを使う想定だと厳しいですけど、初回は予約制で絞れますし」
「客室の備品補充は一室100ポイントでいけるから、タオルまで地上から全部持ち込む必要はないんだよな?」
「はい。ただ、スキル側の備品補充だけに頼るとポイントの減り方が読めないので、初回は多めに現物を持っておきたいです」
「わかった」
俺は【休憩地】の管理表示を開く。
まだ床には何も出さない。
先に、展開範囲の設定画面だけが視界に浮かんだ。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:展開範囲設定
登録名:湖畔休憩地
休憩地Lv.7
現在状態:未展開
登録地点:十階層湖・北側草地
範囲:直径200メートル以内
最大維持時間:72時間(魔石維持式)
安全判定:展開時有効
進化ルート:宿泊型 ★新規
範囲設定:任意設定可/現在設定・作業場内確認用 ★新規
維持コスト:最大展開時・C等級魔石1個/24時間 ★新規
施設出現:安全地帯確定後 ★新規
メニュー:
・範囲詳細
・登録済み設備
・成立コンボ
・食事提供ログ
・運用実績
・従業員管理
・区画管理
・休憩地倉庫
通知:なし
――――――――――――――――――――
周辺環境に応じて範囲を指定しろ、ということらしい。
現在設定を確定すると、黒瀬工務設備の作業場の床に薄い円が広がった。
まず安全地帯の境界が、作業場の壁際ぎりぎりをなぞる大きさで床を走る。
続いて、その内側に宿泊施設の輪郭が浮かんだ。
「半径100メートル、なぁ」
黒瀬が表示を見て、腕を組んだ。
「ここで出したら近所の敷地まで入るな」
「だから今は作業場に収まる範囲にしてます。宿泊施設は全部出るので、ここだとこれがぎりぎりです」
「十階層ではどうするんだ?」
「最大にするつもりです。何が起こるかわかりませんし」
黒瀬は頷いた。
「それでいい。あそこはダンジョン内、それも野外フィールドだ。安全地帯が広いなら広いほどいい。客を建物の中に入れる前に、外で揉める可能性もあるからな」
「入口で止める場面は結構頻繁にありそうです」
小坂が少し嫌そうな顔をした。
「予約外の人が増えましたからね。食事だけなら順番待ちで済みますけど、宿泊は入口で確認しないと混ざります」
「そのための運営ルールだ」
黒瀬はそう言って、作業場の入口側を見る。
「建物だけ立派になっても、入れる人間と入れない人間の線引きが曖昧なら現場は混乱する。特に宿泊は食って帰るだけと違って、客が長く中にいるわけだろ」
俺はうなずいてから、【休憩地】の展開を確定した。
床の薄い円が一度だけ明るくなり、作業場の中央に白い線が走る。
安全地帯の境界が先に固まり、その内側へ宿泊施設が丸ごと現れた。
受付まわり、厨房へ続く入口、受付裏の倉庫扉、客室階へ上がる階段。
二階と三階の外壁まで、まとめて作業場の中に収まっている。
入口脇の壁は手で触れる硬さがあり、受付カウンターの奥には扉が付いていた。
扉の横には、小さく「倉庫」と表示されている。
前まで外に置いていた倉庫機能が、宿泊施設の一階バックヤードに収まった形らしい。
俺は受付裏へ回り、倉庫の扉を開いた。
今日持ち込んだ箱を、まとめて中へ運び込む。
客室用と清掃用が混ざらないようにだけ、小坂が横から確認してくれた。
黒瀬はそのやり取りを見ながら、楽しそうにコーヒーを飲んでいる。
「小坂がいてよかったな」
「本当にそう思います」
「先輩、そこで真顔で言われるとちょっと怖いです」
「いや、割と真面目に助かってる」
「……ふふん。それならもっと褒め称えてもいいんですよ?」
小坂が少し嬉しそうに胸を張ったので、黒瀬が肩を揺らして笑った。
◇
その日も、搬入が終わったあとは作業場の奥で会議になった。
黒瀬が簡易テーブルを出し、小坂が受付アプリの画面を開く。
俺は宿泊施設の管理表示を展開している。
仕事終わりに、また仕事みたいなことをしている。
それでも、誰も帰りたそうな顔はしていなかった。
宿泊人数、食材量、客室、シャワー、清掃、受付、ポイント、それから異界人材の採用まで、確認することは多い。
面倒なはずなのに、一つ決めるたびに週末の営業が形になっていくのが分かって、三人とも少し前のめりになっていた。
「採用するなら、三人だと思ってます」
俺が言うと、黒瀬はすぐに頷いた。
「二人じゃ足りんし四人は初回にしてはちょっと多いか? まぁ三人が落としどころだな」
小坂が応募者名簿の内容を読み上げる。
黒瀬はまだ五人の名前を直接見ていないので、ここで共有する必要があった。
「まず笹原こよりさん。受付補助、案内補助、簡易清掃。日額50ポイントです」
「50ポイントか。結構安いな」
「はい。未経験ですけど、明るい職場希望って書いてます。私と組ませるならこの人が一番相性良いと思います」
「受付と全体案内か」
「ですです。私が運営スタッフ権限で入退場確認をして、こよりさんには実際の案内と声かけを手伝ってもらう感じです」
小坂は次に画面を切り替える。
「料理補助は花森チカさん。配膳補助、食器洗い、簡易調理補助。日額80ポイント。料理店手伝い経験ありです」
俺は反射的に頷いた。
「厨房は欲しい」
「先輩、食いつき早い」
「いや、ここは仕方ないだろ。宿泊施設になった以上はこれでも少ないと思うし」
「前回くらいの規模感であれば、二人でも十分だと思うんですけどね」
黒瀬も同意する。
「今欲しいのは料理人じゃなくて、どちらかというと食堂を運営する人間だろ。特に食器を陶器にしたんだし、そうなると洗い場対策は必須だぞ」
「ですよねぇ」
小坂が苦笑いする。
「それで三人目が井瀬川湊さん。荷運び補助、リネン補助、備品整理。日額65ポイント。力仕事希望で、接客は短時間なら対応可です」
「力仕事要員は特に宿泊業だと必要だな」
「ですです。そこは確定ですね」
「宿泊業は清掃もそうだが、結構力仕事多いからな。使ったリネンを回収して、備品を確認して、ゴミを出して、次の客を入れる前に補充したりしないといけないし、必須ポジションだ」
「井瀬川さんは初日から入れたほうがいいですね」
小坂が応募者名簿に視線を戻した。
「受付と厨房だけ見てると後回しにしそうでしたけど、井瀬川さんは初日から入れておきたいです」
「そうだな。笹原さん、花森さん、井瀬川さんの三人でいく」
俺が言うと、黒瀬は頷いた。
残る候補は、真辺リツと葛城ナオの二人だった。
「真辺リツさんは客室清掃、備品確認、忘れ物確認。日額95ポイント。宿泊をやるならかなり欲しいです。ただ、初日の頭から呼んでも、まだ清掃する客室がありません」
小坂が画面を伏せるようにして言った。
「二日目の宿泊状況次第ですね。最低契約は七日なので、呼ぶならポイント消費は覚悟ですけど」
「そうだな。初日に客室が埋まるようなら、二日目からでも考える」
「葛城ナオさんは今回は見送りでいいと思います。夜間見回り希望ですけど、今の規模だと単独警備を任せる段階ではないですし、日額120ポイントと一番コストが高いです」
「夜間見回りは客が増えたら必要になるが、今の状況だと安全地帯と入場制限を優先したほうがいいだろうな。最悪問題を起こした人間って権利はく奪もできるんだろ?」
「一度もやったことはないですけど、恐らく。わざわざ入域権限が設けられてますからね」
そして俺はポイントの簡単な計算を頭の中でやり直した。
笹原こよりが50、花森チカが80、井瀬川湊が65。
三人で一日195ポイント、最低七日なら1365ポイントになる。
七日分の人件費を先に見込んでも、使える休憩地ポイントは約7500残る計算だ。
客室備品補充や施設維持に使う分を考えても、初回としては出せる。
ただし、今後のポイント取得がどうなるかはまだ読めていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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