第29話 第一段階進化(前編)
月曜日の昼休憩、俺は会社近くの定食屋で焼き魚定食を食べていた。
目の前の小坂は唐揚げ定食を頼んでいる。
週末二日分の疲れがまだ残っているのに、小坂の箸は普通に動いていた。
「先輩、土日営業の振り返り、今やります?」
「昼食中にやる内容か?」
「夜に全部やると、数字を見た瞬間に思考がストップする気がします。先に大枠だけでも確認しておきませんか?」
小坂はそう言って、スマホの受付アプリを開いた。
テーブルの上には置かず、客席側から見えない角度で画面を傾ける。
そのあたりは、週末の二日でかなり手慣れていた。
「まず、営業としては大成功です」
「そこは、まあ、そうだな」
土曜の午前から日曜の夕方まで、湖畔休憩地はずっと人の気配があった。
予約客だけなら、まだ予定の範囲だった。
問題は、Yで見たという予約外の利用者が、途切れずに来たことだ。
「二日通して、利用者は二百人を超えました」
「……数字で聞くと、あぁやっぱりというか…」
「予約制って出しているのに、様子見だけの人、休憩だけの人、水場だけ使いたい人、食堂だけ覗きたい人、その他かなりいました。それで実際に利用した人数がこれです」
土曜の昼過ぎ、カツカレーの匂いに釣られて人が増えたあたりから、受付テーブルの前には短い列ができていた。
翌日曜日はさらに早かった。
朝の時点で、入口案内板の前に数人が立ち止まっていた。
「食材は、あれだけ用意していたのにぎりぎりでした」
「用意していてよかったが、だな」
「途中で通常メニューもそうですけど、利用者を絞らなかったら、たぶん日曜の昼で食事は終わってました。カツカレーも、限定提供って言っておいて正解でしたね」
「仕込みを余分にしておいてよかったが、あれだけやっても二百人分までか…。色々と勉強になった二日間だった」
小坂は頷いた。
「あと、揚げ物とか調理の工程も考えないとですね。一人で回すには流石に無理があるかなと。先輩が厨房から離れられなくなるので、受付、シャワー、水場、食堂席の確認や後処理が全部こっちに来ます」
小坂は唐揚げを一つ箸で割り、湯気を逃がしてから口に運んだ。
言い方はあっさりとしているが、その内容はかなり重く、そして切実だった。
受付アプリの承認、食堂利用の確認、シャワーブースの空き時間、水場だけ使いたい探索者への案内。
その全部を、湖畔の草地とタープの下で、受付テーブルから厨房の横まで行き来しながら捌いていた。
「人を増やす、で解決できれば早いんだけどな」
「普通のお店なら、そこから求人ですよね。でも湖畔休憩地はスキルの都合上、普通のお店じゃないですよねぇ…」
「あまりにスキルが特殊すぎる」
「ですです。誰でも入れられるわけじゃないですし、ダンジョン内で働くなら、最低限の探索者経験か、危険に対する理解が必要です。受付だけできればいい、という場所じゃありませんし」
小坂はスマホを閉じた。
昼休憩の店内には、会社員の話し声と、厨房から聞こえる皿の音が混ざっている。
地上の定食屋は、席も厨房も水場も、最初から食事を出すために作られている。
それを見ていると、いかに湖畔休憩地がどっちにも向いていないかを痛感してしまう。
「あっちは、まだ野営キャンプ場なんだよな」
「そうなんですよねぇ…。湖の近くで腰を下ろせるのは喜ばれるんですけど、受付テーブル、食事席、水場、シャワーが草地の別々の場所にあります。お客さんが少ない時はそれでも回せますけど、人数が増えると、受付と水場を往復する回数も、確認する場所も増えます」
「料理を渡している横で、シャワーの空きを聞かれたぞ」
「水場だけ使う人が食堂側に来ちゃいます」
二人は視線だけ合わせて、そしてため息をついた。
「あと、食材の管理も問題です。倉庫は助かってますけど、冷蔵庫も一般家庭のものを使っているので、物理的な限界量が低すぎます。冷凍もまだ無いので、仕込み量を増やしすぎると危ないです」
小坂はひとつずつ、週末に実際起きたことだけを挙げた。
大きな失敗はないし、予約客からの評判も良かった。
鹿島たち三人組は帰り際に次回希望まで出してくれたし、三人から聞いた噂のおかげで、予約外客が増えそうな気配も早めに分かった。
けれど、それは二人で無理やり受け止めた結果でもある。
「売上も評判も良かったのに、次も同じやり方でやったら受付と厨房のどっちかが確実に事故るな」
「ですです。だから今日の夜、ちゃんとスキル確認しましょう」
「……そういえばスキルの確認してなかったな。俺のスキルステータス表示は結構情報量あって目立つし、こそこそ確認しないといけないのですっかり忘れてた」
「あれ、めっちゃ目立ちますもんね。でも週末、あれだけ利用者が来たんですよ。食事提供も休憩もシャワーも水場もかなり使われました。何か変わっててもおかしくないです」
小坂は少し笑って、残っていたご飯を食べる。
昼休憩の残り時間は、あまり多くない。
俺たちはそこで細かい数字の確認を止め、午後の仕事へ戻ることにした。
会社の席に戻ると、見積書、素材価格の問い合わせ、納期確認。
東京ダンジョンマテリアルの営業二課は、いつも通りに動いている。
ただ、俺の頭の隅には、二百人という数字が残り続けていた。
会社も少しだけ残業して退社し、外で小坂と合流し自宅に向かう。
「じゃあ、確認しましょう」
小坂は床に置いたクッションへ座り、俺の方を見た。
俺は深呼吸を一つして、ステータスを開いた。
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朝倉歩
保有スキル
【解体】
【休憩地】★通知:新規解放あり
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「出てる」
「やっぱり出てましたか」
小坂の位置からは、俺のステータス画面そのものは見えていない。
俺は表示を読み上げながら、【休憩地】を選んだ。
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【休憩地】★通知:新規解放あり
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:基本スキル情報
登録名:湖畔休憩地
休憩地Lv.7
現在状態:未展開
登録地点:十階層湖・北側草地
範囲:直径約15メートル
最大維持時間:72時間
安全判定:展開時有効
メニュー:
・範囲詳細
・登録済み設備
・成立コンボ
・食事提供ログ
・運用実績
・従業員管理
・区画管理
・休憩地倉庫
通知:新規解放あり
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「レベル7?」
俺が読み上げると、小坂の背中が少し前へ出た。
「一気にです?! 週末二日営業、かなり評価されてますね」
「利用者二百人超え、食事提供、休憩、水場、シャワー、予約客と予約外客の処理。あれを全部まとめて経験値扱いにされたのかもしれない」
「ゲームだと、週末イベント周回みたいな伸び方…」
「現実の周回は、体力が削れる」
「ほんまそれ」
小坂は苦い表情を見せる。
俺は横目でそれを見つつ、通知欄へ意識を向けた。
基本画面の下に、新しい表示が開く。
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【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:進化ルート選択
登録名:湖畔休憩地
対象:管理者専用
★新規解放★
新規解放:休憩地進化ルート
解放条件:LV5到達、週末二日営業実績、利用者二百人超、複数区画運用、食事提供ログ、運営スタッフ稼働
選択可能ルート:
・お店型ルート
・飲食店型ルート
・宿泊型ルート
注意:進化ルート選択後、以後の成長補正と解放候補が変化します。
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「ん?? 進化ルート……?!」
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