第25話 週末準備と厨房強化
小坂と自宅で作戦会議をした翌日、俺は終業後に黒瀬工務設備へ寄った。
用件は二つある。
俺と小坂が簡単に寝泊まりできる場所と、利用者が十人くらい横になれる休憩場所が欲しい。
黒瀬は、事務所の端に置かれた古い図面台の上で、俺のメモを一通り見た。
「お前ら用は二段ベッドでも置いて、荷物と着替えの場所を分ければいい。客の方は畳じゃなくていいんだな。マットを敷いて、十人くらいが横になれればいいって話か」
「はい。週末二日で回すなら、俺たちが休める場所は必要です。利用者の方も、椅子だけだと長めの休憩に向かないので」
「それくらいなら数日あれば作れる。客用は広めに取るぞ。横になれる場所は、一回使われると椅子より片付けが面倒だからな」
相変わらず早い。
こっちは相談のつもりで来ているのに、黒瀬の中ではもう各区画の場所まで決まっていそうだった。
ついでに、休憩地倉庫が解放されたことと、週末の利用希望が増えそうなことも話した。
黒瀬は「お前、それ店だぞ」と言いかけて、少しだけ考える表情を見せて途中でやめた。
「…まあ、もう半分くらい店だよな」
「言い直しても同じじゃないですか」
「同じだよ。そういう意味で言うと、屋根とかダンジョン内の日差し管理も考えていかんとな」
黒瀬はそう言うと、作業場の奥へ声をかけた。
その日の相談は、それで終わった。
一見すると雑そうに見える黒瀬だが、職人気質なとこがあって抜群の手回しの速さだ。
そこから週末までは、ほとんど仕事と準備で埋まった。
仕事を終えると、小坂と二人でスーパーやホームセンターを回る。
買ったのは、消耗品と日持ちする食材、それから倉庫に置いておきたい運営用の予備品だ。
細かく言い出すときりがないが、レジの合計額を見た小坂が、一度だけ黙ったくらいには買った。
「先輩、これ、個人が買う備品購入の額を遥かに超えてますね…」
「個人事業主の気持ちになってきた」
「まだ会社員です」
そう言われると何も返せない。
俺たちは買い物袋と段ボールを車に積み、会社の空き地へ向かった。
そこで【休憩地】を展開すると、いつもの設置物とは別に端の方へ窓のないプレハブみたいな小屋が現れた。
「これが倉庫か」
外から見ると、六畳一間というより、背の低い物置に近い。
ただ、扉を開けると中は思ったよりきちんとしていた。
「……ちゃんとしてますね」
「俺も、もう少し雑で粗い物だと思ってた」
「スキルに失礼ですけど、なんか分かります」
中は四角く、天井は手を伸ばせば届く高さだった。
床は板張りで、壁際にはまだ何もない。
倉庫という名前のわりに、湿った匂いもないし、土も上がっていない。
ここに米や紙皿を置けるだけで、週末の荷物はだいぶ変わる。
俺がステータスを開くと、倉庫の項目が増えていた。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
表示種別:運営共用画面
対象:休憩地倉庫
登録名:湖畔休憩地
倉庫状態:展開中
保管対象:休憩地運営用物資
棚設定:編集可
冷蔵・冷凍:未対応
表示対象:管理者・運営スタッフ
――――――――――――――――――――
「棚設定、触れますね」
小坂が画面をのぞき込む。
俺が棚設定を開くと、壁際に薄い枠が出た。
画面上で棚を細かくずらす操作はなかった。
高さと段数を選ぶと、倉庫内の壁に木製の棚がすっと組み上がった。
「今の、ちょっと楽しいです」
「ゲームっぽいな」
「この出てきた棚はめっちゃ軽いですね。そのまま動かせますよ」
俺たちは米や保存の利く食材や備品類を棚にまとめた。
別の日の終業後は、新メニュー開発に使った。
場所は俺の自宅。
最初は簡単な話だった。
市販のルーを買ってきて、大鍋で作る。
それを冷まして小分けにし冷蔵保存にしておき、週末に現地で温め直す。
探索者向けなら米を多めにして、肉をしっかり入れればいい。
そこで終わればよかった。
「メーカー品のカレー粉は単体で運用するにあらず。ここは色んなメーカーのルーを混ぜると味が格段に良くなっていく」
「…はい?」
「でも、本当はスパイスから作った方が、肉に合わせやすい」
「……先輩、いったん止まりましょう」
「ワイルドボア肉なら、もう少し香りを立てても負けない気がする」
「…先輩」
小坂の声がいつもと違い、圧をもって放たれる。
俺は計量スプーンを置いた。
「まだ、お客さんに安定して出せるかどうかの段階です。いきなりそういう拗らせ方しないでください」
「拗らせって言うな」
結局、その日は市販ルーを数種類だけ試し、ワイルドボア肉の下味と煮込み時間を調整するところで止めた。
それでも、小坂は一口食べたあと、しばらく黙ってスプーンを見ていた。
「これ、普通の家で出るカレーの感じじゃないです」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてます。ちゃんと普通なのに、肉もそうですけど、ルーの味が違うって分かります」
ちゃんと普通、とは色んな意味に捉えてしまいそうだが、その評価は今の俺にはありがたかった。
小坂の言う通り、凝りすぎた料理よりも週末の湖畔で何十食も出せる料理の方が大事だ。
「ただ、秘密兵器がある。くくく…」
「また何か始めようとしてます?」
「大丈夫。今回はカレー単体の話ではない」
「なんか先輩、暗黒面に墜ちてます?」
小坂はそう言いながら、メモにカレーのレシピを細かく書き足した。
一方の俺は冷蔵庫の方を見た。
あの場所に眠ってある秘密兵器はまだ出さない。
出すなら週末だ。
くくく、待ってろ週末。
待ってろ、ダンジョン第十階層。
◇
そして土曜。
俺と小坂は、前より明らかに軽い荷物で東京湾岸ダンジョンへ向かった。
リヤカーは使う。
使うが、前みたいに荷物で山を作る必要はなかった。
「倉庫、ありがたいですね」
小坂がリヤカーの荷台を見て言った。
「米と消耗品を置いてこられるだけで全然違う」
「毎回これを全部運んでたら、営業前に疲れますもん」
それは本当にそうだ。
探索者向けの休憩地をやる前に、こっちが休憩したくなる。
数時間後、俺たちは十階層の湖畔へ出た。
地上に近い明るさの空と、湖の風。
いつもの野営場所は、前より少しだけ自分の場所に見えた。
俺が【休憩地】を展開すると、小坂がすぐに声を上げた。
「あ、新しい部屋できてます」
客席から少し離れた位置に、小さなパネル小屋が二つ出ていた。
一つは、黒瀬に作ってもらった俺たち用の簡易宿泊スペースだ。
もう一つは、利用者が横になれる休憩場所。
地上で一度取り込んでおいたものが、今回はちゃんと区画として出ている。
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【休憩地】
表示種別:区画管理
登録名:湖畔休憩地
管理分類:スタッフ用区画
区画名:従業員区画
用途:管理者・運営スタッフ用簡易宿泊スペース
想定人数:三人前後
利用権限:管理者・運営スタッフ
利用者向け表示:非表示
備考:客席区画とは分離
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
【休憩地】
表示種別:区画管理
登録名:湖畔休憩地
管理分類:利用者用区画
区画名:利用者休憩区画
用途:横になれる休憩場所
想定利用人数:十人程度
利用権限:入場承認済み利用者
――――――――――――――――――――
「これ、ちゃんと泊まれますね。狭いですけど、二段ベッドなら十分です」
小坂は扉を開け、すぐに中を確認した。
二段ベッドと小さな棚。
広くはない。
でも、週末二日を通して動くなら、客席の横で仮眠を取るよりずっといい。
利用者休憩区画の方には、畳ではなく厚めのマットが並んでいた。
靴を脱いで横になれるだけの場所だが、十階層でそれがあるのは大きい。
「黒瀬さん、こういうところ早いな」
「先輩、今度ちゃんとお礼しましょう。これ、かなり助かります」
「する。たぶん酒だな」
「分かりやすいお礼ですね」
従業員区画と利用者休憩区画の確認を終えて、俺は調理場所へ向かった。
ここも黒瀬と話し合って、週末営業に合わせて手を入れてもらった場所だ。
今までの簡易コンロではない。
飲食店のリフォームで出た業務用コンロを修理し、作業台も広めのものに替えてある。
大鍋を二つ置いても、横でその他の準備ができる。
調理場所というより、もう小さな厨房だった。
「黒瀬社長、本当にここまでやってくれたんですね」
小坂が感心したように言う。
「他の現場で飲食店のリフォーム施工した時に廃棄物として回収したものらしい。同時期に黒瀬さんが俺のこの休憩地スキルを知って、もしかすると必要になるかも?って思って保管していたみたいだ。捨てるにもお金がかかるだろ? だから黒瀬さん的にはむしろ利益になるって笑ってたよ。俺はそれを知らずに調理場所を広くしてほしいと頼んだだけだから、正直ここまで揃うとは思ってなかった」
「なるほど。でもこれ、実費だけでいいんですか?」
「元は廃棄物だからなぁ。修理にかかった分だけでいいと言われたら俺は何も言えんさ」
「でもこんなプロ用機材を修理負担だけですか…黒瀬さん、うちのサポーターみたいな存在になりつつありません?」
「たしかにな。それも熱心なサポーターになりかけている」
その言葉に小坂は苦笑いする。
けれど、そういう黒瀬の善意がありがたいのも間違いなかった。
大鍋を火にかけたまま、横で別の調理が並行して進めることができるだけで、週末に出せる食事も提供できる内容含めてかなり変わる。
「厨房って呼んでいいな、これは」
「呼びましょう。湖畔厨房です」
「急に店名みたいになったぞ」
小坂は笑って、エプロンを着けた。
俺も手を洗い、今日使う鍋と調理器具を並べる。
準備を進めていると、入口案内板の方から声がした。
「すみませーん!」
予約客にしては早い。
小坂が受付アプリを見る。
俺も手を止めた。
湖畔の道から歩いてきたのは、見覚えのある三人だった。
最初にワイルドボアに追われて、この休憩地へ飛び込んできた初心者探索者たちだ。
三人のうち一人が、案内板の前で大きく手を振る。
「また来ました!!」
小坂が俺を見た。
入口案内板には、予約者のみ、と出ている。
俺は大鍋の火を少し弱めた。
週末営業の準備は、始まる前から予定通りにはいかなかった。
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