第24話 自宅作戦会議と休憩地倉庫
俺の家に着いたのは、会社を出てから五十分ほど後だった。
駅から少し歩いた場所にある、古めの十階建てマンション。
外壁は少し年季が入っているが、エントランスは掃除されていて、ポストの前にも余計なチラシは落ちていない。
「先輩、片付いてないって言ってませんでした?」
部屋に入った小坂が、靴をそろえながら言った。
「このへん、休日の荷物がそのままだろ」
「いや、結構きれいじゃないですか」
「そうかな? 今日は散らかっている方だぞ。特に休憩地をやり始めてから荷物が多くなった」
俺はリビングの照明をつける。
部屋は一LDKで、一人暮らしにしては少し広い。
ダイニングテーブル、二人掛けのソファ、壁際の本棚。
床には仕事用の鞄と、休日に使ったリヤカー用の折り畳みベルトが置いてある。
確かに、一般家庭にはなさそうな備品が所狭しと置かれてはいる。
小坂がリビングを見回し、小さい声で何か呟いた。
「……私の家より片付いてるかも」
「なんか言ったか?」
「いえ」
小坂は何事もなかったように、ダイニングテーブルの椅子を見た。
「とりあえず、そこに座ってくれ。飲み物出す」
「お邪魔します」
俺は冷蔵庫からペットボトルのお茶を二本出し、片方を小坂へ渡した。
会社の会議室でも、カフェでもなく、自宅のダイニングテーブル。
同じ作戦会議でも、妙に落ち着かない。
「じゃあ、昼の続きです」
小坂は鞄からノートを出した。
こういうところは本当に切り替えが早い。
「問題は、人数がどこまで増えるか、です」
「そこだな」
俺もスマホを置き、堂島からのメッセージを開いた。
《銀嶺の道標》内の複数パーティー。
二十階層までを主な狩場にしている探索者。
週末二日間、できれば通しで使いたいという希望。
「予約客だけならまだ管理できる。問題はYを見て来た人をどうするかだ」
「追い返せますかね」
俺はすぐには答えられない。
「予約制です、で帰ってもらうしかないだろ」
「それはそうなんですけど、Yであそこまで広がってから断ると、何を書かれるか分からないです」
「週末限定の謎のお店、感じ悪い、みたいなやつか」
「ありえます。しかも、ダンジョンの中ですから。断った相手がその後に疲れて事故った、みたいな話になったら、こっちのせいじゃなくても大荒れします」
それはとてもリアルで嫌な想像だった。
「予約外用に、最低限の水場と休憩だけ出すか」
「それをやるなら、食事なし、シャワーなし、時間制限あり、ですかね。あと、予約客優先」
小坂がノートに書いていく。
俺はリヤカーの積載量を思い出した。
「ただ、物資がな」
「食材ですか?」
「食材だけじゃない。タオル、紙皿、椀、清掃用品、水の魔石、予備の燃料。リヤカーで持っていくとはいえ、積みすぎると移動がきつい」
「十階層まで行く途中で魔物も出ますしね」
「そう。荷物が多いと、魔物に襲われた時にすぐ動けない。俺も小坂も、店の人間である前に探索者として歩かないといけない」
小坂は素直に頷いた。
そこを軽く見ないのは、四級ライセンスを持っているからだと思う。
「どうしようかね」
俺は椅子の背もたれに体を預けかけて、途中でやめた。
考えるだけでは進まない。
「とりあえず、休憩地スキルで今できることを共有しようか」
「そう言えばこの前成長してましたもんね」
俺はステータスを開く。
小坂にも見えるよう、運営共用画面へ切り替えた。
俺の前に薄い表示が開き、少し遅れて小坂の前にも同じ画面が浮かぶ。
「あれ」
思わず声が出た。
見慣れた基本画面の下に、前はなかった項目が増えている。
――――――――――――――――――――
【休憩地】★通知:新規解放あり
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:基本スキル情報
登録名:湖畔休憩地
現在状態:未展開
安全判定:展開時有効
<メニュー>
・範囲詳細
・登録済み設備
・運用実績
・従業員管理
・休憩地倉庫
★新規解放★
新規解放:休憩地倉庫
解放条件:既定の利用客数クリア
表示対象:管理者・運営スタッフ
――――――――――――――――――――
小坂が椅子から少し身を乗り出した。
「おおお! 来ましたよ、これ!」
「ようやくだな」
俺は項目を開く。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:機能詳細
機能名:休憩地倉庫
規模:六畳一間相当
高さ:約二メートル
設置:休憩地展開時に併設
初回起動:設置位置を指定
収納対象:休憩地運営用物資
棚機能:使用可
レイアウト:倉庫内のみ変更可
庫内時間:現実時間と同一
室温:一定
冷蔵・冷凍:未対応
備考:生鮮品は別途保冷管理が必要
――――――――――――――――――――
表示を読み終えた瞬間、小坂が立ち上がった。
「先輩!」
「おお!!」
次の瞬間、俺たちは勢いのまま抱きついていた。
ほんの一秒。
いや、たぶん二秒くらい。
「あ」
小坂が先に止まった。
「あ、悪い」
二人とも同時に離れる。
小坂は椅子に座り直し、俺はなぜかお茶のペットボトルの位置を直した。
ちなみに直す必要はまったくない。
「えっと」
「落ち着きましょう」
「そうだな」
小坂はノートへ視線を落とし、少しだけ耳を赤くしたままペンを持った。
俺も表示へ意識を戻す。
こういう時、スキル画面があるのは助かる。
「六畳一間で高さ二メートル。かなり入るぞ」
「棚機能があるの大きいです。床に箱を積むだけだと、管理大変になりますからね」
「レイアウトは倉庫内だけ自由。今は棚だけか」
「でも十分です。紙皿、椀、タオル、清掃用品、予備魔石、調味料。常温でいいものはかなり置けます」
小坂はペン先でノートの空欄を軽く叩いた。
「問題は生ものですね」
「庫内時間は現実と同じ。室温は一定。冷蔵庫機能はなし」
「つまり、倉庫に入れたら腐らない、ではないですね」
「そういうことだな」
便利ではある。
だが、やはり万能ではない。
そこが逆に分かりやすかった。
「生ものは保冷が必要か」
「最初から凍らせておけば、二日間くらいは余裕を見られると思います。保冷箱に入れて、必要分だけ冷蔵庫へ移す感じですね」
「十階層に着いたら、登録済みの冷蔵庫へ移せばいいか」
「はい。ただ、週末二日営業をやるなら、今の冷蔵庫だけだと足りないかもしれません」
「プロ用の大きい冷蔵庫が必要になってくるな」
「冷凍庫も必要になりそうですね」
小坂の声が少し楽しそうになる。
俺も同じことを考えていた。
食材や調味料を保管できる。
紙皿やタオルを毎回持っていかなくていい。
持っていく手間を極限まで下げられるということは、それだけで運営が随分と楽になるからだ。
「これがあれば、地上から持ち込む食材をある程度まとめられるな」
「あと、メニューも増やせます。毎回その場で全部焼く必要がなくなります」
「二日間ぶっ通しで営業するなら、従業員区画も考えないといけないな」
「休む場所ですか?」
「そう。運営側のプライベートスペースも必須だろ」
小坂はすぐに頷いた。
「それ、黒瀬社長に簡単な区画を作ってもらえませんかね。パネルで区切った小さいスタッフ用スペースみたいな」
「いけると思う。作ってもらって、休憩地に取り込んで、従業員区画として設定できるか試す」
「受付、厨房、倉庫、従業員区画。だいぶ店ですね」
「まだ天井も無い野ざらし店舗だけどな」
「でも、店に近づいてます」
小坂はノートのページをめくった。
そこには、いつの間にか「新メニュー」と書かれている。
「次は料理です」
「来たな」
「週末二日営業を考えるなら、探索者向けに高カロリーで量が必要ですよね」
「朝だろうが昼だろうが夜だろうが、あいつらは動くからな。普通の軽食じゃ足りない」
「温かい。量がある。作り置きできる。温め直せる。できれば匂いで負けない」
小坂が一つずつ条件を並べる。
ただの料理相談ではない。
探索者を休ませるためのメニューだ。
「丼は主食として出しやすい。ただ、調理スペースを占領する」
「焼きおにぎりは携帯もできますけど、主食としては少し軽いです」
「汁物は欲しい。体が温まるし、なにより食べやすい」
「高カロリーで、量があって、作り置きできて、温め直せる、そんな食べ物は…」
小坂はそこで、ノートに走らせていたペンを止めた。
「先輩」
「何だ」
「カレー、メニューに加えません?」
俺はしばらく黙った。
ワイルドボア肉と魔物骨出汁を使えて、冷凍した仕込みを持ち込めて、大鍋で温め直せる。
米を合わせれば、探索者向けの食事として量も出せる。
合わない理由がなかった。
「……それなら大鍋で回せるな」
「ですよね!」
小坂がノートに大きく書いた。
カレー。
週末二日営業の問題は、まだ山ほどある。
だが、最初の答えの一つは、わりとあっさりテーブルの上に出てきた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




