第22話 休憩地スキルのあらたな成長
営業日数を増やす準備。
堂島にそう言われてから、俺は少しだけ手元が怪しくなっていた。
「あ、先輩、肉」
小坂の声で鉄板を見る。
味噌だれの端が、もう焦げる一歩手前まで色を変えていた。
「うわ、危な」
「今のはアウト寄りのセーフです」
俺が肉を皿へ逃がすと、小坂はこらえきれずに笑った。
笑ったまま受付テーブルへ戻り、食べ終えた者に水場の順番を案内していく。
堂島班の昼食は、そのあたりから静かになった。
新人たちは丼を抱え、スープを飲み、時々となりの椀をちらっと見ている。
うまい時の人間は案外しゃべらないし、たぶん量の心配もする。
俺は鉄板の火を落とし、追加用に残していた肉を小さな容器へ移した。
「食器はそちらへお願いします。水場は一人ずつで、装備を置いたまま移動しないでくださいね」
「小坂さん、これ、次も同じメニューですか?」
新人の一人が真剣に聞いた。
小坂は少し考え、俺を見ずに答える。
「次回メニューは未定です。でも、今日の反応はばっちりメモしてます」
「じゃあ、次もここに来れるように訓練頑張ります!」
新人はそれだけ言って、空の丼を両手で置いて水場へ向かった。
堂島は休憩区画の椅子に座り、スープの椀を置いた。
「朝倉、こんなダンジョン内で温かい飯を食わせると、新人たちは面白い位に息を吹き返してくるな」
堂島の言葉に俺は思わず噴き出した。
「元気になって何よりですよ。午後も魔物相手ですよね」
「ああ。ここから西にある狼系の魔物がよく出るスポットあるだろ? あそこでもうひと当て、だな。ここで休憩していなかったら、別の訓練メニューを考えないと行けなかったが、ここだと安全に休憩できるからな。ダンジョン内ではそれは大きい」
堂島の視線の先で、新人たちはようやく午後の準備に戻り始めていた。
椅子に座ったまま靴紐を締め直し、額の汗を拭き、空になった椀をまだ少し名残惜しそうに見ている。
水場では、手を洗っていた新人が午後のルートを久我に確認し、久我が短く答えていた。
魔物と戦って汗をかいたあと、腰を下ろして飯を食べ、水場で手を洗える場所がある。
堂島が評価しているのは、料理の味だけではなかった。
久我が女子新人二人を連れて、受付テーブルへ来た。
「小坂さん、シャワーブースの利用、お願いできますか」
「はい。お二人ですね。支払いは予約分とは別で、試験利用料金になります」
「問題ありません」
小坂が受付アプリを操作する。
俺の視界にも、薄い表示が重なった。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
表示種別:設備利用権限
対象:堂島班希望者二名
設備:シャワーブース
利用権限:付与可能
決済連動:対応
清掃確認:手動
備考:詳細時間管理は未対応
――――――――――――――――――――
小坂は表示を見てから、久我へ向き直った。
「一人ずつお願いします。終わったら私が床だけ確認します。細かい時間管理はまだできないので、今日は久我さんにも声をかけていただけると助かります」
「分かりました。女性だけで回す時は、その説明があるだけでだいぶ安心です」
久我の言葉に、女子新人二人が小さく頷いた。
探索者の休憩は、椅子とご飯だけでは足りない。
汗を流して、乾いた服に替えられるだけで、その後の快適さはかなり変わる。
それを男の俺が思うより、ずっと切実に見ている人がいる。
「俺の学生時代はダンジョン内でシャワーとかありえなかったもんなぁ」
昔を懐かしむかの如く、学生時代にダンジョンへ入り浸っていたことを思い出す。
ダンジョン都市もダンジョンによってはない場所も多いし、何よりも利用料金がバカ高い。
たかがシャワーに何万も払うほど稼いでいる訳でも無かった俺は、自分のスキルがいかに常識外だと自覚する。
シャワーブースの水音が、目隠しパネルの向こうで短く響いた。
魔石水タンクの残量表示が少し減る。
小坂がそれを見て、受付メモに「水補充、次回多め」と入力した。
細かい手順はまだ粗いが、今日の利用で必要なものが見えてきた。
ご飯を食べ、手を洗い、椅子に座り、シャワーを使った。
その一つ一つを、【休憩地】が丁寧に拾っている。
最後の女子新人がシャワーブースから戻ったところで、俺の前に表示が開いた。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
表示種別:利用実績集計
登録名:湖畔休憩地
団体予約利用:達成
運営スタッフ対応:達成
食事提供:八名分
高満足食事反応:確認
水場区画利用:確認
休憩区画利用:確認
衛生区画試験利用:確認
新規候補:入口案内板
新規候補:団体利用案内
備考:建物化条件の一部を満たしました
――――――――――――――――――――
建物化条件。
その文字を見た瞬間、俺は表示を二度見した。
まだ、目の前にあるのはタープとテーブルと椅子だ。
風が吹けば布は揺れるし、地面は草地のまま。
それでも、スキルの方はもう少し先を見ている。
「先輩?」
小坂が俺の顔を見た。
客側には表示が見えていない。
俺は声を少しだけ落とす。
「建物化条件の一部を満たしたらしい」
「えっ」
小坂は息を飲み、すぐに受付テーブルの上のメモへ視線を落とした。
「それ、今日の片づけ後にちゃんと見ましょう。今ここで騒ぐと、絶対に堂島さんが気づきます」
「だな」
堂島は気づいていないふりをしているだけかもしれない。
それでも、俺たちは何も言わなかった。
堂島班は午後の訓練へ戻る準備を始める。
新人たちは水を飲み、装備を背負い直し、久我に靴紐と防具の確認を受けていた。
堂島が俺のところへ来る。
「さっきの話だが」
「クラン内の件ですか」
「ああ。俺の方で一度まとめる。来たい班が出たら、人数と時間、それと何を使いたいかを先に提出させるようにしてそっちに送る。それでいいか?」
「助かります。こっちも、何を出せるか整理しておきます」
「飯はな、間違いなくここの目玉になるぞ」
堂島はそう言って、空になった椀を返した。
新人の一人が、帰り際に小坂へ声をかける。
「小坂さん、次のメニュー、決まったら教えてください」
「予約が取れたら、ですね。堂島さんに次もここで訓練するようにプッシュしてください!」
「わかりました!! みんなでプッシュします!!」
小坂が笑うと、新人は少し照れたように隊列へ戻った。
堂島班が湖畔の道へ戻っていく。
その背中が木々の向こうへ消えるまで、俺と小坂は受付テーブルの前に立っていた。
タープの入口脇で、地面が小さく盛り上がった。
俺と小坂が見ている前で、短い丸太のような木材が二本、杭みたいに立つ。
その上に横木が積まれ、表面だけがきれいに削られていった。
看板の上に、俺と小坂にだけ見える薄い枠が重なった。
客へ見せる文字ではなく、運営側のAR表示だ。
<運営スタッフ用AR表示>
――――――――――――――――――――
【休憩地】
対象:入口案内板
設備:生成済み
公開表示:試験営業情報
表示対象:管理者・運営スタッフのみ
――――――――――――――――――――
その直後、平らになった木の面に、焼き印みたいな文字が浮かぶ。
地上のロッジやキャンプ場にありそうな、少し分厚い案内板だった。
>湖畔休憩地
>安全休憩区画
>利用時間:土日/予約時間内
>入場・休憩利用:試験営業 一人--円
>利用施設:休憩席・水場・食事・シャワーブース
>注意:予約者のみ/入場承認制
小坂が口を開けたまま、受付テーブルの脚を軽く叩いた。
「先輩。これ、もう完全に地上の施設案内ですよ」
「……だな。スキルのほうも、完全に店扱いしてきたな」
「でも、入口だけ見るともうお店です。しかも、安全休憩区画って書いてます」
俺は看板の一番上にある「湖畔休憩地」の文字を見た。
「文字で見ると…なんかこう、胸に来るものがあるな…」
「先輩…これってスキルを停止したら収納されるんですかね?」
「……どうだろうか。されないと移動した時困るな」
二人は顔を見合わせて、笑った。
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