第19話 週末前夜の最終確認
終業後の会社は、昼間より静かだった。
複合機の動く音と、誰かがキーボードを叩く音だけが残っている。
その中で俺は、堂島へ送るメッセージを何度も読み返していた。
来週土曜、午前から昼過ぎまで。
相手は新人訓練班八名で、内容は休憩、昼食、水場、トイレ、希望者のみシャワーブース試験利用。
前に堂島班が来た時は、その場の流れでなんとかした。
だが今回は予約だ。
こっちから「この内容で受けます」と言う以上、曖昧なままでは済まない。
小坂からメッセージが来たのは、俺が料金の文面で止まっている時だった。
『先輩、いま少し大丈夫ですか? 受付アプリの利用区分、まとめてみました』
すぐに通話をつなぐと、小坂の声はいつもより少し弾んでいた。
『えっと、まず堂島班は団体予約でまとめます。入場は受付で私が確認して、予約済みの八名だけ入退場承認を出す形ですね。食事ありの人は決済完了で飲食区画利用、シャワー希望者は追加決済のあとでシャワーブース利用を付ける。ここまでは昨日の権限設定と合いますよね』
「ああ、その整理で大丈夫だ。小坂の受付補助権限なら入場承認はできるし、決済と自動でつながるのは飲食区画とシャワーブースだけだ」
『残るのは、休憩だけの人と水場だけの人ですね。そこはまだ自動連携できないので、受付で利用内容を確認してから通します』
「そうなる。休憩のみ、水場利用、時間管理は未対応って表示だったから、そこは小坂に受付で見てもらう」
『じゃあ、そこは受付で説明して手動確認にしましょう。お金の流れまで全部自動にしようとすると、たぶん当日こっちが混乱します』
小坂の言い方は軽いが、内容はかなり堅実だった。
俺は堂島宛ての文面に、休憩地利用料、昼食代、シャワーブース試験利用料を分けて書く。水場は今回は団体利用料に含める。ただし飲用水の補給ではなく、手洗い、装備の泥落とし、簡単な洗浄までと明記した。
「シャワーは十五分で区切る。当日は最初に低ランク魔石で魔石水タンクを補給して、八人が水場とシャワーを使ったらどれくらい減るか見たい。水そのものはかなり安く足せるけど、実際の消費量は一度測っておきたいな」
『それ、すごく大事です。女性新人さんがいるなら、使えるって聞いた時点で期待しちゃいます。でも当日いきなり全員どうぞは危ないので、試験利用って最初に言い切った方が安全かもですね』
小坂の後ろで、紙をめくる音がした。
『あと、私のことですけど』
「報酬の話か」
『はい。手伝うのは面白そうですし、正直めちゃくちゃやってみたいです。でも、そこはちゃんとしてください。会社の仕事じゃないので』
「もちろん。日当と交通費、あと昼食はこっち持ち。危険手当も別で出す。金額はこのくらいでどうだ?」
俺はチャットに数字を打ち込む。
数秒だけ変な沈黙があった。
『……先輩、思ったよりちゃんとしてますね』
「なんて失礼なやつだ」
『いえ、褒めてます。面白そうだからってタダで手伝う形にしたら、あとで絶対ぐちゃぐちゃになります。そこを最初に分けるの、すごく大事ですから』
そこは小坂らしい。
楽しそうに食いつく一方で、引くべき線はちゃんと引いている。
俺は堂島への最終案内を完成させた。
集合場所は十階層湖畔北側、前回利用地点。
開設時間は午前十時から午後二時まで。
団体受付後、利用説明は最初に全員へまとめて行う。
無断入場、予約外利用、シャワーブースの時間超過はできない。
最後の一文で少し迷ったあと、俺はこう書いた。
『今回は正式営業前の最終試験運用です。利用後、改善点があれば率直に教えてください』
送信ボタンを押してから、俺は料金表のメモをもう一度見直した。すぐに既読がついたわけではないが、堂島に送る文面が固まったことで、残る確認は小坂の報酬だけになった。
『先輩』
「何だ?」
『明日、探索者装備に受付用のポーチを付けていきます。スマホ、予備バッテリー、受付メモ、替えの手袋はすぐ出せるようにしておきますね』
「助かる。小坂が探索者だったの、こういう時に実感するな」
『四級ですけどね。でも受付が最初にびびってたら、お客さんの方が不安になりますから』
その言葉で、週末の光景が少し浮かんだ。
湖畔に休憩地を展開する。
俺は料理の準備をする。
入口には小坂が立ち、堂島班を迎える。
前回は一人で全部やろうとして、堂島に料金を取れと言われた。
今回は最初から受付があり、料金があり、利用区分がある。
なによりもメンバーが増えた。
まだ店と呼ぶには足りない。
けれど、ただの思いつきではなくなってきた。
堂島から返信が届いたのは、帰り支度をしている時だった。
『内容確認した。こちらは予定通り八名で向かう。新人には試験運用であることを伝えておく。久我が衛生区画を確認したがっている。よろしく頼む』
俺はスマホの画面を小坂に転送した。
すぐに返ってきたのは、短い文章だった。
『了解です。受付、がんばります』
そのあとに、少し間を置いてもう一つ届く。
『あと、先輩も料理とスキル操作、がんばってください。店長なので』
…店長……店長か。
画面の中の二文字を見て、俺は会社の廊下でしばらく立ち止まった。
まだ看板もない。
正式な予約表も、在庫置き場も足りていない。
それでも週末、湖畔には客が来る。
俺はスマホをしまい、会社の出口へ向かった。
土曜の朝までにやることは、まだ残っている。
だが少なくとも、もう一人で全部を抱える必要はなかった。
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