第18話 後輩に手伝いを頼みました(後編)
小坂の「面白すぎませんか」は、軽い冗談だけでは終わらなかった。
彼女はトレーの端へ紙ナプキンを寄せ、俺が書いた受付、案内、会計の文字を見直す。
「前向きです。かなり前のめりです。ただ、手伝うなら、当日その場であたふたするのは嫌なので、先に利用者側から見ますね」
「助かる。俺だけだと、どうしても設備を置く管理者側の考えになる」
「そこです。朝倉さんは作る側で、私は利用者側から見ます」
「ダンジョン内で座れて、水が使えて、トイレがあって、食事が出て、必要ならシャワーも使えるんですよね。普通に行きたいです」
「ああ。それで十階層を選んだわけだしな」
「探索者側からすると、戻るほどじゃないけど休みたい時ってあるんです。足を拭きたいとか、靴下を替えたいとか、水を足したいとか。そういう小さい不便が一つ減るだけで、その日の動き方が変わります」
「経験談か」
「経験談です。大学の時、友達が替え靴下を忘れて、一日ずっと機嫌が悪かったことがあります」
「そこまで影響するのか」
「かなり大事ですよ。足元が気持ち悪いままだと、休んだ気にならないんです。靴下ひとつで、機嫌って落ちますから」
小坂は真面目に言った。
俺はスマホのメモに、替え靴下、と追加する。
それを見た小坂が少し笑った。
「本当に書くんですね。素直だぁ」
「意外と説得力があった」
「じゃあ、ついでにタオルと小さい防水袋も入れてください。濡れたものを入れる袋がないと、探索者は結局ビニール袋を探します。あれ、地味に困るんですよ」
俺はその下に、タオル、防水袋、と書いた。
食事をしながら話しているうちに、確認は利用日の動き方へ広がっていった。
小坂は、堂島班が何時に来て、昼食をどのタイミングで出し、シャワー希望者をどう回すのかを順に聞いてくる。
会計を先払いにするか利用後にまとめるかという話でも、必ず現場で誰が迷うかを添えてきた。
「先払いにした方が受付は楽です。支払いは、探索者向けの決済アプリでいいと思います。あれ、有名ですし、ダンジョン内でも普通に使えますから」
「確かに十階層でも電波は入るしな。下手にお金もって来られても今度は管理を考えないといけないし」
「ダンジョンは魔導工学の中継器が入ってますしね。管理されている階層なら、メッセージも決済もだいたい通ります。なので、食事あり、休憩のみ、水場利用、シャワー予約くらいは、アプリ側で区分を作った方が早いです」
「札を配るより楽そうだな」
「はい。受付でQRを見せて、支払いと利用区分を確認できれば十分です。シャワーだけ追加する人が出ても、その場でアプリ側を変更できますし」
紙ナプキンでは足りなくなり、小坂は自分のスマホにメモを開いた。
受付の流れと料金、アプリの利用区分、シャワーまわりの注意を分けて書いていく。
俺のメモより、見出しの付け方が早かった。
「朝倉さん」
「何だ」
「実物、見られますか。受付の位置を考えるなら、現物を見た方が早いと思います」
「それなら今日の終業後どうだ? 会社の素材解体とかする空き地あるだろ。あそこなら全部展開できるし」
「今日の夜は空いてるので大丈夫です! たぶん、見たら一気に理解進むと思います」
「実物見て話したほうが早いよな」
「ですです。こういうのは、頭の中で考えるより現物を見た方がいいに決まってます!」
そんな感じで昼食も終わり、会社へ戻った。
午後の仕事はいつも通り進んだ。
小坂は調達部へ在庫の確認を回し、合間に自分のメモへ何かを書き足している。
俺の方は、納期回答のメールを打ちながら、画面の端に残した受付アプリの見出しを何度も見直した。
◇
終業後。
俺たちは会社から少し離れた河川敷へ向かった。
「小坂はここに来たことあるんだっけ?」
「最初の研修の時に一度だけ。素材解体演習の時ですよ……あれは本当にグロかった」
「あぁ、素材解体か。探索者として活動してたから俺はそんなにだったなぁ。小坂だって探索者活動してただろ? 自分で解体しなかったのか?」
「私たちのチームは素材をキャリアに載せて、地上で解体業者に回してました。そう言えば朝倉さんって解体スキル持ちでしたもんねぇ」
「まぁな。解体スキル持ちだったからこそ、この休憩地スキルを手に入れられたからなぁ。自分で解体するようにしててよかったよ」
そして会社が所有する空き地へと到着した。
既に日は暮れていて、周囲は街灯が所々にある程度でかなりうす暗かった。
「うへぇ……めっちゃ薄暗くて不気味……」
「ここの照明つけてもいいんだけど、休憩地スキルで展開すれば一気に明るくなるから我慢してくれ」
「照明機能とかあるんですか??」
「いや、照明機能というよりも、休憩地スキル効果範囲内は明るくなるんだよ。まぁ見ればわかるさ」
俺は空き地の端に立ち、スキルを起動する。
「【休憩地】発動。そして展開っと」
足元から淡い光が広がり、テーブルと椅子の置き場から、水場、簡易トイレとシャワーブースを置いた衛生区画まで、地面の上に薄い線が伸びていった。
現物ではなく、輪郭だけが順に並んでいく。
小坂は声を上げなかった。
ただ、目だけは分かりやすく輝いた。
スマホを握ったまま近づいて行く。
「うわぁ……なんですか……これは……」
「いまはレイアウト変更モードにしている。黒瀬さんとはほぼほぼ区画について整理したんだが、利用者目線で変えたいところあれば遠慮なく言ってくれ」
「想像していた以上に……現代的なスキルですね。ゲームみたい」
「それは俺も思った」
二人で顔を見合わせて笑う。
そして小坂は恐る恐る薄い線の内側に入り、受付になりそうな場所から全体を見回した。
「これ、受付はこっちの方がいいかな」
「早いな」
「現地見てないんであれですけど、ここで入口を決め打ちにしちゃうんであれば、受け付けはこっちの方が列管理しやすいかなと。この境界線って自由に出入りできるんですか?」
「休憩地スキルの効果範囲内は個別に出入り設定できるぞ。今は誰でも入れるようにしているが」
俺は休憩地スキルの設定を開く。
すると、新しい表示が出ていた。
――――――――――
【休憩地】
表示種別:従業員登録候補
対象:小坂由真
役割候補:受付・そのほか
従業員として登録しますか?
――――――――――
「……小坂」
「はい?」
「いま、スキル側に小坂を従業員登録するかって出てる」
小坂はスマホから顔を上げた。
「え、私ですか?」
「名前も出てる。役割候補は受付そのほかって書いてある」
「めちゃくちゃ店員扱いじゃないですか」
小坂は驚いていたが、嫌そうではなかった。
スマホを持つ手が少し上がり、もう片方の手がすぐメモを開く。
「登録していいか?」
「はい。変な負担が来るなら止めますけど、まずは見たいです」
俺は登録を押した。
すぐに、表示が切り替わる。
――――――――――
従業員登録:登録
対象:小坂由真
役割:受付・そのほか
管理権限設定が可能になりました
付与可能権限:
・入退場承認
・区画利用権限の付与
・設備利用権限の付与
――――――――――
「管理権限設定、だってさ」
「何ができるんですか?」
「今の表示だと、誰を入れて、誰を入れないかを決められる権限を付けられる。区画や設備ごとの利用権限もあるみたいだ」
小坂は一拍置いて、ぱっと表情を明るくした。
「それ、受付してOKな人を個別に入れていけば、変な人が勝手に入らなくて済むってことですよね。お金を払ってない人も入れなくなりますし、めっちゃ便利です」
「そうなるな」
「じゃあ、受付の仕事がスキルとつながります。私が受付で確認して、OKの人だけ入れる。これなら朝倉さんが料理している時でも、例えば、入口以外から入ろうとしても止められます」
俺はさらに表示を開いた。
すると、今度は休憩地内の区画が一覧で出る。
表示の中には、飲食区画、休憩区画、水場区画、衛生区画の四つが並び、その下に設備別の利用権限としてシャワーブースが表示されていた。
「区画ごとにも入室制限がある。衛生区画の中では、シャワーブースだけ個別に利用権限を付けられるみたいだ」
「え、じゃあシャワー予約した人だけシャワーブースに入れるってことですか?」
「たぶん、そうだ」
「それなら受付でかなり助かります。予約してない人が間違って入るのも防げますし、払ってない人をこっちで止めなくて済みます」
小坂がそう言った瞬間、俺は少し引っかかった。
さっきまで、こんな項目は見えていなかった。
少なくとも俺は、従業員登録なんて画面を開いたことがない。
小坂が受付を手伝うと言い、俺たちは入口で誰を通すかまで話していた。その流れを追うように、スキル側へ従業員登録と管理権限が出てきたのだ。
「これ、俺たちの話とか、その場で必要になったことに合わせて、機能が増えていってないか」
小坂は一瞬だけ真面目な顔になった。
それから、自分のスマホを見て、俺の表示へ視線を戻す。
「言ってみます?」
「言ってみるか」
俺は半分冗談のつもりで、表示に向かって言った。
「だったら、スマホ決済が終わったら、そのまま利用権限を自動で付けられたら便利なんだけどな。シャワーブースの料金を払った人だけシャワーブースに入れる、とか。食事を払った人だけ飲食区画を使える、とか」
言い終わる前に、表示が細かく震えた。
「……動きました」
小坂の声が少し上ずる。
――――――――――
【休憩地】
表示種別:機能更新
受付アプリ連携:限定解放
現在の休憩地Lvで利用可能な連携:
・飲食区画利用権限
・シャワーブース利用権限
条件:探索者向け決済アプリの支払い完了情報
処理:支払い完了後、対象利用者へ該当区画の利用権限を自動付与
備考:休憩のみ、水場利用、詳細時間管理は未対応
――――――――――
俺と小坂は、同時に黙った。
空き地の薄い光の線の上に、飲食区画と衛生区画内のシャワーブースだけが少し明るく表示されている。
「……ゲームっぽい」
俺が言うと、小坂が大きくうなずいた。
「めちゃくちゃゲームっぽいです。でも、めちゃくちゃ便利です」
「便利すぎて、ちょっと怖いな」
「でもこれ、受付やる側からすると最高です。支払い確認をした人だけ、使える場所が開くんですよね。説明もしやすいですし、うっかりも減ります」
小坂はスマホの画面に、飲食区画利用、シャワーブース利用、決済連動、と新しい項目を作った。
俺は表示を見ながら、小坂のスマホに増えた項目をもう一度見た。
入口で承認された利用者ごとに、飲食区画だけ使える人、シャワーブースまで使える人が分かれ、支払いが終わると必要な区画だけが自動で開く。
受付テーブルの位置を決めただけだったはずなのに、休憩地の中に店の裏側まで二人は考え始めていた。
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