第17話 後輩に手伝いを頼みました(前編)
翌日の昼休憩。
十二時少し前から、俺は机の端に置いたスマホを何度も見ていた。
午前中に片づけたのは、低階層肉素材の在庫表と、来週納品分の見積確認と、調達部から回ってきた納期変更の連絡だった。
ただ、俺の頭の中には昨日の黒瀬さんとの話が残っており、なかなか集中するのが難しい一日になっている。
受付、会計、設備案内、シャワーの清掃時間。
ノートに並んだ項目は、どれも料理をしながら片手間で済ませるには、なかなか難易度が高そうだった。
「……やっぱり一人でやる量じゃないよな」
小さくつぶやいたところで、十二時を迎えていたことに気付く。
隣の席で小坂がノートパソコンを閉じる。
「朝倉さん、行きます?」
「行こう。今日は俺が出す」
「おっ? もしかして相談料込みですか」
「そう思ってくれていい」
「やった! 遠慮はしませんよぉ」
小坂は財布を手に取り、いつもより少しだけ早足で立ち上がった。
向かったのは、会社から歩いて五分ほどのカフェだった。
店内は昼休みの会社員で埋まりかけていたので、俺たちは外のテラス席に回る。
日差しは強いが、軒先の席には影が落ちており、そこまで暑く感じることもなかった。
席は車道から少し離れていて、声を落とせば隣の席には聞こえにくい。
小坂は週替わりのランチプレートを選び、俺も同じものを選んだ。
番号札を受け取って席に座ると、小坂は水のグラスを持ったまま俺を見る。
「昨日のメッセージ、けっこう真面目な相談ですよね。朝倉さんにしては、妙に丁寧でしたし」
「やっぱり分かるか?」
「分かりますよ。朝倉さん、変に前置きが丁寧な時はだいたい面倒な話を抱えてます」
「ひどい言われようだな」
「でも、違います?」
俺は両手を上げ降参のポーズを取った。
「今からする話は、会社の仕事として頼む話じゃない。だから、小坂が断っても仕事には何も関係ない」
小坂はすぐには返事をしなかった。
グラスを置いて、少しだけ背中を起こす。
「分かりました。そこはちゃんと聞きます」
「あと、聞いたあとで無理だと思ったら、その場で断ってくれていい。理由も細かく言わなくていい」
「はい」
「その代わり、聞いた後は秘密にしてほしい」
「秘密保持が必要な話なんですね。なんか、急に重くなってきました……」
小坂の声が少し低くなる。
軽く乗ってこないところが、逆にありがたかった。
俺は一度、店の入口の方を見た。
そこから厨房が見えるが、料理完成の様子はまだなかった。
今のうちに、いちばん大きいところだけ話す。
「俺のスキルの話だ」
小坂はグラスを持ったまま、そこで動きを止めた。
「朝倉さん、スキル持ちだったんですか。え、初耳なんですけど」
「前から【解体】はある。今回話すのは、それとは別の方だ」
「解体かぁ。もう一つあるってことですか?」
「【休憩地】っていう。ダンジョンの中に、安全に休める範囲を作れる。そこに登録した設備を置いたり、収納したり、配置を変えたりできる」
小坂は一度だけ、ゆっくりまばたきをした。
「ん?? もう一度言ってください」
俺はもう少し丁寧に小坂に説明をした。
「なるほど。設備って、椅子とかテーブルとかですか。休憩所っぽいやつ」
「それも入る。今はテーブル、椅子、水場、簡易トイレ、冷蔵庫、魔石水タンク、シャワーブース周りまで登録してある」
小坂はそこで少し声を落とした。
「……正直言って、そんなスキル聞いたこと無いです」
「……そりゃそうだよな。俺だって同じことを聞いたら同じことを言うし」
小坂は腕を組んで、思案顔を少しだけ見せる。
「仮にそういうスキル、としましょう。話進めますけど、そこまで登録してあるなら、誰かに見てもらったんですか? シャワーまで入るなら、朝倉さん一人で決めるには、ちょっと大きい話ですよね」
「黒瀬さんには一部話してる。現物を見ないと判断できないって言われて、作業場で仮組みした」
「黒瀬さんって、黒瀬工務設備の社長の?」
「そうだ」
「なるほど。だから人員追加の話になったんですね。話が急にお店っぽくなってきました」
「……そんなに分かりやすかったか?」
「設備の次の話ですよね? なら次はオペレーションの話くらいしかないじゃないですか。今聞く限りだと、受付と会計と案内と清掃を、朝倉さんが料理しながら全部見る前提になってますから。さすがに欲張りセットです」
小坂はそう言うと、少し得意げに胸を張った。
俺はその様子に返す言葉がなかった。
「たしかに小坂の言う通りだ」
「たぶん、黒瀬社長にも近いことを言われましたよね。朝倉さん、そういう時ほど自分で抱えようとしますし」
「かなり近いことは言われた」
「なら、最初から人を置く前提で考えた方がいいです。最低でも食事を出す人と、利用者の質問を受ける人は分けないと、たぶん途中で朝倉さんが身動き取れなくなります」
そこへランチプレートが二つ運ばれてきた。
店員が離れるまで、俺たちは一度話を止めた。
小坂はフォークを持ったまま、俺が続けるのを待っている。
俺は紙ナプキンを取って机の上に広げると、そこに常に持っているボールペンで簡単な円を描いた。
「来週土曜に、堂島さんっていう新規のお客さんの新人訓練班が使う予定になってる。八人。休憩、水場、トイレ、昼食込み。そこにシャワーの試験利用も入るかもしれない」
「八人で、それ全部ですか。なかなか盛りましたね」
「そう」
「料理しながら受付も、ですか?」
「今のままだとそうなる」
小坂はフォークを皿の端に置いた。
「無理です。そこはもう、きっぱり無理です」
「だよな」
「はい。食事だけならまだしも、水場とトイレとシャワーが入るなら、利用者は絶対に質問します。『どこまで洗っていいか』『何分使えるか』『先に払うのか後で払うのか』『荷物はどこに置くのか』って、解決するまでずっと聞かれます。受付がないと、朝倉さんがずっと呼ばれますよ」
「身に覚えがある」
「もう経験済みでしたか??」
「残念ながら経験済みだ」
「なら、飲食店で言うとホールの人がいります。料理担当とは別に、です」
小坂はきっぱり言った。
俺は紙ナプキンに書いた円の横へ、ホール担当、と書く。
「そこで小坂に相談したかった。週末だけでいい。受付、案内、会計、利用ルールの説明を手伝ってもらえないか」
小坂はすぐには食いつかなかった。
まずサラダを一口食べ、少し考えてから質問を並べる。
「確認していいですか? 面白そうですけど、そこはちゃんと聞きたいです」
「もちろん。なんでも聞いてくれ」
「まず危険度です。私は大学の時に友達とパーティを組んで潜ってました。4級ライセンスは持ってます。ただ、スキルは朝倉さんのようにありません」
「4級持ってるのか」
「はい。就職してからはほとんど潜ってませんけど、更新はしてます」
「それは助かる。十階層までなら4級あれば問題はない。そもそもいく時は俺も道中一緒だしな」
「お願いします。あとこれは会社関係ないので個人の依頼ってことになります。報酬の方を聞きたいです!」
「もちろん払う。日当と交通費。金額はこのあと相談したい。危険がゼロじゃないから、普通の手伝い扱いにはしない」
「秘密保持は?」
「必要だ。特にスキルの詳細は外に出したくない」
小坂はそこまで聞いて、紙ナプキンの受付という文字の横に小さく印を付けた。
「条件をちゃんと決めるなら、私は前向きです。というか、かなり前のめりです」
「いいのか」
「はい。だって、ちょっと面白すぎませんか」
小坂はニヤリと笑みを浮かべた。
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