第16話 衛生区画の仮組み(後編)
続けて、収納済み設備を出す。
光の円の内側に、タープの骨、折りたたみテーブル、椅子、作業台が順に現れる。
少し離れた場所に野外用シンクと魔石水タンク。
さらに反対側へ、簡易トイレと冷蔵庫、魔石電源が姿を見せた。
作業場の土間に、湖畔休憩地の骨組みがそのまま出てきた。
黒瀬はしばらく黙っていた。
それから、円の中を歩いて、客席側になる場所に立った。
「やっぱりトイレが近いな。入口の向きを変えろ。客席から扉が見えると、使う方も飯を食う方も落ち着かん」
「はい」
俺はもう一度レイアウト変更モードを開き、簡易トイレのシルエットだけを表示した。
現物の簡易トイレが薄く透け、その上に線だけの輪郭が重なる。
その線に触れて、入口の向きを少しずらす。
重さはない。
位置を決めて固定化すると、現物の簡易トイレが半歩分だけ移動した。
「やっぱりすげぇな…まるでゲームの世界だ」
「登録済み設備だけです。食材とか消耗品は無理です」
「十分だ。登録済みだけでも、ここまで動かせるなら配置の検討には困らん」
黒瀬は今度はシンクの前に立ち、客席と水場の間を見た。
「食器用のシンクはここでいい。だが装備を洗う場所は同じ線上に置くな。前にも言ったが水が使えるからって、飯の横で泥を落とされたら終わりだ」
「装備洗い場は、こっちですか」
俺は水場区画の端に、未登録設備用の空き枠を置いた。
シンクからは離し、飲食区画との間にはパネルを置けるだけの幅を取る。
「そうだ。その間に目隠し兼水はねよけのパネルを立てる。装備の泥は思ったより跳ねるからな。食器を洗う場所とは、見た目でも使い方でも分けておけ。次はシャワーだ」
黒瀬は中央に置いてあったシャワーユニットを指した。
俺たちはそれを衛生区画の奥へ動かした。
簡易トイレとは入口をずらし、更衣スペースはその手前に取る。
「トイレとシャワーは近くていい。ただし入口を並べるな。客が間違えるし、待ってる場所が一緒になる。衛生区画の中でも、使う目的が違うものは少し向きをずらしておけ」
「なるほど」
「シャワーは奥。更衣室は手前。荷物置きは入口の横だな。濡れた床を通らずに荷物を取れる位置にしておけば、着替える時に余計な動きが減る」
黒瀬の指示で、俺はシャワーユニット、更衣室用パネル、荷物置き棚の位置を少しずつ調整した。
支柱は光の線から靴一足分ほど内側へ入れる。
簡易トイレとの間にも、人が一人すれ違えるだけの幅を残した。
「ここまで入れば、スキルに取り込めるんだったな」
「少しでもはみ出すと駄目です」
「なら、余裕を取るか。ぎりぎりに置くと、湖畔で地面が少し違っただけで面倒だしな。あと、水の流れを見たいな。シャワーは使う量が違うから、そこを見ないと水の管理で困ることになる」
俺は魔石水タンクの表示を開いた。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:設備配置
登録名:湖畔休憩地
配置区画:
飲食区画 仮設定
休憩区画 仮設定
水場区画 仮設定
衛生区画 仮設定
設備収納:
登録済み設備を配置済み
水供給:
魔石水タンク
供給先:食器用シンク/簡易トイレ/シャワーユニット候補
排水処理:休憩地側で処理候補あり
登録候補:
シャワーユニット
更衣室用パネル
荷物置き棚
備考:
衛生区画内にシャワーユニットと更衣スペース候補を確認しました。
簡易トイレとシャワーユニット候補の入口方向が分離されています。
食器用シンクと装備洗い場候補の分離を確認しました。
――――――――――――――――――――
「前はなかったんですが、区画設定が出てますね。こっちの都合に合わせてくれるのか…」
「すげぇな…水の供給先まで出るのか」
黒瀬が画面を覗き込んで、低く唸った。
「登録すれば、シンクや簡易トイレと同じ扱いになるはずです。ここでやっておきます」
俺は登録候補の三つを順に選んだ。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
表示種別:設備登録
>以下の設備を衛生区画設備として登録しました。
シャワーユニット
更衣室用パネル
荷物置き棚
水供給:
魔石水タンク
供給先:食器用シンク/簡易トイレ/シャワーユニット
排水処理:休憩地側で処理
備考:
衛生区画内にシャワーブースを登録しました。
更衣スペースと荷物置き棚を衛生区画付属設備として登録しました。
簡易トイレとシャワーユニットの入口方向が分離されています。
――――――――――――――――――――
俺はシンクの蛇口をひねった。
水が細く流れ、すぐに止める。
排水口の下に水たまりはできない。
次に、簡易トイレの表示を確認する。
給水は魔石水タンクから。
排水と排せつ物処理は休憩地側で処理。
前に確認した通り、そこは問題なく表示されていた。
最後にシャワーユニットを見る。
黒瀬に一度目で確認してから、水栓をほんの少しだけ開いた。
シャワーヘッドから細い水が落ち、防水パンの底を濡らす。
水は排水口に吸い込まれ、床の下にも土間にも水たまりはできなかった。
管理表示の魔石水タンクの残量だけが、ほんの少しだけ減っている。
「ちゃんと出るな。これならシャワーとしては使える。ただ、出るから好きに使わせていい、という話ではなさそうだ」
「そうですね。使うたびに魔石水タンクの残量は減ります」
「なら営業中どの程度水量を見積もるか、だな。地上なら水のコストでいうと100リットル程度あればシャワーブースとしては十分なはずだ。料金もそうだな…五百円程度のものだろう。だがダンジョン内だと十倍以上はコストとして跳ね上がるぞ?」
「大体ですけど1000リットルあたりで最低ランクの魔石一つくらいです」
「本当か? 地上で考えるとそれでも高い部類だろうが、排水を考えずに1リットル換算で1円切るぞ。ダンジョン都市の連中が聞いたらお前のとこに押し寄せること間違いなしだな」
黒瀬は苦笑交じりに指摘する。
「たしかダンジョン都市ではシャワーブース一回十五分で一万円位取ってましたよね」
「その金額は十階層だと適正だよな。むしろ結構頑張ってる部類だ」
「どうしましょうかね。金額設定にかなり悩みます…」
「そうだなぁ。三分の一くらいでどうだ? 最初だし客も少ないだろうしな。その金額で好評ならブースを追加で足せばいい。ブース単体であればそこまで高くねぇしな」
「そのくらいの金額なら納得感はありますよね」
俺はメモアプリを開き、黒瀬の前で新しい項目を作った。
・シャワーは現時点では試験利用。
・一つしかシャワーブースは無いので利用時間は十五分とする。
・タオルはシャワーブース利用の際に一つ貸し出す。
・使用後は清掃時間を取る。
・魔石水タンクの残量の最低残量を一万リットルとする。
「最初から完璧にやろうとするなよ」
黒瀬は登録されたシャワーブースの方を見たまま言った。
「こういうのってのは実際に利用させてみると、こちらの想定を超えることが多く発生することが大抵だ。そこから色々と変えていって初めて成長に繋がる。だから最初はこんなもん、っていう割り切った考え方が必要だぞ」
「……はい。そうですね。その通りです。」
「しかし…これお前一人でやるのか? 随分なオペレーション量だが…大丈夫か?」
黒瀬の指摘に俺は思わず黙り込んでしまう。
冷静に考えるまでもなく、結構なオペレーション量にいつの間にかなっていた。
「……そこも人員追加含めて検討します」
その日はそれ以外にも区画の細かい修正を行い、終了した。
そして帰り道。
俺は後輩の小坂にメッセージを送った。
「急にメッセージすまん。明日の昼休憩時に相談したいことがある」
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