第15話 衛生区画の仮組み(前編)
ホームセンターに戻ると、黒瀬は住宅設備の売り場へ向かった。
展示品の小さなシャワーユニットの前で足を止める。
浴槽はない。
床の防水パンと壁、シャワー金具だけの一人用だ。
「こういうのでいい。風呂まで作る必要はねえ。汗を流せて、着替える場所が別に取れれば、ダンジョン内なら十分ありがたがられる」
黒瀬は防水パンを指で叩いた。
「これを衛生区画の奥に置く。手前に更衣スペースを作る。間はパネルで切る。濡れる場所と着替える場所を分けておかないと、結局、荷物も服も床もぐちゃぐちゃになるからな」
「自作って、どこまでですか」
「更衣室の枠、目隠し、荷物置き、扉代わりのパネル。そこまでだ。シャワー本体を一から作るわけじゃねえ。設置だけでスキル側がアジャストしてくれるなら、これだけ楽なことはねぇな」
店員に確認すると、同じ型の取り寄せができるらしい。
黒瀬は必要な寸法を聞き、横の棚から樹脂パネルとアルミの支柱を選んでいく。
「これと、これ。あと固定金具だな。こっちで寸法を合わせて組むから、お前は出来上がったやつを持っていって、スキルに取り込めばいい。現場で切った貼ったをするより、その方が失敗が少ない」
「そこまでお願いしていいんですか」
「もう話は聞いたからな。ここまで聞いて途中で放る方が、俺としては気持ち悪い。どうせやるなら、使う人間が困らないところまでは見ておきたいだろうがよ」
店員が見積を出してくれた。
シャワーユニット本体に、更衣室用のパネルと金具。
それでも、衝動買いで済む額ではない。
俺は光の円の中で黒瀬が示した区画を思い出した。
飲食、休憩、水場、衛生。
この四つを分けるなら、衛生区画だけ布一枚で済ませるわけにはいかない。
「……お願いします」
「ありがとうございます。納品先はどちらにしましょう」
「うちの作業場でいい。店先や駐車場で広げるもんじゃねえし、うちなら人目も少ない」
黒瀬が横から答えた。
「うちで引き取る。外の作業スペースも広いから、そこで一回組む。図面だけで合わせるより、実物を立てて入口の向きまで見た方が早い」
「いいんですか」
「寸法だけ見て頭の中で終わらせるより、使う時の向きまで見た方が早い。お前は出来上がったものをウチでスキルに取り込め。どういう風にスキルが取り込んでいくのか見たいしな」
店員が関連部材の棚へ案内しかけたところで、黒瀬がすぐに首を振った。
「さっきも聞いたが、水は勝手に繋がってくれる、そういうことでいいんだな?」
「登録すれば、魔石水タンクにつながると思います。シンクやトイレと同じなら」
「ならホースも継手もいらん。水まわりを現実側でつなごうとすると、余計な部材が増えて範囲も食う。こっちで作るのは、立てて囲って荷物を置ける形までだ」
俺は黒瀬に言われるまま、樹脂パネル、アルミ支柱、固定金具を選んだ。
「これは要る。こっちは予備で持て。現場で一本足りない、金具が合わないってなるのが一番面倒だ。余ったら戻せばいい」
言い方は雑だが、選ぶ物は早い。
会計を済ませる頃には、調理場まわりの部材と、シャワーユニット一式の伝票が手元に残った。
「黒瀬さん」
「なんだ。まだ何か見落としがあるか」
「助かりました」
「礼はまだいい。部材がウチに届いたらくみ上げる。同時にお前のスキルで収納されたものを整理しつつ、トイレやシャワーをスキルに取り込めばいいだろう。そこまでやって、初めて使える形になる」
「わかりました。本当にありがとうございます」
「まぁ、こんなに面白そうなことは中々ねぇしな」
黒瀬はそう言うと笑った。即答だった。
◇
二日後の夕方、俺は黒瀬工務設備の作業場にいた。
事務所の裏手には、資材置き場を兼ねた広い空き地がある。
端には足場板や単管が積まれ、中央には取り寄せたシャワーユニットと、樹脂パネル、アルミ支柱が並べられていた。
「ここなら多少広げても誰にも見られねえ。作業場の中なら音がしても言い訳は利くし、変なもんを見られて騒がれる心配も少ない」
黒瀬は軍手をはめながら、空き地の真ん中を顎で示した。
「まずスキルで出してみろ。こっちも実際の広さを見ないと、どこまで詰めていいか分からん」
「はい」
俺は【休憩地】を展開した。
足元から淡い光が広がり、黒瀬の作業場の土間に半径十メートルの円が浮かぶ。
黒瀬はすぐに円の端を確認し、シャワーユニットではなく、まず空いている土間全体を見た。
「いきなりシャワーだけ置くな。前に話した通り、先に店の形を出せ。客がどこで座って、どこを歩いて、水場にどう回るかを見ないと、衛生区画の向きも決まらん」
「店の形、ですか」
「飲食、休憩、水場、衛生。今あるもんを出してから決める。新しい箱だけ見て、ここに置けますって話をしても、客の動きは分からん。店ってのは、置いた物より人の流れの方が先に詰まる」
言われてみれば、その通りだった。
俺は管理表示を開き、まず状態だけを確認する。
第一段階は、ステータス表示だけだ。
休憩地の名前、範囲、登録済み設備、収納中の設備を見るだけで、現実には何も出ない。
第二段階で、【休憩地】そのものを展開する。
今、足元に広がっている淡い円がそれだった。
この状態で普通に収納物を出せば、前回固定したレイアウト通りに設備が現実に配置される。
だが、今回はその前に配置を変えたい。
俺は設備収納の欄から、レイアウト変更モードを選んだ。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:設備収納/レイアウト変更
登録名:湖畔休憩地
収納済み設備:
タープ
折りたたみテーブル
椅子
作業台
野外用シンク
魔石水タンク
簡易トイレ
冷蔵庫
魔石電源
操作:
レイアウト変更モード 起動中
固定化前の設備は線表示
固定化後、収納解放時に指定位置へ配置
――――――――――――――――――――
「登録済みの設備は、休憩地の中なら収納して出し直せます」
「今さらっと言ったが、それも大概だぞ」
「ははは、ですよね」
俺は黒瀬とさっき話した配置を思い出しながら、光の円の中に薄い線を出した。
現物ではない。
タープ、テーブル、椅子、作業台、シンク、魔石水タンク、簡易トイレ、冷蔵庫、魔石電源。
登録済み設備の輪郭だけが、淡いシルエットになって円の中へ浮かぶ。
「これはまだ本物じゃありません。登録してある設備の位置だけを出してます」
「線だけか。現物を動かす前に位置を見られるなら、かなり楽だな」
「はい。触ると動かせます」
俺はタープのシルエットに手を伸ばした。
指先が線に触れると、重さはまったくないのに、タープの輪郭だけがすっと動いた。
飲食区画を片側へ寄せる。
その近くにテーブル、椅子、作業台を並べる。
水場区画はその隣に置くが、食器用のシンクと装備洗い場の候補位置は少し離す。
衛生区画は反対側。
簡易トイレの入口は、客席から見えない向きにする。
「……重さは?」
「感じません。線を動かしているだけなので」
「図面をそのまま地面に出して、手で動かしてるようなもんか」
「たぶん、そんな感じです」
「そこでいったん固定しろ。それから現物を出せ。線の段階でよく見えても、実物が出ると圧迫感や入口の向きが変わって見える」
黒瀬の声に合わせて、俺は表示された配置を固定化した。
シルエットの線が一度だけ強く光り、そのまま地面に沈む。
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