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ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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第14話 休憩地の区画整理

 堂島へ仮の利用条件を送った翌日、俺は仕事帰りにホームセンターへ寄った。


 資材館の通路で、折りたたみ作業台と仕切りパネルを見比べる。

 小坂に言われた通り、飲食、休憩、水場、トイレを別々の枠で考えるつもりだった。


 だが、いざ棚の前に立つと数ある商品を前にして手が止まる。


 買う物の候補は頭の中に浮かぶ。

 だが、それをどう組み合わせて、何を作ればいいのかというビジョンが、全く浮かんでこなかった。


 「……商品見ればイメージできると思ったんだけどなぁ」


 「朝倉じゃねえか」


 背後から聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、作業着姿の男が資材用カートに片肘を乗せていた。


 黒瀬亮介。

 黒瀬工務設備の代表で、東京ダンジョンマテリアルの倉庫改修や、仮設洗い場の施工で何度も世話になっている人だ。


 俺が新人の頃、素材倉庫に棚を増やす仕事を任された時、現場を見ずに、それどころか床にかかる荷重や、排水がどうなっているかも何も考えずに、ただ仕事として黒瀬に相談したことがある。

 その時、半ば強制的に現場に連れてこられて一時間ほど説教してくれたのがこの黒瀬だった。


 「黒瀬さん。お疲れさまです」


 「おう。こんな時間に資材館って珍しいな。会社の仕事か?」


 「まぁ…仕事みたいなものです」


 「また曖昧なこと言ってんなぁ」


 黒瀬は俺のカートをのぞいた。

 作業台、パネル、防水マット、棚受け金具。


 「なんだ? 社内で洗い場でも作る気か? にしては随分と小さそうだが」


 「そうですね…近いです」


 「近いってなんだよ」


 黒瀬は眉を上げる。

 俺は少し迷ってから、声を落とした。


 「ダンジョン内で、探索者向けの休憩スペースを作れないかと思ってまして」


 黒瀬の顔から笑いが消えた。


 「お前んとこ素材卸だろ? さすがに無謀じゃないか?」


 「あ、いや本業の方じゃなくて…」


 「本業じゃなくても無理に近いぞ、それは。お前だってダンジョンにたまに行くだろ? ダンジョン都市とか見てみろよ。あれは無理を無理やり力でねじ伏せるだけの金があるからできたんだ。それをお前んとこで…なぁ?」


 「もちろん黒瀬さんの言う通りです。だから…その」


 俺の様子に何かを感じたのか、黒瀬は眉根を少しだけ上げた。


 「……ここでやる話じゃねえか」


 黒瀬はレジ前にいる店員と、通路を歩く客を見た。


 「場所変えるぞ。十分や二十分で済む話じゃなさそうだ」



 ◇



 ホームセンターから少し歩いたところに、小さな公園がある。

 夕方も過ぎて辺りは暗くなっていた。


 黒瀬は自販機で缶コーヒーを二本買い、片方を俺に投げてよこした。

 ベンチに腰を下ろすと、こちらを見ずにプルタブを開ける。


 「んで、何を隠してる」


 「黒瀬さんだから言います」


 「おう」


 「俺、休憩地を作るスキルを持ってます」


 黒瀬は缶を口元で止めた。

 笑わなかった。


 「範囲を決めて、その中に設備を登録できます。椅子やタープだけじゃなくて、水場やトイレも、休憩地の設備として扱えます」


 「ダンジョンの中でか」


 「はい」


 「休憩地を作るスキル…聞いたことねぇな」


 「ですよね。俺も聞いたことがなかったです。最初から話しますね…」


 俺は、十階層の湖畔でスキルが発動したこと、タープや椅子を登録できたこと、あとから水場とトイレも休憩地の設備として扱われたことを話した。


 黒瀬は途中で口を挟まず、缶コーヒーを片手に聞いていた。

 説明が水場のところまで来ると、そこでようやく口を開く。


 「水も出るのか」


 「魔石を使えば、ある程度は」


 黒瀬はそこで缶コーヒーを一口飲み、俺の足元を見た。


 「その休憩地ってやつ、ここに出せるのか」


 「出せます。前に河川敷で設備を試した時も、普通に発動できました」


 「だったら、見せてみろ。口で聞いただけじゃ判断できねえ」


 黒瀬は缶コーヒーを膝の上に置いた。

 図面も現物もない話を、そのまま進める気はなさそうだった。


 俺は管理表示を開いた。


 ――――――――――――――――――――

 【休憩地】

 スキル区分:オリジンスキル

 表示種別:基本スキル情報

 登録名:湖畔休憩地

 休憩地Lv.3

 現在状態:展開中

 登録地点:十階層湖畔

 範囲:半径約10メートル

 最大維持時間:24時間

 成立コンボ:休息コンボ/食事コンボ/飯テロコンボ/衛生コンボ

 設備収納:使用可能

 ――――――――――――――――――――


 前に河川敷で衛生コンボを試した時と同じだ。


 俺が確認を押すと、ベンチの足元から淡い光が広がった。

 公園の砂地に、薄い円が浮かぶ。


 黒瀬が缶コーヒーを持ったまま固まった。


 「……おい」


 「これが休憩地の範囲です。実際は十階層で使っています」


 黒瀬は立ち上がり、光の線の前でしゃがんだ。

 指先を伸ばすが、触れるものはない。

 それでも、足元の砂には円の境目がはっきり出ている。


 「この線から物がはみ出したら?」


 「設備として扱われません。少しでも出ると、その設備ごと対象外です」


 「丸ごとか」


 「はい」


 黒瀬は今度こそ黙った。

 黒瀬は缶コーヒーをベンチに置き、淡い円を目で追いながら足元の位置を確かめ始めた。


 「半径は」


 「今は約十メートルです」


 「半径十メートルの円の中に、食事を出す場所と休む場所と水場とトイレとシャワーを入れるのか」


 「そうなります」


 「広いようで狭いな」


 黒瀬は光の円を見たまま、低い声で言う。


 「便利だな」


 「はい」


 「だが、便利なだけで店にはならねえ」


 俺はその指摘で、さっきまで自分が設備の数しか見ていなかったことに気づいた。

 黒瀬は光の円の中へ半歩入り、足元の範囲を見渡した。

 そして、円の中を指で順番に示していく。


 「飲食。休憩。水場。衛生。まず分けろ」


 「衛生は、トイレとシャワーですか」


 「そうだ。まず確認するが、排水はどうする」


 「そこはスキルで何とかなります。水も、簡易トイレの処理も、休憩地側で受けてくれます」


 「なら配管の話はいったん置ける。ここで確認するのはどこを見せて、どこを隠すかだ」


 黒瀬は光の円の右側と左側を指で分けた。


 「野外なんだから、壁を建てる必要はねえ。客席からトイレの入口と着替えが見えなけりゃいい。パネルで視線を切れ」


 「視線ですか」


 「そうだ。食事を出す場所、座って休む場所、手を洗う場所、トイレとシャワー。そこを同じ枠に入れるな」


 黒瀬は飲食と衛生の位置を、光の円の端と端へ振り分けた。


 「まず飲食区画を決めるぞ。次に衛生区画を反対側へ置く。水場はその間だ。食器を洗う場所と、泥を落とす場所はパネルで分ける」


 光の範囲をそのまま使って説明されると、俺がメモアプリに作った枠よりずっと分かりやすかった。


 「調理場から作るのは間違ってない。ただ、そこは飲食区画だ。コンロ、作業台、配膳、返却箱。ここまでを一つのまとまりにする」


 「水場は」


 「別にしろ。衛生管理上の問題がある。食器用のシンクと、装備を洗う場所は同じにするな。その間もパネルで切れ」


 「トイレは客席から見えない場所」


 「そうだ。距離より先に、見え方だ。扉の向きとパネルの置き方を決めろ」


 黒瀬は最後に、衛生区画として示したあたりを少し広めに取った。


 「シャワーは、ユニットバスのシャワーだけ付いてるやつを置けばいいだろ」


 「置けますかね」


 「水の供給と排水がスキルでどうにかなるなら、問題は箱と目隠しだ。シャワー本体は既製品を使う。更衣室は木工で作れば事足りるだろう」


 「更衣室もですか」


 「当たり前だろ。浴びたあと、客席の横で着替えさせる気か」


 それはない。

 小坂にも、トイレやシャワーは分けた方がいいと言われている。


 「その程度なら、俺が作ってやる」


 「え?」


 「現場がダンジョンってのは正直まだ意味が分からん。だが、箱を作って目隠しを立てるだけなら話は別だ」


 黒瀬は立ち上がり、缶コーヒーを飲み干した。


 「戻るぞ。使えそうな部材を見る」

読んでいただきありがとうございます。

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