第12話 湖畔休憩地、初の予約希望
堂島班の新人たちは、椅子や簡易コットに分かれて腰を下ろした。
座った瞬間、全員の顔が緩む。
「やば……座ったら一気に楽になった」
「手、洗っていいんですか」
「そこの洗い場を使ってください。客用の飲み水として出すのはまだ控えてますが、手洗いと調理には使えます」
「助かります」
新人の一人が、泥のついた手袋を外した。
別の新人は、腕についた草の汁と土を洗い流している。
水が出るだけで、彼らの動きが変わった。
さっきまで疲れて黙り込んでいたのに、手を洗ったあとは小さく息を吐き、互いに装備の汚れを確認し始める。
顔の汗を拭いた者は、ようやく周囲を見る余裕を取り戻していた。
俺はその様子を見て、少し驚いた。
水場は、食事のためだけに必要なものじゃない。
探索を続ける前に、装備などを整えるためにも使える。
引率役の男も同じところを見ていた。
「十階層で手を洗えるのはでかいな。新人を連れてる時は特に」
「そんなにですか」
「新人を連れてると、持ち込んだ水はなるべく飲ませる方に残したいんだ。手は泥だらけになるし、転んで擦り傷を作るやつもいる。途中で手を洗える場所があるだけで、だいぶ違う」
女性が言葉を引き取った。
「トイレがあるのも助かります。女性の新人がいると、休憩場所を決める時にそこを外せないので」
「ああ……」
それは言われてみれば当然だった。
俺自身も探索者なのに、水場を調理設備としてばかり見ていた。
女性は簡易トイレの場所を確認し、説明を聞いたあと、新人の女子二人へ声をかけた。
「次はしばらく止まらないから、今のうちに行っておきなさい」
「はい」
食事をする場所だけじゃない。
手を洗い、トイレを済ませ、次の区間へ出る前に体と装備を整える場所でもある。
俺はつみれ汁をよそい、焼きおにぎりを追加で焼いた。
すぐ出せる四食分は、堂島班の中でじゃんけんして決めてもらった。
残りには、まずつみれ汁だけを出す。
「もう少しだけ待っててください。いま焼いてますから」
不満が出るかと思ったが、椀を受け取った瞬間に全員黙った。
湯気の中に、ホーンラビットのつみれと出汁の匂いが上がる。
疲れている時の温かい汁物は、たぶん反則に近い。
「うま……」
「これ、ホーンラビットですか?」
「はい。処理してつみれにしています」
「え、あの肉がこうなるんですか」
新人が椀を見つめる。
反応を見る限り、ホーンラビットへの印象はさっきの二人と変わらないらしい。
引率役の男は、焼きおにぎりを半分に割ってから食べた。
焦げた醤油の表面を噛み、少し遅れて頷く。
「脂を使ってるな」
「ワイルドボアの脂です。少量だけですが」
「なるほどな。新人に食わせるには贅沢だが」
「聞こえてますよ、堂島さん」
新人の一人が抗議する。
堂島と呼ばれた男は、悪びれずに汁を飲んだ。
「聞こえるように言った」
そこで初めて、引率役の名前が堂島だと分かった。
堂島は食べ終わると、椀を置き、若い探索者たちを見回した。
「休んでる間に振り返るぞ。三枝、今日の失敗は?」
「え、今ですか」
「今やる。地上に戻る頃には、細かいところを忘れるからな」
三枝は慌てて背筋を伸ばした。
「ええと、湖畔へ出る前の藪で、先頭との距離を詰めすぎました。あと、ワイルドボアの足跡を見落としました」
「なぜ見落とした」
「……その、足元まで注意がいってなくて……」
「次」
別の新人が答える。
その横で、女性引率役がメモを取っていた。
俺は追加で焼いたおにぎりを出しながら、堂島たちのやり取りを聞いていた。
訓練の途中で、その場の失敗を一つずつ確認していくらしい。
「ここ、新人訓練の休憩に使えるな」
不意に言われ、俺は顔を上げた。
「食事があるからですか?」
「それもある。だが、それだけじゃない」
堂島はタープの支柱、シンク、椅子、簡易トイレを順に見た。
「新人は疲れると判断が鈍る。だから途中で休ませたい。だが、地上まで戻ったら訓練はそこで終わりだ」
堂島は足元の光を軽く踏む。
「ここなら休ませて、さっきのミスを確認して、そのまま先へ行ける」
女性引率役も頷く。
「水場とトイレがあるのも大きいです。女性の新人を連れてくる時は、休憩場所を選ぶだけでも気を使いますから。今までは、それで早めに切り上げることもありました」
「トイレ一つで、予定まで変わるんですね」
「変わりますよ。特に新人を連れている時は」
八人が一度に使うと、食器も水場もトイレも、一人二人の時とは勝手が違う。
堂島班の新人たちは、さっきより明らかに顔色が戻っている。
椀を持ったまま報告し、堂島に短く注意され、それでも落ち着いて答えていた。
休憩地が、訓練の中に組み込まれている。
その光景は、俺が想像していた飲食店とは少し違っていた。
十五分の休憩は、結局三十分になった。
堂島は新人たちに装備を確認させ、最後に俺のところへ来た。
「朝倉だったな」
「はい」
「改めて。俺は《銀嶺の道標》の堂島だ。新人の訓練を任されてる」
堂島は名刺サイズのカードを差し出した。
探索者用の連絡カードらしい。
「次の訓練でも、ここを使わせてほしい。毎週じゃなくていい。日が合う時に、先に押さえておけるか?」
「予約、ですか」
言葉にした瞬間、急に現実味が出た。
たまたま来た人に食事を出すのとは違う。
日時を決めて、人を受け入れる。
しかも団体で。
その場で来た人に対応するだけでは済まなくなる。
「まだ正式な店舗ではないので、確約はできません。でも、予定を聞いておくことはできます」
「それでいい。いきなり大人数で押しかける気はない。今日くらいの人数からでいい」
堂島はそこで少し笑った。
「ただし、次は汁ものだけじゃなく、焼きおにぎりも人数分頼む」
後ろの新人たちがその言葉に反応した。
最初に焼きおにぎりを食べられなかった組だ。
俺は思わず笑いそうになった。
「仕込み量、考えておきます」
「頼む」
堂島班は装備を背負い直し、湖畔の道へ戻っていった。
新人たちの足取りは、来た時よりずっとしっかりしている。
最後尾の三枝が、こちらへ軽く頭を下げた。
「ごちそうさまでした。次も焼きおにぎり食べたいです」
「残ってたらな」
「予約なら残りますよね?」
三枝は笑い、仲間のあとを追った。
堂島班が湖畔の道へ戻り始めたところで、ステータスの端に小さな通知が出た。
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【休憩地】
スキル区分:オリジンスキル
表示種別:利用ログ
登録名:湖畔休憩地
利用ログを更新しました。
団体での休憩利用が記録されました。
団体利用記録:1件
訓練休憩利用:1件
予約希望:1件
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「……予約希望」
俺は堂島から受け取った連絡カードを見る。
カードには、中規模クラン《銀嶺の道標》、訓練班担当、堂島という文字と連絡先が印字されている。
たまたま来た八人が、次は予定を決めて来ようとしている。
人を受け入れるなら、その人数分の食事と席を用意しておく必要がある。
俺はカードをポケットにしまい、焦げた醤油の匂いが残る中、木立へ向かう八人の背中を見送った。
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