第11話 堂島班、湖畔休憩地へ来る
新規の探索者が二人来たあと、俺はしばらく焼きおにぎりを焼き続けていた。
別に、次々と客が来たわけではない。
湖畔休憩地がある十階層、湖の北側は中央広場や西側の企業リゾートに比べれば人通りが少ない。
匂いに釣られて誰かが来るとしても、そんなに都合よく続くものではなかった。
ただ、さっきの二人の反応は大きかった。
中央広場の携帯食より、こっちがいい。
座れるし、あったかい。
あの言葉は、俺の中に妙に残っていた。
料理の味だけなら、地上にもっといい店はいくらでもある。
けれど、ここはダンジョンの十階層だ。
汗をかいたあとに手を洗い、荷物を下ろして座り、温かい飯を食べられる。
それだけで、地上での価値感や探索者としての評価も変わってくる。
「問題は、何人まで対応できるかだよな」
俺はタープの下を見回した。
テーブルと椅子、水場、簡易トイレはある。
前よりも座る場所は増やしているものの、常時何人くらいを相手にする商売なのかという意味ではまだ手探りだ。
提供する食材もご飯の量も、その日の仕込み次第だ。
さっきは二人だったから何とかなった。
三人でも、まあいける。
だが五人、六人となると、どうだろうか。
キッチンがあまりに簡易すぎるため、複数同時並行での調理は厳しい気もする。
それ以上に俺自身が飲食店経験がないのも大きい。
「飲食店って、ほんと奥が深い…」
俺はシンクで洗い物を置いて水を流した。
「……しかしここで水がある程度使えるってのは結構利点だよな」
最低ランクの魔石を一つ入れただけで、水はまだ十分残っている。
この水回りがなければ、俺は今ごろ使い捨て容器を持ち込んでいたはずだ。
ダンジョン内で清潔な水が使える。
自分で使っていても便利だが、客が来ると意味が変わる。
そもそもだがこの休憩地の最終形態は宿屋だ。
ここで安全に寝て、そしてお風呂が使えるとすればそれはとんでもない付加価値になる。
「ダンジョン都市は水に苦労してるもんな…」
ダンジョン都市内で、お風呂を利用できるところはかなり限られている。
なぜならこの近くには湖以外に水場が無いからだ。
昔、ここから取水する案もあったらしいが、魔物に壊されたり、水に交じって魔物が紛れ込んだりと色々あったため、現在は魔法で水を生成するか、もしくは地上から運んで来るかの二択になっている。
そんなことを考えつつ、俺は焼きおにぎりの表面に醤油だれを塗り、鉄網の上でひっくり返す。
焦げた醤油の匂いが、湖畔の風に乗った。
その時だった。
森の方から、複数の足音が聞こえた。
足並みはばらばらだ。
慣れている者と、慣れていない者が混ざっている。
俺は火を弱め、音の方を見る。
木々の間から現れたのは、八人ほどの探索者だった。
先頭に立つ男は三十代半ばくらいで、体格がよく、装備も使い込まれている。
その横に、同じくらい落ち着いた雰囲気の女性が一人。
後ろには若い探索者が六人、隊列を崩しながらついてきていた。
「あぁ。新人訓練か」
若い探索者たちは、全員が疲れた顔をしている。
肩で息をしている者もいるし、膝に手をつきかけて、前の仲間に促されている者もいる。
先頭の男が手を上げた。
「止まれ」
掛け声と共に、全員の足が止まった。
「随分といい匂いがするが…あれか??」
男はこの休憩地を怪しそうに見ていた。
「……こんなところでキャンプか? にしては結構大掛かりだな」
「こんにちは。クランの新人訓練かなにかですか?」
俺は挨拶をしつつ少しだけ近寄った。
「あ、あぁ。そうなんだが…君はなにしてるんだ? キャンプにしては…少し大掛かりだが」
「ここで実験を兼ねた休憩地を運営しています。湖畔休憩地という名前で、実験内容としては食事と休憩場所を週末限定で提供しています」
俺の言葉に男は目を丸くした。
「ここで? ダンジョン内だぞ? どこかの企業か??」
「あ、いえ。個人でやってます」
男の表情が訝し気になっていく。
当然の反応だ。
ダンジョン内にタープがあり、シンクがあり、焼きおにぎりの匂いがしている。
それも個人で休憩地を運営しているということ自体、怪しむなという方が無理だった。
横の女性が、若い探索者たちへ振り返る。
「座り込まない。まだ許可は出していない」
「……はい」
返事はしたものの、若い探索者の視線は焼きおにぎりへ向けられていた。
特に一番後ろの少年は、腹の音まで鳴らしている。
俺は少しだけ申し訳ない気分になった。
匂いの暴力というやつだ。
男が慎重に近づく。
休憩地スキル範囲の手前で止まり、靴先で淡い光の境目を確認した。
「これは結界か?」
「近いと思います。俺のスキルで作っている休憩地です。魔物は入ってきません。人は俺が承認すれば入れます」
「承認しなければ?」
「安全ロック中は入れません」
「ロック…? 試していいか」
「どうぞ」
男は片手を軽く上げ、若い探索者の一人を呼んだ。
「三枝、入ってみろ」
「え、俺ですか」
「訓練だ」
「はい……」
若い男が恐る恐る前へ出る。
俺は承認しないまま待った。
三枝と呼ばれた新人が境目へ足を出す。
足は、淡い光のところで止まった。
見えない壁にぶつかったというより、足を進める気が抜けるような止まり方だった。
「うわ、入れないです」
「押してもか?」
「押す気にならないっていうか…こう、足に力が入っていかない感じです。なんか、ここから先は駄目ですっていうのか。すごく伝えるのが難しいです」
男は頷き、今度はこちらを見た。
「承認してくれ」
「はい。入場を承認します」
言葉にすると、休憩地の範囲が一瞬だけ明るくなった。
三枝がもう一度足を出すと、今度は普通に入れた。
「おお……」
入った瞬間、三枝の肩から力が抜けた。
それを見て、男の表情が変わった。
焼きおにぎりよりも、そちらを見ている。
「君のスキルは…疲労回復系か?」
「回復というほど強くはないです。休める場所にするスキル、という感じですね」
「なるほどな」
男は後ろの六人を見た。
「堂島班、ここで十五分休憩を取る。ただし訓練中だ。気を抜きすぎるな」
堂島班という名前が、男の口から自然に出た。
クラン名か、訓練班の名前かは分からない。
だが、中規模クランらしい統制はあった。
俺は慌てて手を拭いた。
「ええと、食事は湖畔まかないセットなら何食か出せます。ただ、今日は試験提供なので数は多くないです」
「何食ある」
「すぐ出せるのは四食分くらいです。つみれ汁だけなら全員分いけます。少し時間をもらえれば用意はできますが」
「料金は?」
「まかないセットが八百円です。水場とトイレは、今日は設備確認中なので感想をもらえるなら……」
無料で、と言いかけたところで、男が首を横に振った。
「無料はやめろ」
「え?」
「新人が勘違いする。ダンジョン内で安全に座れて、水場とトイレが使える場所だ。金を取れ」
横の女性も頷いた。
「むしろ安すぎると、次に来た時に確実に揉めます」
言われて、俺は少し黙った。
確かにそうだ。
こっちは試験のつもりでも、使う側からすればサービスになる。
一度無料で使わせると、次から料金を言い出しにくい。
「では、今日だけ試験料金として、休憩利用は一人三百円でお願いします。食事は別で八百円です」
「安いが、今日はそれでいい。おい、会計係」
後ろから別の若い探索者が慌てて財布を出した。
なんだか一気に本物の客になってしまった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




