第111話 史上最大のカーニバル④
《銀嶺の道標》が担当する戦線では、前方から押し寄せる群れを堂島修吾と久我沙織、かつて堂島班で訓練を受けていた六人が食い止めていた。
「右が空きます!」
三枝陸斗が声を張る。
「詰めろ。倒した魔物は追うな。線から出るな」
堂島の指示で三枝と仁科悠真が位置を寄せた。
前方の魔物を押し返した直後、今度は戦線の後ろから戦闘音が上がる。
「堂島さん、後ろです!」
佐伯奈緒が振り返り、退路側を指した。
回収班が使っていた場所へ魔物が入り込み、置かれた素材袋を踏み散らしている。
「前から抜けたのか?」
「違います。私たちが通った時には何もいませんでした。後ろで急に出たんです」
「数は」
仁科が前方を警戒したまま答える。
「まだ増えています。後ろだけじゃありません。前も途切れていません」
「どうなってんだ」
堂島が吐き捨てたところで、久我のスマートフォンから緊急通知が鳴った。
「探索者協会経由で、ダンジョン庁からです。素材回収を打ち切り、防衛線を後方の指定地点まで段階的に下げろと」
「何だと」
「後方での発生は、ここだけではないようです。回収班も先に下がります」
前方と後方の両方で魔物が増えている。
回収班まで退けば、その場に残ったクランは負傷者を運ぶ手段も失う。
堂島はすぐに指示を切り替えた。
「素材は捨てる。沙織、六人を二人ずつ下げろ」
「分かりました。佐伯、花村と先に後方線へ。矢代と早見は、その次です」
「堂島さんたちは?」
「俺と三枝、仁科で前を止める。お前たちが下がったら俺たちも移る」
「でも、後ろにもいます」
「だから徐々に後退だ。前を押し返した分だけ、全員で少しずつ下がるぞ」
「はい!」
久我が先に下がる二人を連れ、後方に現れた魔物を避けながら指定された地点へ向かう。
三枝と仁科は前方へ武器を向けて群れを止め、堂島は退路へ近づく魔物との間へ入った。
先行した二人が後方線へ着くと、次の二人が続く。
そのたびに堂島たちは前線を組み直し、戦う場所を少しずつ後ろへ移していった。
◇
新宿北側の別戦線では、《青嵐の足跡》が現地の大手クランの指揮下に入り、最前線の一角を守っていた。
榎本蓮が小盾で魔物の攻撃を受け、椎名悠斗がその横から槍を突き出す。
河合奈月の矢が前方の魔物へ刺さり、杉浦大地が崩れた場所へ入って斧を振るった。
「蓮、変だ」
側面の確認へ出ていた瀬尾真琴が戻ってきた。
「何が変なんだ」
「左側の発生場所だ。さっき大手の班が片づけたのに、もう同じ数まで戻ってる」
「カーニバルなんだから、それくらいあるだろ」
「違う。前方から増えたんじゃない。もっと後ろでも戦闘が始まってる」
北沢芽衣が記録用の地図を開いた。
「報告地点が増えています。私たちが来た時には警戒区域に入っていなかった場所です」
「後ろの交代班、さっきから来てないよ」
河合の言葉に、椎名が退路側を確認する。
「なんか変だぞ、この状況は。前だけ見ていればいいはずだっただろ」
「……そうだな。ちょっと別クランの指揮班に確認してくる」
榎本が連絡を入れようとした時、後方から叫び声が届いた。
「後ろにも出た! 回収班を下げろ!」
誰も警戒していなかった退路脇から魔物が現れ、素材を運んでいた回収班へ襲いかかっていた。
予備として待機していた探索者が即座に動き対応するも、増え続ける魔物に防戦一方となる。
「ちょっとこれ、挟まれてないか!」
杉浦が正面の魔物を押し返しながら叫ぶ。
「真琴、後ろを確認してくれ。芽衣は一緒に行って、通れる場所を地図に入れろ」
「分かった」
「奈月は二人を援護。大地は空いた場所を埋めてくれ」
「蓮たちは?」
「俺と悠斗はここを止める」
瀬尾たちが後方へ動き始めたところで、この辺りを仕切る大手クランの指揮班から全員の通信機へ指示が入った。
『ダンジョン庁から緊急指令。新宿北側方面の各戦線は、素材回収を中止。第5階層まで段階的に後退せよ』
「第5階層まで?」
北沢が聞き返す。
「ここだけを下げる指示じゃないぞこれ。新宿北側の戦線全部だ!」
瀬尾が通信内容を確認した。
「第5階層まで下がるって、そこまで悪いのかよ」
「後ろに出た魔物を見ただろ。退路が残っているうちに下がるしかない」
椎名が槍を引き戻した直後、簡易バリケードへ新しい群れがぶつかった。
組みつけた部材がずれ、隙間から魔物の腕が伸びる。
「さっきより増えてるぞ!」
「話はあとだ。真琴、退路を探せ! 俺たちは大手の班が下がるまでここを持たせる!」
榎本が小盾を押し返し、椎名が隙間へ槍を突き込む。
後退指示は届いたが、最前線にいる《青嵐の足跡》が最初の一歩を下がるには、目の前の群れをもう一度押し返さなければならなかった。
◇
その後退指令が発せられる少し前、新宿北側の一部を受け持つ《天穹の灯》では、常磐木律が発生報告の位置に違和感を覚え、指定された監視範囲より広く斥候を展開していた。
その斥候から、途切れずに通信が入ってくる。
『既存の観測地点とは別です。退路側の壁際から新たな群れが出現しました』
『こちらも同じです。前方から回り込んだ個体ではありません。直前まで魔物はいませんでした』
風祭静玖が報告地点を配置図へ加えていく。
「マスター、報告された観測地点が離れすぎています。一つの群れが移動したとは考えられません」
常盤木は更新された配置図を睨み、そして顔を上げた。
「至急、作戦統合本部へつないで」
新宿北側入口の地上には、ダンジョン庁と自衛隊が共同で作戦統合本部を置いていた。
風祭が優先回線を開き、常磐木へ渡す。
「こちら新宿北部地点担当《天穹の灯》、クランマスターの常磐木律です。作戦責任者へつないでください」
『……こちら作戦統合本部です。報告をお願いします』
「これまでの観測地点とは別の場所から、魔物が発生し始めています。複数の斥候から同じ報告が入りました。このままでは退路を遮断されます。担当戦線を一旦下げたい」
『当該地点は観測部署で確認中です。位置情報と魔物の数、種類を送ってください』
「位置情報はすでに送信済みです。数は今も増えています」
『……観測値との照合が終わるまで、現在の配置を維持してください』
「確認を待っていたら、退路がなくなりますわ」
『……《天穹の灯》が先に下がれば、隣接するクランとの接続が切れます。各戦線との調整が必要です』
「単独で逃げるとは言っていません。隣接するクランを回収しながら、この新宿北部戦線ごと下げる許可を求めています」
『クランからの報告だけで、配置全体を変更することはできません。まず正確な概数を――』
風祭の通信機へ、新たな報告が割り込んだ。
「後方へ出した斥候が接敵! 予定していた退路にも魔物が入り始めています!」
風祭が常磐木へ告げる。
「律、後方の斥候を撤収させます。このままでは戻れなくなります」
「……本部、聞こえましたね?」
『聞こえています。ですが、発生数を確認しなければ――』
「数えている間にも、発生地点が増えているのです。現場に必要なのは集計結果ではなく、後退の許可ですわ」
通信の向こうで、別の声が割り込んだ。
『自衛隊作戦担当です。《天穹の灯》が送った位置情報は、別方面から届いた報告とも一致しています。退路遮断の可能性あり。後退開始を支持します』
『しかし、隣接戦線への伝達がまだ――』
「でしたら、今すぐ伝えてください。私たちはその間に、後ろから来る魔物を止めます」
返答を待つ間にも、常磐木の後方で戦闘音が近づいていた。
やがて、作戦統合本部から指令が出る。
『新宿北側方面の各戦線へ。素材回収を中止し、第5階層まで段階的に後退。大手クランは周辺の中小クランを回収しながら下がってください』
「承知しました。ですが、遅いですわ」
常磐木は通信を風祭へ返した。
「静玖、全班へ。斥候を回収し、隣接クランから先に後退させ始めます。《天穹の灯》は最後尾よ」
「全班へ伝えます」
風祭が指示を転送し、《天穹の灯》は退路へ迫る魔物を迎え撃ちながら、担当方面の戦線を下げ始めた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




