第110話 史上最大のカーニバル③
第10階層でも、最初の迎撃は順調に進んだ。
安全領域から離れた草地では、探索者たちが持ち込んだ部材で簡易バリケードを組み、押し寄せる魔物をその前で受け止めていた。
魔物がバリケードへ食い込むたび、左右に控えた前衛が踏み込み、正面へ攻撃を集中させる。
倒れた魔物のあとにドロップ品が残ると、回収役が走り込み、次の魔物が来る前に袋へ放り込んだ。
「右から来るぞ!」
「こっちで止める! 回収は下がれ!」
群れの最後の一体が倒れると、後ろから別の探索者たちが部材を担いで走ってきた。
バリケードの端へ新しい部材を組みつけ、バリケードを横へ延ばしていく。
「回収袋が足りない! 空の袋を持ってきてくれ!」
「すぐ持っていく! 次も全部拾え!」
後方で待っていた探索者が空の袋を抱えて草地を駆ける。
その先に次の群れが姿を現すと、バリケードの前から「また来たぞ!」と歓声が上がった。
「交代だ。そこの前衛、いったん補給へ戻れ!」
「まだやれる!」
「肩当てが割れてる。替えたらすぐ戻ってこい!」
前衛は「俺の分も残しとけよ!」と言い残して後ろへ下がり、待機していた探索者が同じ場所へ駆け込んだ。
新宿北側方面と東京湾岸ダンジョン入口側の第10階層との間には直通ルートがなく、大きく迂回しなければ行き来できない。
カーニバル発生の通知が出た区域は、湖畔から相当に離れていた。
それでも同じ東京ダンジョン内の異変なら、壁や地面に生じる魔物の卵の数や孵化の時期が、第10階層でも多少偏ったのだろう。
湖畔周辺の探索者たちは、目の前の増加をその程度の影響だと考えていた。
前線まで移動する必要がなく、背後には湖畔休憩地もある。
数が増えるほど、探索者たちは好都合な狩り場を引き当てたと沸き立ち、バリケードの前から退こうとしなかった。
交代で湖畔休憩地へ戻ってきた探索者たちは、食事を受け取り、傷んだ防具を替え、消耗品の補充を終えた者から外へ向かった。
「起点から遠いのに、全然減らないんですよ」
交換した防具の留め具を締め終えた探索者が立ち上がった。
「倒した場所に、すぐ次が来るんです。こんな当たりの場所、初めてですよ」
外から「次が来たぞ!」と呼ばれると、探索者は笑い、待っていた仲間を追い越して正門へ駆けていった。
◇
特別営業は、俺たちが考えたとおりに動いていた。
「先輩、ニュースでは見たことがありますけど、私、カーニバルの最中にダンジョンへ入るのは初めてです。中ではこんなことになるんですね」
「俺も初めてだよ。ニュースで見ていた時は魔物の数ばかり気にしてたけど、補給で戻ってくる人数もすごいな」
「保存倉庫は、補給物資で棚が埋まるまで詰めましたよね。それでも、このペースだと1日で使い切りそうです」
「普段の営業なら何日ももつ量なんだけどな。売店と厨房には、足りなくなりそうな物が出たらすぐ知らせてもらおう」
「そうします。今日ばかりは、普段の営業で何がよく出るかなんて、あてになりませんから」
厨房から出した食事は待たせず渡せている。
若井の売店では補修品と交換用装備が動き、客室へ入った探索者も、休んだあと自分で歩いて正門へ戻っていった。
異変が見え始めたのは、同じ探索者が戻ってくるまでの間隔だった。
仲間と戻っていた人が、単独で消耗品だけを求めて走り込んでくる。
井瀬川と熊谷が保存倉庫から運ぶ箱の数が増え、売店の棚には空いた場所が目立ち始めた。
食事を受け取った人も、席へは向かわない。
その場で食べながら、正門へ戻っていく。
「先輩、戻ってくるのが早くなっていませんか。さっき装備を替えた方が、もう消耗品を取りに来ています」
小坂に言われ、俺も正門へ向き直る。
それまで戻ってきた探索者から聞いたのは、数が多い、倒しても途切れないという話までだった。
その直後、血のついた防具の探索者が正門から飛び込んできた。
中へ入って数歩で体勢を崩し、片膝をつく。
「先輩、怪我人です!」
俺は探索者へ駆け寄り、倒れかけた身体を支えた。
左腕の防具が割れ、その隙間から流れた血が手袋まで濡らしている。
「小坂、保存倉庫からポーションを箱ごと持ってきてくれ! 応急手当ての箱も頼む!」
カーニバルに備えて、ポーション類は普段より多く保存倉庫へ入れてある。
小坂が保存倉庫へ走るあいだに、俺は探索者を正門の内側へ座らせ、防具の留め具を指して自分で外せるか尋ねた。
探索者が自分で防具を外したところへ、小坂がポーションの箱と応急手当ての箱を抱えて戻ってくる。
俺はポーションを1本渡し、応急手当ての箱から清潔な布を取り出して腕の傷へ当てた。
「何があったんですか? 前線でやられたんですか??」
探索者はポーションを飲み終えると、手当てを受けたまま答えた。
「後ろにも湧いた」
「後ろ?」
「新宿北側からこっちへ流れてきた群れじゃない。俺たちの戦線の後ろ、それも回収場所よりさらに後方で、いきなり大量に湧いた」
「戦線の後方で、新しく大量に湧いたんですか?」
「ああ。さっきまで何もいなかった場所だ。突然大量に湧いて、後ろから襲われた」
探索者は座ったままスマートフォンを取り出し、仲間へ戦線後方での大量発生を知らせ始めた。
「小坂、受付で外からの報告を記録して、同じ内容が重なったら探索者協会の連絡先にも送ってくれ」
「分かりました」
湖畔休憩地には、別々のクランから探索者が戻ってくる。
俺たちが戦況を判断することはできなくても、ここへ集まった報告を止めてはいけない。
間もなく、探索者向けアプリへダンジョン庁の緊急更新が届く。
小坂がスマートフォンに届いた緊急更新を開いた。
「先輩、ダンジョン庁の緊急更新です」
「何が出た?」
「各方面の発生数だけではありません。発生の継続時間も、同時に成立している戦線の数も、過去の記録を超えています」
「第10階層と同じことが、ほかでも起きているのか」
「はい。戦線の後方で新たな大量発生を確認した区域も増えています。新宿北側の起点から各方面へ広がるという想定は、撤回されました」
「規模判定は?」
「……今回のカーニバルは、観測史上最大規模です」
店内から歓声は上がらなかった。
画面の文面を読み直した探索者たちが、仲間の位置と退路を確認し始める。
食堂で交わされる話は、今日の稼ぎから、どこまで下がれるかへ変わっていく。
後退命令が各戦線へ届くまでの数分間、別々の方面に配置されたクランが同じ異変に直面していた。
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