第108話 史上最大のカーニバル①
「都市運営会社の件は、いったん止める」
日下部は、パソコンに表示された注意喚起から目を離さずに言った。
「篠塚は観測部署を確認。甲斐谷は記載されている緊急連絡先を一覧にしてくれ。まだ予兆の段階だ。支援室から外へは何も出すなよ」
「はい」
「分かりました」
二人の返事を聞きながら、日下部はダンジョン管理部へ電話をかけた。
東京ダンジョン内では、通常値を上回る魔物反応が断続的に観測されていた。
ただし、カーニバルと断定できるほど発生数が増えたわけではない。
庁内では観測記録の照合と、発生した場合に備えた連絡が始まったばかりだ。
◇
翌14日、ダンジョン庁は一般向けの注意喚起を発表した。
説明映像の冒頭に映し出されたのは、東京都内の複数地点から地下へ伸びる入口と、その先に広がる巨大な領域の概略図だった。
東京ダンジョンは、地上に複数の入口を持つ超巨大ダンジョンだ。
その一つが、湖畔休憩地へ向かう東京湾岸ダンジョン入口で、過去にカーニバルが発生した新宿北側方面も同じダンジョン内にある。
説明担当者はその位置関係を示してから、過去の記録映像へ切り替えた。
『カーニバルは、単に多数の魔物が同時に出現する現象ではありません』
画面には、討伐を終えた直後の通路へ、次の魔物が押し寄せる様子が映る。
『特定方面で魔物の発生数と出現間隔が急変し、討伐しても次の集団が途切れなくなります。前線の処理能力を超えた場合、最初に問題となるのは後退路です』
前線を維持できていても、その後ろへ魔物が回れば負傷者を運び出せない。
補給路が切れれば、食料も装備も交代要員も届かなくなる。
回収したドロップ品が通路を塞ぎ、搬送をさらに遅らせた例もあった。
過去の記録には、大手クランが防衛線を維持する間に中小クランが討ち漏らしを倒し、地上の救護と搬送を増やすことで収束まで持ちこたえた成功例がある。
一方で、後退の遅れた部隊が退路ごと分断され、負傷者の搬送が滞った事例も残されていた。
避難後の補給施設が魔物に破壊され、死傷者が出たこともある。
『現場から後退または撤退の指示が出た場合は、必ず従ってください。ドロップ品の回収より、退路の確保と負傷者の搬送を優先してください』
説明担当者は、退路の確保と人命の優先を、言葉を変えながら繰り返す。
ところが同じ日のうちに、探索者向けの配信ではまったく別の映像が広がり始めていた。
配信に並んだのは、地面を埋めるドロップ品、平時なら探し回らなければ出会えない魔物をまとめて倒す有名探索者、そして過去最高の討伐数や素材の買取総額だった。
『もちろん危険です。ただ、過去のカーニバルを止めたのも探索者です。今回は国内大手が全部揃うと言われています』
配信者は庁の会見映像を小窓に出しながら、参加予定のクランを紹介していく。
魔物が増えれば、討伐報酬もドロップ品も増える。
数か月分の収入をまとめて得た探索者や、討伐映像をきっかけに有名クランへ加入した者もいた。
探索者向けのSNSには、どのクランが最多討伐を取るか、どの入口側が当たりになるかという予想が流れる。
危険性を伝える注意喚起よりも、大量のドロップ品を映した過去動画の方が勢いよく拡散され、話題の中心はどれほど稼げるのかへと傾いていく。
その熱気を見越し、素材業者は臨時買取所の開設を告知した。
装備業者は補修品の増便を決め、運送業者も回収した素材をすぐ地上へ運べるよう車両を押さえていた。
業者にとって、危険への備えは大きな商機を逃さないための準備にもなっている。
その一方で、ダンジョン庁は自衛隊や探索者協会を交え、各入口の管理拠点との連絡を進めていた。
自衛隊も地上に救護場所と搬送路を設け、避難者の受け入れと入口周辺の防衛に備えていた。
ダンジョン内部の担当区域と後退時の連絡は、探索者協会を通じて各クランへ伝えられている。
戦線と各クランの配置は、過去の発生位置と現在の観測値から、新宿北側方面を起点に魔物の増加が各入口方面へ広がる前提で組まれていた。
離れた複数地点から同時に発生する可能性は、この時点の想定に入っていなかった。
◇
9月16日、土曜日。
東京湾岸ダンジョン入口の地上管理施設には、夜明け前から大型車両が出入りしていた。
国内各地から到着したクランが装備箱を下ろすそばで、素材買取業者は空の回収箱と査定用タブレットを臨時区画へ運んでいく。
運送業者の車両も、買い取った品を地上倉庫へ運ぶため、指定された待機場所に並んでいる。
取材区域から離れた救護区画では、自衛隊が入口から運び出される負傷者に備え、車両を入れて搬送路を確保していた。
管理施設の外にはテレビ局と新聞社の取材陣が集まり、ダンジョン配信者も東京へ向かう途中から配信を始めていた。
入口前に着いてからは、参加クランの装備や過去の討伐記録を紹介している。
《天穹の灯》の常磐木律と風祭静玖が姿を見せると、待ち構えていたカメラが一斉に向けられた。
二人は足を止めて意気込みを語ることなく、探索者協会から渡された配置図を確認して地下へ向かった。
国内最高峰のクランまで参加している。
その姿だけで、周囲の探索者には、今回も大丈夫だという安心感が広がっていった。
◇
その安心感があるからか、担当区域の調整場所では、すでに縄張り争いに近いやり取りが始まっていた。
危険な前線ほど、現れる魔物もドロップ品も多い。
戦力のあるクランは前方を任せろと主張し、中堅クランは過去の実績を理由に配置変更を求めた。
「後方の回収だけじゃ、遠征費にもならない」
「稼ぎの配分を決めているのではありません。防衛線を維持するための配置です」
探索者協会の担当者が押し切る形で区域を確定させても、その様子は実入りのいい場所を取り合う前哨戦として配信されている。
発生前から、その熱気は地下のダンジョン都市にも及んでいた。
宿泊施設と食堂は前日から探索者で埋まり、装備店と修理店には最後の調整を求める列ができた。
臨時査定所には空の回収箱が積まれ、荷車と地上行きの搬送便も準備を終えている。
「うちはカーニバル中も買取中止はなしだ! どれだけ持ち込まれても買い取り続けるぞ!」
飲食店は営業時間を延ばし、都市内の配信者は混み合う店と空の回収箱を映して、カーニバル景気の始まりを伝えていた。
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