第107話 特異技能運用支援室、湖畔休憩地を調査する(後編)
館内から甲斐谷が出てきた。
四人全員が安全領域の外に出たところで、再度解除を実行する。
今度は操作が受け付けられ、4階建ての建物も湖畔も、目の前から消えた。
あとに残ったのは、ダンジョン都市の地面と通路だけだ。
「撤去したあとに、配管や基礎は残らないんですね」
篠塚は建物のあった場所を歩き、地面に設備が残っていないことを記録する。
「はい。休憩地を解除したあとは、元の場所を通れます」
俺は全員が範囲の外へ出ているのを見届け、解除前と同じ位置へ湖畔休憩地を展開した。
建物と湖畔が戻ったあとも、周囲の通路との位置関係は変わっていない。
「解除条件と再展開も確認できました。館内へ戻りましょう」
再展開した施設では、正面入口から食堂の奥にある避難口まで通路を歩いた。
テーブルや椅子は通路へ出ておらず、避難口の前にも荷物は置かれていない。
続いて2階へ上がり、大浴場から避難口へ出る経路と消防設備を確認する。
甲斐谷は扉を実際に開け、外側から物が立てかけられていないことまで調査票へ記録した。
1階の厨房では、水栓から水が出ること、排水が詰まっていないこと、清掃と温度の記録が残っていることを確認した。
小坂が管理画面で前営業日までの記録を開くと、篠塚が保存項目と記入時刻を書き留める。
「設備そのものは通常の建築物と異なりますが、営業時に確認する項目は記録されていますね」
「清掃と温度確認は、規模が小さかったときから続けています。今は担当を決めて、営業前と営業後に残すようにしました」
小坂が答えると、甲斐谷は記録の抜けがないか日付を追って確認した。
最後に、2階の会議室へ戻った。
甲斐谷は調査票に残った最後の未確認欄を示す。
「運営者が意識を失った場合の挙動は、今回も未確認とします。確認のために朝倉さんを意識不明の状態にすることはできません」
「そこが分からないままでも、大丈夫なんでしょうか」
「確認できない事項があることと、違反があることは別です。推測で安全とも危険とも書かず、未確認の項目として残します」
危険な試験で空欄を埋めず、分からないことは未確認のまま残すという説明なら、俺にも納得できた。
「では、今日の結果をお伝えします」
甲斐谷が調査票をテーブルへ置いた。
「湖畔休憩地は、解除後に建築物を残さない展開式の施設で、許可を受けた人だけが入れる境界を持っています。通常のダンジョン内施設とは、仕組みが明らかに異なります」
小坂は返答せず、甲斐谷の続きを待った。
「ただし、仕組みが違うこと自体を禁止する規定はありません。本日確認した範囲では、現行法に抵触する設備や運用も、ただちに運営を停止させる根拠も見当たりませんでした」
「営業は、このまま続けていいんですね」
「今回確認した設備と運用については、その認識で問題ありません」
甲斐谷はそこで言葉を区切った。
「ただし、これは国が湖畔休憩地の安全をすべて保証する認定ではありません。今後、新しい制度が作られた場合は、その内容に応じた確認が必要になります」
すべて終わったわけではない。
それでも、今の営業を止める理由は見つからなかった。
小坂が管理画面を閉じる。
「今後については、支援室から連絡をいただけるんですか?」
「はい。要望書への回答と、今後必要になる対応は支援室で整理します」
篠塚は調査書類を鞄へ収め、俺たちに向き直った。
「本日の確認結果はいったんこちらで持ち帰り、庁としての対応をまとめたいと思います」
◇
その日の夕方。
地上へ戻った篠塚と甲斐谷は、特異技能運用支援室で日下部へ調査結果を報告していた。
「通常の施設とは構造も撤去方法も異なりますが、確認した範囲に現行法違反はありません。運営停止の根拠も見当たりませんでした」
甲斐谷が結論を伝えると、日下部は調査票を受け取った。
「再現できなかった項目は?」
「運営者が意識を失った場合の挙動です。危険を伴うため試験せず、未確認として分けています」
「それでいい。さすがにそれについてはスキルの問題もあるし、確認自体が問題になる可能性だってあるしな」
篠塚は、朝倉と小坂が調査へ協力し、必要な記録も提示したことを補足した。
「あとは、結果を出したあとの反応ですね」
「都市側の反応は想定通りのような気もしますが」
篠塚が肯定すると、日下部は机上の書類を閉じた。
「長官と管理部長のところへ来ている照会を見るかぎり、東京湾岸地下都市開発株式会社は業界団体以外にも働きかけを強めているらしい。照会元は異なるが、同じ趣旨の話が複数の関係先から上がっている。ただ、誰がどこへ話を持ち込んだかまでは確認できていない」
「今日の検査結果を出した後の反発がすごそうですね」
「反発があっても、確認した結果は変えられません」
「外部への説明は支援室で引き取る。朝倉さんたちへ直接圧力がかからないよう、こちらの連絡窓口も改めて明記しよう」
日下部が今後の対応を決めた直後、業務用パソコンの右下に赤い通知が表示された。
職員向けの緊急注意喚起だった。
日下部が通知を開くと、画面上部に件名が表示される。
『東京ダンジョン内における大規模異変の確認について』
篠塚と甲斐谷も席を立ち、画面を確認した。
「なんと。このタイミングでカーニバルの予兆か…」
カーニバル(狂宴)とは、探索者業界でスタンピードを指す呼び名だ。
大量の魔物が発生する危険な現象でありながら、討伐報酬と素材を大量に得られる稼ぎ時でもある。
発生が公表されれば、国内各地のクランが東京へ集まり、狩り祭りのような騒ぎになる。
注意喚起の本文には、まだ発生を断定しない1文が記されていた。
『東京ダンジョン内に大規模な異変を確認。現在、原因および規模を調査中。本異変は、カーニバル(狂宴)発生の予兆である可能性あり』
「今回はどのくらいの規模なんでしょうね」
「前回は確か新宿方面で大量発生したので、お祭り感が凄かったの覚えてます」
「そうだな…。なんにせよこれで俺らも駆り出されるのは確定だぞ?」
日下部はそう言うと、二人はお互いに顔を見合わせ、げんなりとした表情を浮かべた。
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