第106話 特異技能運用支援室、湖畔休憩地を調査する(前編)
週明けの月曜日、午前。
俺は1階の受付で引き継ぎを済ませ、正面入口へ向かった。
予約の相手は、1週間前に電話をくれたダンジョン庁の篠塚だ。
湖畔から都市へ続く道を見ると、灰色のスーツを着た篠塚と、黒い鞄を持った甲斐谷がこちらへ歩いてくる。
二人は以前にも湖畔休憩地を調査した、ダンジョン庁の職員だった。
「お待ちしていました。遠いところまでありがとうございます」
「朝倉さん、お時間をいただきありがとうございます」
挨拶を返した篠塚が、正面入口の手前で立ち止まった。
4階建てになった建物を見上げ、視線を湖畔のキャンプ区画まで動かす。
「前に伺ったときより、ずいぶん大きくなりましたね。順調に成長しているんですね」
「はい。先週の定休日に、中規模へアップグレードしました」
「食堂の座席数も、かなり増えたように見えます」
甲斐谷は入口から食堂を見通し、増えたテーブルを数えていた。
「今は80席あります。2階には大浴場、外にはキャンプ区画も増えました」
「承知しました。本日は面談が目的ですので、設備の確認は改めて行います」
営業中の館内で調査を始めれば、利用者にもスタッフにも負担がかかる。
俺は二人を受付へ案内し、入館を確認してから2階の従業員区画へ向かった。
会議室では、小坂が資料と飲み物を用意して待っていた。
俺たち四人が席につくと、篠塚は要望書の写しをテーブルへ置く。
「先週のお電話でもお伝えしましたが、改めて現在の状況からご説明します」
俺と小坂は、手元へ渡された書類を開いた。
「ダンジョン関連の業界団体から、湖畔休憩地の安全性を審査し、その間は一時的な運営制限を求める要望が提出されています」
要望書には、利用者を選別する境界や、都市インフラと接続していない施設の安全性を確認するよう記されていた。
資料協力者の欄には、東京湾岸地下都市開発株式会社の名前がある。
「やっぱり、都市側が関わっていたんですね」
小坂は資料協力者の欄から目を離さない。
篠塚は書類を閉じず、そのまま答えた。
「要望の提出と、運営制限の決定は別です。現時点で、ダンジョン庁が湖畔休憩地の営業停止や一時的な運営制限を決めた事実はありません」
「止めるための法律もない、という理解でいいですか?」
「現在確認できている事実だけで、運営を止める根拠はありません。ただし、安全上の照会を受けた以上、庁として実態を確認する必要はあります」
止める理由がないから、何も調べないという話ではないらしい。
その線引きを先に説明するために、篠塚たちは今日ここへ来たのだ。
「それと、私たちは特異技能運用支援室の担当として伺っています」
篠塚は、前回の調査時とは異なる所属名を告げた。
「支援室は、朝倉さんご自身による技能の運用と、湖畔休憩地の独立した営業を支援する部署です。技能の使用を管理するための部署ではありません」
「独立した営業というのは、都市運営会社の傘下に入らなくてもいい、ということですか?」
小坂が尋ねると、篠塚が頷く。
「はい。現在の法制度で、都市運営会社が朝倉さんへ加入や技能情報の提出を強制することはできません」
「鑑定の内容もですか?」
以前、真壁に見てもらった【休憩地】の鑑定結果を思い出す。
「鑑定を含む技能情報は個人情報として扱います。本人の同意や法的根拠がないまま、支援室から外部へ渡すことはありません」
俺はようやく、渡された要望書を落ち着いて読み直せた。
都市側が動いていることに変わりはないが、国がその要望を受けて湖畔休憩地を止めようとしているわけではない。
甲斐谷が黒い鞄から調査項目をまとめた書類を出した。
「そのうえで、現在の施設を確認させてください。前回の調査後に規模と設備が変わっていますので、都市動線への影響、境界の入退場、施設を解除するときの挙動、避難と衛生に関する設備を確認します」
「営業しながらでもできますか?」
「施設を解除する確認も含まれます。利用者とスタッフがいない定休日に行うのが安全です」
小坂が予約管理画面を開くと、次の定休日の予約欄は空いていた。
「でしたら、あさってはいかがですか。予約は入っていませんし、スタッフにも出勤を頼んでいません」
「ありがとうございます。では、次の定休日に調査させてください」
篠塚は日程を記入してから、俺と小坂の顔を見た。
「調査結果と、今後制度が変わる可能性は分けてご説明します。今回問題が見つからなかったとしても、将来の制度まで保証する認定にはなりません」
「分かりました。今の法律でどう見えるのかを、まず調べるということですね」
「そのとおりです」
面談はそこで終わり、俺は篠塚と甲斐谷を正面入口まで見送った。
◇
2日後、定休日の朝。
湖畔休憩地は定休日で、館内と安全領域内に一般の利用者はおらず、勤務中のスタッフもいない。
それでも、安全領域の外には相変わらず探索者たちのテントが並んでいた。
探索者たちはテントの前で朝食を取ったり、出発前の装備を整えたりしている。
館内にいるのは、俺と小坂、再び訪れた篠塚と甲斐谷だけだった。
調査は、施設の外から始まった。
甲斐谷は都市側の地図と現在地を照らし合わせながら、正面入口へ続く道と搬入口の位置を確認する。
「主要な通行経路を塞いではいません。転移施設までの動線にも、現時点で支障は見当たりません」
四人で建物の外周を回ったが、都市の配管や電力設備へつながる箇所もなかった。
湖畔休憩地は大きくなっても、周囲の施設から水や電気を引いてはいない。
「次に、入場許可の確認をお願いします」
篠塚だけが正面入口の外へ残り、俺は管理画面から一時的に入場許可を外した。
「入場許可を外しました。このまま入口から入ってみてください」
篠塚が入口へ足を進める。
境界に触れる位置まで来たところで、それ以上は前へ進めなくなった。
「強く押しても、身体は境界の内側へ入りません」
「では、許可を戻します」
管理画面を操作すると、篠塚は同じ場所から問題なく入館した。
そのまま外へ戻る動きも妨げられない。
甲斐谷が結果を記録し、次の確認内容を告げる。
「入場を制限された人でも、退出は妨げられません。前回と同じ挙動です」
続いて、施設を解除するときの確認に移った。
甲斐谷が1階ロビーに残り、俺と小坂、篠塚は正面入口から安全領域の外へ出る。
俺は管理画面で湖畔休憩地の解除を選んだ。
しかし操作は受け付けられず、画面には施設内に人がいるため解除できないと表示される。
「こちらは変わっていません。甲斐谷さんが館内にいるかぎり、俺から施設を消すことはできません」
「確認しました。解除操作を中止してください」
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