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【書籍化決定!】ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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105/113

第105話 国内最高クランから勧誘されました

 「え?」


 俺は驚いたまま小坂を見た。

 少し遅れて、小坂も俺を見る。


 「えっと……聞き間違いでなければ、俺はいま、クランへ勧誘されたんでしょうか?」


 常磐木はうれしそうに笑い、迷いなく頷いた。


 「……理由を伺ってもいいですか?」


 「理由は1つ。この宿泊施設ですわ」


 俺も小坂も返事ができなかった。


 「クランマスター。その言い方では、警戒されるのも当然かと」


 風祭に指摘され、常磐木は俺たちの座り方を見た。


 「ふふふ、確かにそのとおりね。現に、こんなにも警戒されてしまったもの」


 気づけば俺は、いつでも立てるように椅子の前へ重心を移していた。

 背もたれへ身体を戻し、常磐木へ返す。


 「申し訳ありませんが、その誘いを受けることはできません」


 隣で小坂も黙って頷いた。


 「あら。まだ何も条件を申し上げていないのに、断られてしまうとは……」


 常磐木がちらりと風祭を見る。

 風祭は頷くと、俺たちへ向き直った。


 「朝倉さん、余計な警戒をさせてしまい、申し訳ありません。もう少し説明を加えさせていただきます」


 「お願いします」


 「我々《天穹の灯》は、朝倉さんがダンジョン内に安全領域を作り出せる、そのスキルを高く評価しています」


 俺は椅子の肘掛けを握った。


 「……この湖畔休憩地を、スキルで作ったと言った覚えはありませんが」


 「あははは! 面白いことをおっしゃるのね、朝倉さん。もしこれが魔道具であれば、話はもっと簡単でしたもの」


 小坂が、すぐに聞き返す。


 「魔道具ではないと判断した根拠を、伺ってもいいですか?」


 「簡単よ。この施設の至る所に、スキル特有の魔力ラインが形成されているじゃない」


 「魔力の……線ですか?」


 俺と小坂の声が重なった。


 「クランマスター。その説明だけでは、お二人には伝わらないかと」


 「あら、それは失礼。私のスキルは有名でも、何が見えるのかまではご存じない方が多いですものね」


 常磐木は自分の目を指した。


 「私の固有スキルは【魔眼】。普通の目では捉えられない魔力の流れを、線として見ることができますの」


 「そんなものまで見えるんですか……」


 「ええ。この建物には、壁や床、天井から外の安全領域まで、1つの起点につながる魔力の通り道が張り巡らされていますわ。それが魔力ラインですの」


 常磐木は、会議室の壁から天井へ指を動かした。


 「魔道具なら、魔力は核となる部品と術式の中を巡ります。けれど、ここでは施設全体が同じ魔力ラインでつながり、展開された状態を保ち続けている。これは常設型スキルの特徴ですわ。これで理解できたかしら?」


 俺と小坂は互いを見たまま、言葉を失った。

 施設をスキルだと疑う人がいることは分かっていたが、目で判別できる探索者がいるとは考えていなかった。


 「朝倉さん。これはクランマスターの【魔眼】があるからこそ断定できることです」


 風祭が説明を引き継ぐ。


 「ですが、そうでなくとも、この広さの安全領域と施設を同時に維持する効果は、一般的な魔道具では説明がつきません」


 「だから、スキルだと?」


 「はい。むしろ、これが持ち運べる魔道具だったなら、今頃お二人が生きていなかった可能性さえあります」


 「えっ?」


 小坂の身体がこわばった。


 「考えてみてください。魔道具であれば、所有者でなくとも奪えば使えると考える者が出ます。これほどの安全領域を作れる品なら、力ずくで持ち去ろうとする者が現れてもおかしくありません」


 俺は椅子を引き、小坂をかばえる位置へ身体をずらした。


 常磐木が右手を上げる。


 「あら、誤解させてしまったようね。私たちが奪う、という意味ではありませんわ」


 「では、先ほどの話が簡単というのは?」


 「もし魔道具で、それが誰かに奪われたのであれば、奪った者から取り返せばいい。そういう意味ですの」


 小坂が机の下で俺の腕に手を添えた。


 「先輩……」


 「あ、ああ。小坂、すまない」


 俺は引いた椅子を元の位置へ戻し、座り直した。


 「朝倉さん。もちろん、我々のクランへ加入していただけるのであれば、それ相応の待遇でお迎えします」


 風祭が言うと、壁際に立っていた大盾の男が書類の入った薄いケースを差し出した。

 風祭は中から数枚の書類を取り出し、テーブルの上へ置く。


 「こちらが、加入いただく場合の条件です。ご確認ください」


 書類の最初に提示年俸があり、その下には加入後の序列と、利用できる福利厚生が記されていた。

 俺が最初の欄で止まっていると、小坂が横から書類をのぞき込む。


 「…………せ、先輩。年俸が9桁を超えているんですけど」


 「…………ミスプリントかな」


 「あははっ! ミスプリントなわけがないでしょう?」


 常磐木は、俺たちの反応を楽しそうに見ていた。


 「あなたたちの探索者としての価値を、お金に換算すればそれだけになるということよ」


 「そのとおりです。まだ検証は必要ですが、ダンジョン内へ安全領域を作り、その中で食事と宿泊まで提供できる。世界でも例がなく、深層攻略の前提を変え得る力です」


 俺も小坂も、書類から目を離せなかった。

 会社員として何年働けば届くのか、考える気にもならない金額だった。


 「それで、どうなの? 考え直してくださるかしら?」


 常磐木がテーブルへ身を乗り出す。


 「そこに書いていない条件でも、できる限り受け入れるわ」


 俺は目を閉じた。


 この金額があれば、地上でできることはいくらでも増える。

 それでも、答えは変わらなかった。


 目を開き、書類を風祭の前へ戻す。


 「申し訳ありません。クランへの加入は、お断りさせていただきます」


 常磐木の笑みが消えた。


 「……あなたたちが加入するための条件は、ほぼすべて受け入れる用意がありますわ。お金? 名声? 社会的地位? 望むものがそれなら、私が叶えてあげる」


 俺は初めて、常磐木の目を正面から見た。


 「常磐木さん。俺たちを高く評価してくださったことは、本当にうれしく思います。ですが、そのお話には乗れません」


 「だから、なぜ?」


 「……俺には、一生を懸けてでも叶えたい夢があるんです」


 そう言って、小坂を見る。

 小坂は俺の答えを待つように、何も言わず頷いた。


 「この湖畔休憩地は、ダンジョンに生まれたばかりの小さな宿屋です」


 今朝も、営業再開を待ってくれていた人たちがいた。


 「それでも、たくさんの人が利用してくれて、応援してくれています。俺が生涯を懸けて叶えたい夢は、ここにあるんです」


 湖畔休憩地を、いつか誰もが知る宿泊施設にする。

 その夢を手放して、別の場所へ行くことはできない。


 「だから……申し訳ありません」


 常磐木はしばらく俺を見ていたが、やがて背もたれへ身体を預けた。


 「……まさか、そんな理由で振られるとはねぇ。この私が」


 ため息をつき、席を立つ。


 「分かりました。今日は引きますわ」


 風祭も立ち上がり、書類をケースへ戻した。

 常磐木が扉へ向かうと、大盾の男が先に扉を開けた。

 会議室を出る直前、常磐木がこちらを振り返る。


 「……これで諦めたとは思わないでね。私、しつこいんだから」


 常磐木は笑みを浮かべ、風祭たちと一緒に会議室を出ていった。

 扉が閉まる音を聞いてから、俺と小坂は顔を見合わせた。


 「先輩……これ、現実ですか?」


 「…………そうだな。夢かもしれない」

読んでいただきありがとうございます。

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