第104話 湖畔休憩地(中)、営業再開です!(後編)
午前10時になる頃には、正門前へ利用券を持った探索者たちが並んでいた。
正門の内側では、小坂がこよりと曽布川へ受付開始を伝える。
井瀬川も三人の隣へ立ち、小坂が一歩前へ出て、待っていた人たちへ声を届けた。
「皆さん、お待たせしました! これから営業を始めます!」
盛大な拍手が巻き起こった。
「待ってたぞー!!」
「施設、新しくなってるじゃん!」
「この日のために、チケット争奪戦を勝ち抜いてきました!!」
「こよりちゃん、今日もかわいいね!!」
最後の声に、こよりの頬が一気に赤くなる。
「はわわ! ど、どうしましょう……」
「こよりは何気に探索者に人気ある」
「み、湊ちゃん!!」
曽布川も口元を緩め、こよりの横から利用者へ手を振った。
「こよりちゃんの『はわわ』は、みんな聞きたいって言ってますよ」
「か、からかわないでくださいっ!」
「ほらほら、みんな戻るよ?」
小坂が三人を促し、営業再開となった。
入場券と予約の確認が終わった人から、正門を抜けて館内外へ分かれていく。
以前のロビーなら受付前で列が詰まっていた人数だが、今は食堂へ向かう人と館内説明を待つ人が別々に並べていた。
食堂へ入った探索者は、80席になった広さだけでなく、湖側に並ぶ大きな窓にも足を止める。
泥のついた装備を荷物置きへ預け、窓際の席へ座った二人組が、木製の汁椀から立つ湯気の向こうに湖面を眺めていた。
「この景色を見ながら温かい物を食べられるなら、都市まで戻らなくてもいいな」
「前は席が空くまで外で待ったけど、今日はすぐ座れたぞ。広くなったのは本当に助かる」
厨房でも、増えたコンロがすぐに役立った。
来戸が肉料理を仕上げる横で、五里蔵は大鍋のスープをよそい、森野は湖畔スイートポテトの追加分を並べていく。
チカは完成した料理を受け取ると、調理中の来戸と五里蔵のあいだを通らず、そのまま食堂へ運べる。
大浴場を利用した探索者たちは、タオルで濡れた髪を拭きながら2階から下りてきた。
「足を伸ばして湯につかれるとは、地上へ戻ってきた気分だ……」
「しかも窓の外が湖だぞ。あれはずっと入っていたくなる」
「温泉じゃないって書いてあったけど、俺には贅沢なくらいだ」
脱衣所の入口では、阿武原が次の利用者へ空いているロッカーを案内していた。
浴場から出た人の動きが止まらないよう、回収したリネンは珍波が別の通路から洗濯区画へ運んでいる。
外では、井田が湖畔キャンプ区画を予約した探索者を区画番号まで案内していた。
大きな荷物を下ろした一人が、整えられた地面へテントの収納袋を置き、周囲を見回して声を上げる。
「ここへテントを張って、一晩過ごせるんだよな?」
「はい。受付登録を済ませた方なら、予約した区画を宿泊に使えます。地面での直火は禁止なので、火を使う時は登録した器具をお願いします」
「分かってるって。安全領域の中で寝られて、トイレと水場まであるんだ。それだけで文句なんかないよ」
共同シンクでは、別の利用者が水筒へ水を入れ、屋根付き休憩所では探索帰りの一団が背負っていた荷物を下ろしている。
珍田は正門から屋外区画まで歩き、違反が無いか確認していた。
売店に立つ若井のところへは、キャンプ区画で使える消耗品を尋ねる人が続いた。
若井は必要な物を聞いてから棚へ案内し、売り切れた商品だけを補充担当へ伝えている。
館内の席が増え、屋外にも正式に休める場所ができたことで、一つの場所へ人が固まらなくなった。
営業開始直後の混雑が落ち着くと、受付スタッフにも利用者と話せる余裕が戻ってくる。
曽布川が井瀬川へ話しかけた。
「ようやくひと段落ですね。食堂と大浴場へ向かう人が分かれたので、受付前も早く空きました」
「外のキャンプ区画へ向かう人もいたから。前より受付に人が固まらなかった」
「この広さなら、午後も前のような列にはならなさそうですね」
その時、ロビーへ四人組が入ってきた。
先頭にいるのは、白い外套型の探索装備をまとった若い女性だった。
年齢は小坂より下に見えるが、外套へ縫い込まれた銀糸が、歩くたびに術式の輪郭を浮かび上がらせている。
手にした長杖も装飾品ではなく、握る位置だけ表面が滑らかになるほど使い込まれていた。
その半歩後ろには、黒い長外套と軽装鎧を身につけた女性が続く。
腰に目立つ武器はない。それでも、周囲の探索者は彼女が通ると自然に道を空けた。
さらに後ろには、大盾と片手剣を背負った大柄な男と、複数の細長いケースを抱えた女性がいる。
二人とも先頭の女性だけを守るのではなく、入口と階段、食堂へ続く通路まで確かめながら歩いていた。
装備の材質も、4人の立ち位置も、普段の利用者とは明らかに違う。
曽布川は受付用タブレットを立ち上げ、井瀬川はカウンター脇へ移った。
黒い外套の女性が受付前へ進み、落ち着いた声で告げる。
「すいません、こちらの責任者と話したいのですが」
曽布川は一瞬返事に詰まったものの、すぐに答えた。
「少々お待ちください。ただいま確認してまいります」
井瀬川に受付を任せ、曽布川は受付裏の運営室へ入ってくる。
俺は午前の受付状況をまとめた集計画面から顔を上げた。
「受付で、朝倉さんとの面会を求めている4人組をお待たせしています。皆さんかなり上位の探索者に見えます」
「俺に? 誰だろう」
曽布川と一緒に受付へ出ると、白い外套の若い女性と、黒い外套の女性がこちらを向いた。
黒い外套の女性が俺の前へ進む。
「あなたが、ここの責任者の……方で?」
「はい。朝倉といいます」
黒い外套の女性は、後ろにいる若い女性へ頷いた。
「突然の訪問となり、申し訳ありません。本日はご相談したいことがあり、こちらへ参りました」
そう言って差し出されたクランカードを受け取る。
カードには、《天穹の灯》というクラン名と、サブクランマスターを務める風祭静玖の名が記されていた。
「《天穹の灯》……」
「改めまして、《天穹の灯》でサブクランマスターを務めております、風祭静玖と申します。こちらがクランマスターの常磐木律です。後ろの二名は随行の者です」
国内最高峰と呼ばれるクランのトップ二人が、そろってここまで来た。
すぐには次の言葉が出なかったが、いつまでも黙ってはいられない。
「もちろん、《天穹の灯》は知っています。国内でもトップクラスのクランですから。それで、そのクランマスターとサブクランマスターが、俺にどのようなご用件でしょうか」
風祭が話し始める前に、受付待ちの探索者から声が上がった。
「常磐木律だ……」
「嘘だろ。風祭静玖までいるぞ」
食堂へ向かっていた人まで足を止め、受付の周りがざわつき始める。
「ここでは、ほかの利用者の耳にも入ります。もし可能であれば、別室でお話しできませんか?」
「分かりました。2階の従業員区画に会議室があります。そちらへどうぞ」
俺は曽布川に、小坂も会議室へ呼んでくれるよう頼んだ。
4人を2階へ案内し、会議室に入る。
常磐木と風祭がテーブルの向かい側に座り、随行の二人は壁際に控えた。
少しして、小坂が会議室へ入ってくる。
扉を閉めた小坂は、座っている二人を2度見どころか3度見した。
「せ、先輩!? どうして常磐木律さんと風祭静玖さんがここにいるんですか!?」
「今からそれを聞くところだ」
「常磐木律さんは、魔術の名門・常磐木家のご令嬢で、18歳なのに日本でトップ3に入ると言われている魔術系探索者ですよ!」
小坂の説明は止まらない。
「風祭静玖さんも、【空撃】で圧縮した空気を操る有名な探索者です! その二人がクランマスターとサブクランマスターをしている《天穹の灯》は、国内最高峰のクランですからね!?」
「分かったから、落ち着け。まずは座ってくれ」
小坂を俺の隣へ座らせ、改めて名乗る。
「朝倉歩です。この湖畔休憩地の運営責任者をしています。こちらは共同運営者の小坂由真です」
「こ、小坂由真です。よろしくお願いします!」
常磐木が俺に聞く。
「あなたが……ここの責任者なのね」
「はい」
「では、単刀直入に申し上げますわ」
常磐木は、挨拶が終わるなり本題を切り出した。
「あなた、私たちのクランに入らない?」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




