第103話 湖畔休憩地(中)、営業再開です!(前編)
翌日から、宿泊型(中)を使った営業準備が始まった。
木場の主工場内へ実際の施設を展開し、送還していた20人を再召喚する。
初めて見る4階建ての館内に驚きの声は上がったものの、立ち止まっていたのは最初だけだった。
小坂と受付担当は、広くなったロビーで入場待ちと食堂待ちの列をどう分けるか確かめる。
井瀬川と秘山は、新しい保存倉庫へ営業用の物品を運び込み、棚の奥へ手が届くか、補充する人と持ち出す人がぶつからないかを実際に試していた。
阿武原と珍波は大浴場へ向かい、濡れた床を清掃する順番や、使用済みの物を浴場から洗濯区画へ運ぶ経路を見て回る。
若井は売店の棚を埋める途中で通路へ立ち、荷物を背負った探索者がすれ違えるだけの幅が残っていることを確かめていた。
俺が一つずつ指示しなくても、全員が自分の担当で必要になる場所へ向かっている。
初期の頃とは違い、何を見れば営業中に困らないのか、もう皆が知っていた。
厨房へ入ると、海路と来戸が増えた調理台の前に立っていた。
厨房そのものが以前のほぼ2倍になり、コンロの数も2倍に増えている。
海路は端から端まで歩いたあと、隣のコンロに立つ来戸との間隔を確かめた。
「これは、めちゃくちゃ助かる……」
「前は通り幅がそこまでなかったので結構よけながら通ってましたよね」
来戸も鍋を持ったつもりで調理台から洗い場まで歩き、誰もいない通路を見て頷いた。
今までなら料理を運ぶチカと、コンロに立つ人が同じ場所を通ることもあったが、これなら加熱調理と盛りつけを離せる。
「そろそろ調理の担当も更新しないとな」
俺が声をかけると、海路は新しい厨房を見回した。
海路には献立全体と【特殊調理】を使う仕込みを任せ、来戸は肉料理を中心とした加熱調理を受け持つ。
五里蔵は精肉と大鍋、森野は甘味と副菜、チカは盛りつけと食堂への受け渡しを中心にする。
食堂が混む時間は、受付班から犬飼、清掃・備品班から井瀬川にもホールへ入ってもらう。
犬飼は席への案内と注文、井瀬川は食器回収と席の片づけを受け持ち、チカ一人へ仕事が集中しないようにした。
忙しい時間は互いに手を貸すが、最初に誰が見る料理なのかを決めておけば、コンロが増えても同じ鍋へ二人が向かうことはない。
「献立を増やす時は、主菜と副菜、甘味の品数が偏っていないか、私も一緒に確認します。海路さんがまた肉料理ばかり増やそうとしたら、止めますから」
森野が先に釘を刺すと、海路は苦笑した。
「分かっている。今回は肉料理だけを増やすつもりはない」
「海路さん、その返事は前にも聞きましたよ?」
チカがそう重ねると、厨房に笑いが広がった。
担当を決めたあとは、次の営業で使う食材と食器を運び込む。
広くなったからといって、空いた棚をすべて埋める必要はない。
補充へ戻る回数が減る量を用意し、残った場所は営業中に物が増えた時のために空けておくことにした。
2日かけて調べ上げ、足りない物を地上から補充する。
最後の確認を終えた頃には、備品の置き場所や作業の順番に問題を見つけた者が、俺の指示を待たず、関係する担当へ声をかけて直していた。
ロビーからその様子を見ていると、思わず声が漏れた。
「ずいぶんと頼もしくなったなぁ」
「最初の頃とは雲泥の差ですね、先輩!」
すぐ近くで小坂の声がして、俺は思わず振り向いた。
「びっくりした……。いつからそこにいたんだ?」
「先輩が、しみじみと皆を眺め始めた辺りからです」
小坂は、備品を抱えて階段を上がっていく熊谷たちへ視線を向けた。
「本当に。短期間だけど、よくここまで突っ走ってきたな」
「ですです! でも、まだまだ突っ走っていきましょう、先輩!!」
「ああ、そうだな。ここからが本当の意味で正念場だ」
営業再開を知らせる告知を出し、宿泊型(中)になって初めての利用券と予約を受け付ける。
そうして3日間の臨時休業は終わった。
◇
営業再開当日の午前2時。
俺と小坂が10階層の湖畔へ着くと、疑似太陽の光が届かない草地に、野営用の照明がいくつも並んでいた。
休業前にも境界の外で夜を明かす探索者はいたが、今夜は湖へ向かう道の両側までテントが続いている。
「せ、先輩……。いつも以上に多くないですか?」
「あ、ああ。倍じゃきかないぞ、これ」
小坂がYを開くと、営業再開を待つ投稿が夜中にも流れ続けていた。
休憩地が一瞬で現れるところを見たいという人が多く、投稿を追う限り、待っている人の半分ほどは見物目的らしい。
さらに、再開後の利用券と予約数が以前より増えているため、休業中に施設をアップグレードしたのではないかという予想も広がっていた。
「出てくる瞬間を撮るために、ずっと動画を回している人もいるみたいです」
「そこまでして見るものなのか……?」
俺たちにとっては営業日のたびに行う展開だが、周囲から見れば巨大な建物が何もない場所へ現れる。
映像に収めたい気持ちは、分からなくもない。
ところが、いつも宿泊施設を出していた場所だけは、不自然なほど広く空いていた。
周囲のテントはそこへ入り込まず、大きな空白を囲むように並んでいる。
「ここに設置しろと言わんばかりの空白地帯ですね……」
「こういう時は一致団結するんだよなぁ……本当に」
俺たちは空白地帯の中心まで進んだ。
すぐに建物を出さず、【休憩地】の展開範囲だけを表示する。
最大まで広げた安全領域も、建物の外側へ設定する湖畔キャンプ区画も、周囲のテントには重ならない。
「おお、結構余裕あるな」
「みんなも、これに慣れてきているんですね」
見物人が残してくれた空白のおかげで、入口から湖へ抜ける通路まで予定どおり確保できる。
俺は宿泊型(中)と屋外区画の設定を確定した。
「展開するぞ」
「はい! お願いします!!」
宿泊型(中)の施設が、何もなかった草地へ現れた。
4階建てになった建物の外壁が夜間照明に照らされ、その周囲には管理塀と正門、湖側には腰の高さほどの柵が続いている。
建物の横には12のキャンプ区画と屋根付きの共用休憩所が並び、共同シンクと屋外トイレにも明かりが入った。
これだけの物が現れたのに、音は一つもしない。
こちらを見ていなかった探索者は、まだ施設の出現に気づいていなかった。
「改めて現地で展開すると、かなり大きくなったなぁ」
「ですです。前の休憩地も大きいと思いましたけど、さらに大きくなりましたね」
俺たちは正門から館内へ入り、20人を順番に呼び出した。
最後の一人が到着すると、全員が木場で決めた場所へ散っていく。
厨房では海路たちが持ち込んだ食材と設備を確認し、受付では小坂、曽布川、こよりが予約一覧と入場券の読み取りを試す。
阿武原たちは大浴場の湯と床を確かめ、井田と珍田は屋外区画の門、照明、消火設備を見て回った。
「営業再開時間は10時からだから、チェックが終わったら各自休憩に入ってくれ」
「分かりましたっ!!」
こよりの声が、広くなったロビーの奥まで響いた。
「こより、元気良すぎ」
「はわわ! す、すいません。つい……」
「元気がいいのは、いいことよ」
チカが笑いながら返し、こよりも恥ずかしそうに頷いた。
館内外の確認を終えると、朝の担当を除いたスタッフは仮眠室や従業員区画へ入り、午前10時まで身体を休める。
一方、外では施設に気づいた人の声が少しずつ増えていた。
「お、おい!! いつの間にか湖畔休憩地が姿を現しているぞ!」
「全然気づかなかった!」
「これだけの施設がいきなり目の前に現れているのに、音もしなかったぞ……」
「動画を回し続けてたから、今のところをチェックします!」
眠そうにしていた人までテントから出てきて、画面や施設を確かめ始める。
「前の外観と全然違うぞ。4階建てになってないか?」
「外にも施設ができてるし、どこからどう見てもキャンプ場なんだが」
「安全領域も広くなってるな。ここから先は入れない」
「やっぱり、スキルで出しているのはほぼ確定だろ」
「世の中にこんなスキルがあるなんて聞いたことないぞ」
「このスキルの持ち主、うちのクランに欲しいな」
「無理だろ。有名クランも動き始めてるって話だぞ」
そんな声が飛び交う中、少し離れた場所にいた一団だけは騒がなかった。
施設の全景を確認した男が、通信用の携帯機を耳へ当てる。
「こちら現地班。出現を確認しました」
『そうか。すぐに向かわせる』
「了解」
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