百物語
何時もの幻想郷の昼頃。寺子屋に届け物を届けたついでに、子供たちを相手に遊んでいた阿求に、突然子供たちは言った。
子供「ねぇ阿求お姉ちゃん、百物語って知ってる?」
阿求「えぇ…知ってるけど。突然どうしたの?」
子供2「今夜皆でしようって言ってたんだけど…僕たちだけじゃ怖いし、慧音先生に言ったら「そんな怖いもの見たさでするな」っていうんだ。でもやっぱり、どうなるのか見てみたくて…お願い!」
数人の子供たちは次々と阿求に頼み込む。
阿求「わ、わかったわ。でも、危なくなったらすぐに止めるのよ?」
子供たちの勢いに押されてつい了承してしまった。九月さんが来たら、外の見回りをしてもらおうかな。
そんなことを考えながら過ごし、時刻は夜の9時になった。場所は阿求の屋敷の阿求の寝室。いつものように幻想入りしてきた九月が襖を開けると、大量に並べられた火のついたロウソクと、それを囲む数人の子供達。
九月「ぅお…どうしたのその子達…」
阿求「九月さん…。今夜、この子達と一緒に百物語をするんです。なので、何か奇妙な妖怪が出現するかもしれません…九月さん。身勝手ながら、気を付けてください」
九月「おう、任せてくれ。絶対に阿求と…あと君たちを守ってやるからな」
子供「お兄ちゃん頼もしい!」
阿求「お願いします」
九月「…百話、全部するの?」
阿求「いえ、九十九話で終わらせると子供たちには言ってます。本当に危険なことが起こらないように百話目は言わない約束です」
九月「なら安心した」
九月は襖を閉め、縁側に座る。
阿求「じゃあ、始めましょう…まずは、私から…」
あれは、2年ほど前の冬の頃…。寒かったから囲炉裏の火で温まっていると、その囲炉裏から砂じゃない物が見えていたの。何かしら?と思って、棒でかき分けて確認してみたら、それは焼けた人の手首だったんです。右手首だけが砂に埋まってて。びっくりして部屋から逃げたんですが…その後、囲炉裏の火を消そうとしてた使用人の方が、不注意で右手を大火傷してしまって…傷を見せてもらったんだけど、囲炉裏の中にあった手と全く一緒だったんです…。
阿求「これで、私の話は終わりです…まずは1話」
ロウソクの火をフゥっと消して、一人の子供が話を始める…。
子供「い、いきなり怖いよ~」
九月「始まったのか…。何も起きなきゃいいけど…」
そう呟いた九月が座る縁側の真下。そこには、月の光で黒い光沢を輝かせるムカデの姿があった。しかし、今は誰も気づいてはいない…。
子供「じゃあ次は僕が…」
二人目の子供が話を始めた途端に、ソイツは動き出した。
九月「っ!?」
縁側の下から這い出してきたムカデ。ただのムカデであれば、それほど驚くこともなかっただろう。しかし、そのムカデは違った。縦3m、横幅1mもある巨大なムカデだ。黒い体液を口から溢しながら、ギジギジと奇妙な音を立てて襲ってくる。
九月「うおおおおお!?」
咄嗟に刀を抜き出したのが功をなし、ムカデの突進を防ぐことができたが、勢いに押されて一歩後ろに後退してしまう。これ以上下がってしまったら、襖を倒して中に居る子供や阿求を怖がらせてしまうし、この化け物が阿求を襲ったらと考えると、刀を握る握る手に力が入り、巨大なムカデを押し斬る。傷口からは黒の体液が少しだけだが飛び散り、怯んだムカデはグニャグニャと揺れながら縁側の下に逃げていく。
九月「阿求!妖怪だ!子供を連れて奥に逃げてくれ!」
阿求「いいえ、無理です…」
九月「ど、どうして」
阿求「私の能力は、見たものを忘れない程度の能力…なのに、その妖怪の存在を忘れてしまっていた…。この百物語を終わらせないといけないんです」
九月「どういう意味なんだ?」
阿求「そのムカデは、百百足。百物語をするとどこからともなく現れる。百百足は、百物語が終わるまで暴れ続けます。百物語を終わらせないために、語り手の人たちを食い殺す。そうすれば、百物語は終わらない…」
九月「そんな…」
襖越しに話す二人の会話、子供たちは怯えきっている。
阿求「話を一つ消すごとに脚が一本消えていく…。全部の脚が消えるまで、百百足の暴走は止まりません」
九月「でも、今から九十九話。全て話し終えるなんて、時間がかかりすぎる!」
阿求「だから、この子達には協力してもらいます。聞いてもらわなくてもいい、兎に角、怪談話をそれぞれ読み上げてください。そうしないと、九月さんが危ない…!」
阿求の作戦に勘付いたように、またも縁側の下から這い出てくる百百足は今度は自分ではなく、襖目掛けて突進する。それを阻止する為に小刀を抜き取り、百百足の脳天に突き刺し、何度もかき回す。その度に百百足はギィギィと奇妙な奇声を上げながら、黒の体液を廊下や襖に飛散させる。
子供「ひぃ!」
襖に掛かった体液で子供たちは恐怖し、読んでいた怪談を止めてしまう。
阿求「大丈夫よ、安心して、かならず九月さんが止めててくれるから!」
子供「ほ、本当に…?」
子供たちは完全に怯えきっている。外から聞こえる、妖怪の金切声。飛び散る体液。それでも、阿求は子供たちをなだめて、百百足の力を削ごうとする。
阿求「さぁ、大丈夫…。話を続けましょう」
その時、一人の子供がロウソクを一つ持ち上げ、思いっきり息を吹きかけた。しかし、ロウソクの火が消えることはなく、何度息を吹きかけても、ユラユラと揺れるだけで弱まりもしなかった。
子供「消えないよ!?」
阿求「話しを終えた後じゃないと無理みたいね…?このロウソク。減って無い?」
変だ。最初につけたロウソクはどれか覚えているが、そのロウソクは1センチたりとも縮んではいない。
どうやら、本当に百話話し終えるまでどうやっても火が消えることはないようだ。
阿求「皆、このままじゃ、九月さんも、皆も危ないわ。急いで話しましょう」
阿求はロウソクを一本取り、誰に聞かせるでもなく朗読を始める。子供たちもそれに合わせて、それぞれの怪談を言っていく。
外では、斬られた部位をすぐに完治した百百足が九月の右腕に絡みつきながら、喉を狙って襲いかかっている。それを阻止するために小刀を構え、百百足の口元を突き刺して制止させる。刀を持った右腕に巻きつかれ、完全に刀での攻撃を封じられてしまった。百百足との根競べは始まったばかりだが、人間である九月の体力は妖怪である百百足には及ばない。ジリジリと刺している小刀と首の距離が縮まる。
九月「くぅ!いい加減にぃ…しろぉ!」
小刀をグっと縦にして百百足の顔を抉り、そのまま体を沿うように切裂いていく。痛みに耐えかねた百百足は腕から離れる。が、同時に黒い体液を九月に吐きかけて縁側の下に逃げ込んだ。
九月「ちくしょう!なんだよこれ!…!?目が、目が見えない…!」
右目に入ってしまった体液は落ちることはなく、ベッタリと眼球に張り付いてとれそうにない。慌てる九月の隙をついて、百百足は、視界の悪い右側の縁の下から這い出て、襲いかかる。
阿求「ロウソクは、あと84本…まだまだ全然残ってる…みんな、頑張って!」
子供たちは、襖に飛び散った体液を見ては恐怖し、ひたすらに怪談を朗読し続ける。そして、話終わると同時にロウソクの火を消して、次の話に移る。
九月「うぐああああ!」
肩を鋭い牙で噛まれ、ダラダラと血が流れる九月の身体。それを逃げられないようにグルグル巻きにしているのは百百足で、容赦なく噛んだ傷口をさらに噛み続ける。
九月「うあああああ!」
苦しみの叫び声を上げる九月。襖越しに月明かりで写される恐ろしい戦いは、子供たちを泣かせるには充分だった。
子供「うぅ…ひっく。こ、怖いよ…」
阿求「見ちゃダメ。大丈夫だから…。九月さんを助けるには、これしかないの」
鳴く子供を慰める阿求は残っているロウソクを数える。
阿求(あと70本…。まだまだ全然残ってる。どうしよう…)
九月「…君たち!」
痛みに耐えながら襖越しに子供たちに呼びかける九月。痛みに耐える絶え絶えな声でも、力強く言う。
九月「俺は負けない!でも、負けないためには君たちの力が必要なんだ!…頼む、怖がらなくて、いい…!俺がついてる!だから、怪談を続けてくれ…!絶対にこの妖怪は君たちの所に行かせない!」
とはいえ、巻きつかれた体は動かない。しかし、阿求や子供たちを守るために、火事場の馬鹿力が九月を動かした。
九月「うぐぅ!うがああああ…!!」
ゆっくりではあるが、確実に身体を縛っている百百足を両腕で広げていく。そしてタイミングを見計らって、小刀と刀の二本で胴体を連続で斬りつける。苦みながら離れる百百足を全力で踏みつけ、さらに上から刀を頭部に突き刺し、動きを封じる。
九月「よぉし!今の内だ!」
ドクドクと流れる血は、タイムリミットでもあった。九月がこの場で倒れてしまったら…。運が良ければ、元の世界に戻るだけだが、悪ければそのまま幻想郷からも消滅してしまう。
阿求「皆、急いで読むわよ」
子供「う、うん」
数人の子供たちは、急いでできる限りの怪談を言う。長い話ではなく、短い話を何度も何度も…。
阿求「それと…九月さん、これをっ」
襖を少し開けて九月に投げ渡されたのは包帯の塊。阿求に礼を言ってそれを急いで傷の酷い肩に巻き付け、出血を押さえる。
九月「絶対に逃がさないぜ…百百足!」
刺している刀をグイっと捻ってより傷口を広げ、苦しませる。自分を散々痛めつけた恨みの念だ。しかし、黒い体液で見えなくなってしまった右目はそのままだ。ここで百百足を逃がしてしまえば、またあの不利な状況に逆戻りだ。絶対に逃がさない。
それから10分は経っただろうか。ロウソクももうすでに30本を切っていた。百百足の脚が一本づつ消えていくのが分かる。
そんな時、出血のせいでフラついて、膝をついてしまう。支えにしていた刀は傾き、その隙をついた百百足は全力で暴れて刀を引き抜きながら九月を押しのけ、縁側の下に逃げ込んだ。
九月「しまっ…!阿求!ヤバい、奴が逃げた!」
阿求「わかりました、皆、急ぎましょう」
九月「任せたぜ…皆!コイツは絶対に自分が止めて見せる!」
気を引き締めて、縁側周囲をジッと見つめる。特に、縁側の下は警戒しなければならない。
阿求「九月さん。あと20本です。頑張ってください!」
九月「そこまでくれば…アイツも躍起になって出てくる筈だ…!」
九月が言った通り、百百足はうねりながら縁側の下から出現し、九月に突進してきた。それを見越していた九月は刀と小刀をクロスさせ、突進を真正面から防ぐ。
九月「くぅ!絶対に!阿求とあの子達の所には行かせない!」
二つの刃に噛みつく百百足の口の奥から、何か黒いものが見える。その物体に危険を感じ、百百足を押し切って横に転がる。口を斬られた百百足は、空に向かって黒い体液を噴水のように吐き出す。あれはさっき自分の右目の視界を奪った体液と同じだ。
九月「危ない…もうちょっとで左目もやられるところだった…。しかし、アイツの脚ももう10本くらいか…行けるぞ!」
縁側の下に逃げられないように、走って百百足と距離を取る。
思いっきり刀を振り下し、百百足を一刀両断し、斬れた片方を小刀で突き刺す。
九月「あと、少しなんだ!」
しかし、百百足の抵抗も増していく。すぐさまくっ付いて再生した体をうねらせ、二つの刀を弾き飛ばす。
九月「しまっ!うぐぅぅう!」
真正面から首を狙って突撃してきた百百足のキバを掴んで止めるが、勢いに押されて縁側に倒れ込む。
それでも百百足の攻撃は止まらない。頭を乱雑に動かして、ジワジワと自分の首を狙ってキバを突き立てる。
九月「うぅ…!くっ!」
迫るキバを必死に掴んで離そうとするが、百百足の力は強く、まったく押し返すことができない。それどころか、ゆっくりではあるが押されている。あと10cm程度でキバが自分の首を突き刺すのが分かる。
九月「っ!?」
そんな時、出血のせいで意識が一瞬グラつき、手を離してしまった。そして、後悔する。
九月(あぁ、俺、死ぬのか…。呆気無いんだな…死ぬのって…)
今までの思いでが脳内を駆け巡る。母と出かけた時、祖父の仕事を手伝った時、友人と喧嘩した時…。いろんな思い出が一気に溢れてくる。これが走馬灯なのだと実感できた。
気が付けば、目の前から百百足は消えていた。冷や汗をダラダラと流し、消耗しきった体力を補う為に、荒い息をし続ける自分だけが、縁側に仰向けになっている。
肩からくる痛みと、出血を押さえるために巻かれている包帯は、確かに自分が百百足と戦っていたのだと実感させる。
ボーっと放心状態のように、突然の状況の変化に、何も考えることができないでいる自分に、襖を開けて阿求が出てきた。
阿求「九月さん!大丈夫ですか!?」
九月「阿求…百百足は…?」
不思議と落ち着いていられ、ゆっくりとした口調で阿求に問いかけると、阿求は涙を流して答えた。
阿求「何とか間に合いました…100話。全部読み終わったんです…。あの子達も、頑張ってくれましたよ…」
開いた襖からチラッと室内を見ると、冷や汗をかいている子供数人が、腰が抜けたように座り込んでいる。あの子達がいなければ、自分は百百足に殺されていただろう…。そう思うとゾッとする。
九月「ありがとう、皆…」
部屋に這い入った九月は、一番手前にいる男の子の頭を撫でて、ガクリと力尽きたように眠る。
少年「お、お兄ちゃん!大丈夫!?」
阿求「…大丈夫です。疲れて眠っちゃってるだけですよ。皆、今日は大変だったわね。今夜は泊っていきなさい」
子供「え?いいの?」
阿求「もちろんよ。あんな怖い目にあったんだもの。皆で寝れば、怖くないでしょ?」
皆が布団を敷いている間、阿求は縁側に出て九月の包帯を取り換える。噛みつかれて、残酷なことになってしまっている九月の肩を見て口元を押さえるが、自分達を守ってくれた勲章なのだと理解し、優しく手当する。
子供たちを守った英雄は、その優しい治療に眠りと共に酔いしれているのだった…。
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次回、夢からの守り人『赤き月の兎』
次も暇つぶし程度に見てください。
あと、かなり遅れてしまってすみませんでした。他の小説で手が回らず、書きたい時に書けない状況が続いています…。投稿速度が遅くなるかもしれませんが、なにとぞよろしくお願いします…。




