いざ地霊殿
祖父「クー坊!もっと力入れんかい!そんなんじゃいつまで経っても土は柔らかくならんぞ~」
九月「そんなこと言われたって…」
一回一回、桑を全力で振り下し畑の土に突き刺し、土を掘り上げては額から汗からダラダラと流れる汗を拭う。
祖父「やっぱり都会育ちは体力が無いのー。これからは走り込みでもするか?」
九月「いや…仕事しながら、ちょっとずつでも体力つけてくよ」
祖父「そうか…。お、見ろクー坊」
じいちゃんが土から拾い上げた一匹の生き物。薄い赤色をしたミミズ。じいちゃんに指で挟まれ、グニャグニャと暴れ回っている。
祖父「お前が今以上に頑張って畑を耕せば…コイツがもっと増えて、畑を豊かにしてくれるんじゃ。ワシが面倒みてきた若い奴らも、コイツが増えるのを見て喜んでおったよ」
九月「そうなんだ」
祖父「ミミズが住み着いた畑は、植物が良く育つ。都会じゃ見た目だけで嫌われるような奴じゃが…。こんな田舎じゃ神様と同じくらい大事なやつなんだ」
九月「…」
祖父「だから、ワシはミミズの居ない畑にはしたくない。クー坊。頑張るぞ」
九月「うん」
桑を握りしめ、ジリジリと照りつける太陽を背にして、一生懸命土に桑を突き刺す。
午前の仕事を終え、疲れ切ってしまった九月は、つい午後の仕事を忘れて居間で眠ってしまっていた。
しかし、それを祖父は咎めない。九月の役目を知っていたから。それが九月の人生なら、それでいいと思っているから…。
祖父「幻想郷か…。懐かしいな」
阿求「九月さん。ちょっといいですか?」
幻想入りした九月の横に阿求は座っていた。まるで、九月が来るのを知っていたかのように。
九月「何?何でも言ってよ。できることなら何でもするからさ」
阿求「実は…。一緒に数日間、幻想郷に居てくれませんか?」
九月「大丈夫だとは思うけど、どうしてまたそんなことを?」
阿求「ここ数か月で、新しく幻想郷に住むようになった妖怪たちが多くいるのですが、その人たちの話は魔理沙さんから聞いただけで、私は会ったことがないんです。なので、その人たちに会いに行こうと思いまして」
九月「なるほど、道中だったり、会った妖怪に襲われてもいいようにってわけだね。分かった。じいちゃんに話してくるよ。俺が起きないと、心配するからさ」
そう言って元の世界に戻り、自分が寝ていた居間でテレビを見ているじいちゃんにそれを説明する。
九月「だから、しばらくは寝たきりになるけど…いいかな」
祖父「あぁ、問題は無い。お前が居ない間は、太一に仕事を手伝わせるからな」
九月「ありがとう。でも、3日に1回は、数時間だけでも戻ってくるよ」
祖父「そうか、わかった」
九月「じゃあ、行ってくるね」
祖父を居間に残し、自分の寝室に敷かれている布団に入って目を閉じる。
九月「大丈夫だって。いつでも行けるよ、阿求」
阿求「わかりました。では、準備をするので待っててください」
自室に入り、筆や墨汁、白紙の巻物などをどんどん詰め込んでいく。
九月「そんなに入れて…持ち運べるの?」
阿求「大丈夫ですっ。そんなこともあろうと、昨日から特訓をしてたんです」
両腕をブンブンと力強く振り回し、フスーと鼻息で気合を示す阿求。しかし、たった一日トレーニングをしたからといって強くなれないのは当たり前のことで、風呂敷に包んだ荷物を持ち上げようとするが、数センチ持ち上げるだけで動くことはできなかった。
阿求「…」
九月「…」
阿求は黙って自分を見つめている。自分も黙って首を横に振る。
阿求「酷いです九月さん…」
九月「えっ、ちょっとちょっと泣かないで!持つから泣かないでよ!」
目に涙を浮かべ、フルフルと震える阿求を慌てて止める。
阿求「なんて、うっそですよ~。九月さん騙されやすいですね」
九月「…阿求~!」
騙された悔しさと恥ずかしさを晴らすために、阿求を押し倒し、馬乗りになって脇の下に手を入れる。
阿求「っ!?あっはははは!九月さ、ダメ!くふっ、あ、あははは!」
脇の下をくすぐりられた阿求はジタバタと暴れる。しかし、小刻みに動く指を休めない。
阿求「あははは!っふふふ…!くすぐりは弱いんです!あはははははははは!」
体をよじらせながら抵抗するが、自分が上に乗って逃げられないようにしているため、続けられるくすぐったい感覚に笑うしかない阿求。徐々に顔が赤くなっていく。自分の手を除けようと腕を掴むが、くすぐられているせいで力が入らず、無駄に終わってしまう。
阿求「ダメダメダメ!あははは!うふふふ…!キャー!」
ジタバタと足を暴れさせる阿求はついに悲鳴に似た声を上げる。
そこで手を離し、阿求から退くことにする。
阿求「はぁ…はぁ…はぁ、ふふ」
胴を上げ下げしながら、過呼吸気味な息を徐々に整えていくが、未だに少し感覚が残っているのか腕で脇を閉めては小さな笑い声を漏らす。慣れない感覚に、小さく体をよじる阿求が可愛く見える。
阿求「くすぐりは…やめて、ください。はぁ、はぁ…」
半身だけ起こして、笑いすぎたせいで赤くなっている頬に両手を当てて熱を確認する。
九月「…なんか、倒れてる時の阿求可愛かったよ」
阿求「そ、そうですか?こんな感じでしょうか」
ゴロンと仰向けになり、まだ熱を帯びている表情でこちらに目を向ける阿求。しかし、何かピンとこない。
九月「う~ん。突然演技っぽくなった」
阿求「そんなっ」
そんなやり取りをしている内に時間は過ぎてしまった。荷物を纏めて、阿求はお金を、自分は荷物を持って出発する。結構重い荷物は…10kgはあるだろうか。巻物と墨汁と筆、特に墨汁は溢してしまったら大惨事だ。
人里の大通りを歩いていると、慧音と会った。
慧音「お、九月。久しぶりじゃないか。どこかに出かけるのか?」
九月「はい、阿求が地霊殿の妖怪達に会うとのことで、阿求について行くんです」
慧音「そうか…しかし、徒歩で行くなら地霊殿につくころには夜になってるだろう。それに、九月は荷物を持っている。突然襲われたら阿求を守れないかもしれないだろう」
九月「確かに…、でもどうすれば」
慧音「うーん…あ、そうだ。丁度今寺子屋に暇そうな奴が来てるんだ。ソイツを地霊殿まで一緒に行かせよう」
そう言うと慧音は近くの寺子屋に入って行った。少しして、慧音にグイグイと腕を引っ張られながら一人の少女が出てきた。
白い上着、赤いモンペ、長く白い髪をした少女は面倒そうな顔をしながら慧音に説得されている。
妹紅「わかったよ…そこまで言うならついて行ってあげるよ…」
慧音「なら良かった…阿求、九月。コイツを連れて行け。妹紅だ」
妹紅と言われた少女は、警戒した表情でこちらをジッと見つめる。
妹紅「阿求は分かるけど、横の奴誰?」
慧音「九月だ。新聞を読まなかったか?阿求の守り人で、今回は地霊殿に行くからついて行くそうだ」
妹紅「ふーん」
風呂敷を背負う自分を下から上までジロジロと見つめる妹紅は、ため息をつきながらも改めて納得した。
妹紅「じゃあ手伝ってあげる。地霊殿の場所は分からないから、阿求たちについて行くよ。でも入口までだからな?」
阿求「ありがとうございます」
九月「ありがとう」
妹紅「気にするな。慧音の頼みだからな」
妹紅という少女も加わり、本格的に地霊殿を目指して歩く。辺りはずっと森が続き、三人は黙ったままだった。その沈黙を九月が破る。
九月「…なぁ、妹紅」
妹紅「ん?」
九月「君は大丈夫なのか?妖怪とか出てきた時、慧音は大丈夫って言ってたけど」
妹紅「…私は、人間だけど人間じゃないんだ」
九月「どういうこと?」
妹紅「死ねないんだよ…。不死の薬を飲んでな、それからどんなに体を斬られても燃やされても、毒を盛られても、一度死ねば元に戻る。年も取らないし、私は数百年間、この姿のままなんだ」
九月「不老不死…」
妹紅「そう。だから、妖怪なんかとは嫌ってほど会ってるし、そんじょそこ等の妖怪なんかより強い奴とよく殺し合いなんかしてる」
九月「殺し合い…?」
妹紅「ソイツは、私とはちょっと違うけど、ソイツも死なないんだ」
九月「…」
妹紅「そう暗くなるな。私は死なないし、ソイツも死なない。だから、悲しむなんてやめてくれ。それに…お前だって妖怪と殺し合いならしてるんだろ?お互い様だ」
九月「そうだな…」
妹紅「妖怪に襲われそうになったらすぐに助けてやるから、自分だけで戦おうとするなよ?お前は荷物持ってるし、阿求を守らなきゃいけないからな」
先頭を歩く彼女の姿は、どこか小さく見えた。何か、平然を装っている子供のようだった。何百年も生きていているのだ。彼女だって悩むこともあるだろう。
そんな事を話している内に、陽が傾いて夕方になろうとしていた。やはり徒歩だと時間がかかってしまい、風で揺れる木々が自分達を取り囲んであざ笑っているように思えてきた。
阿求「不気味ですね…」
妹紅「だいぶ暗くなってきたな…ちょっと熱いかもしれないけど、我慢してくれよ」
妹紅は右手を宙にかざし、その手に炎を出現させる。
九月「!?」
妹紅「私は人間だがこんな妖術だって使える。これならちょっとは明るくなるだろ?」
妹紅が言うように明るくはなったが、周りが燃え易いものばかりなだけに心配してしまう。
九月「…。妹紅」
妹紅「分かってる」
両手をポケットに突っ込んだまま答える妹紅は、木々の間から覗く数匹の影を数えていた。
妹紅「ざっと10匹だ。小物だから安心しろ。よほど心配なら、阿求の後ろにでも立ってあげな」
阿求「九月さん」
九月「大丈夫」
言われた通りに阿求の後ろに立ち、刀に片手でも手を置く。その瞬間、木々の間や木の上から、数匹の小さな妖怪が飛びかかってきた。全身が茶色い毛で覆われ、指先には鋭い爪がある。まさに獣と言える妖怪達は、狙っていたかのように全員阿求へ向かって走ってきた。
九月「阿求しゃがんで!」
荷物を離して刀を両手で持ち、自分の真後ろから来る一匹に刀を振り下し、真っ二つにする。溢れ出る鮮血や、奇声を上げながら絶命する妖怪を見ている暇はない、すぐ横から阿求を狙うもう一匹に刀を突き刺し、引き抜くように蹴り倒す。
九月「阿求!大丈夫か!?…」
心配して阿求の方を見ると、自分を照らした大きな炎が目の前に広がる。その前に阿求は座り込んでいた。
九月「なんだありゃ!」
轟々と燃え盛る炎の中心に、妹紅が立っている。その顔は、大事な物を壊れた時のような、怒りに染まった目であった。
妹紅「私達を襲おうなんて数百年早い…」
そう言い放った途端に妹紅を取り囲んでいた炎は一瞬にして消え去り、辺りには黒く焦げた妖怪と木々が残っていた。
妹紅「ちょっと急ごう、これ以上妖怪に襲われても迷惑だからな」
阿求「熱かったです…」
着物の衿の部分を少し広げ、外の冷たい空気を入れる阿求は汗を一滴。ツゥと額から流した。
それからは急ぎ足で森の中を進んでいった。気付けば辺りも本格的に暗さを増し、妖怪には絶好の強襲時間だ。
しかし、それを威嚇するように妹紅の頭上に発生されている火は燃え続け、何事もなく目的地である地霊殿の入り口までつくことができた。
妹紅「ここが地霊殿か…」
崖の壁に空いた、高さ3m程の真っ暗な穴の前に立つ3人。
九月「本当にここなの?」
阿求「間違いありません。私は一度見たものは忘れませんから」
九月「ふーん」
妹紅「私の仕事はここまでだな。後は九月、自分で頑張ってくれよ」
九月「うん。ありがとう」
阿求「ありがとうございました。道中お気をつけて」
妹紅「あぁ…じゃあな」
クルリと後ろを向いて、暗闇の中に消えていく妹紅。姿が見えなくなるまで手を振って、地霊殿の入り口を見つめる。
阿求「行きましょうか」
九月「ああ」
初めての場所…それも妖怪の住処だ。阿求を守り通せるんだろうか。心配と不安が入り乱れる中、同じく不安な表情を浮かべる阿求と手をつないで洞窟内へ一歩、また一歩と洞窟内の暗闇に身を染めていった。
ついに地霊殿に入った阿求と九月。待ち構えていたのは、鬼や蜘蛛の魑魅魍魎。そして少女も…?
次回、夢からの守り人『地底の街』
次も暇つぶし程度に見てください。




