妖怪戯曲
黄色い羽が降らなくなった翌日の午前10時、人里では九月の活躍を大々的に取り上げた新聞が配らていた。九月が幻想郷へ来た理由、性格、役目など。九月から聞き出した全てのことが事細かにかかれている新聞は、色々な人の目に入る。
霊夢「…九月ねぇ。阿求ったら、いつの間にそんな用心棒を雇ったのかしら」
紫「彼が幻想郷に来れるようになってから…どのくらい経つかしら。1週間くらい?」
霊夢「相変わらず適当よね紫って」
幻想郷の隅にある、人は殆ど参拝には来ない博麗神社。その神社の縁側で新聞を眠そうな目で眺める黒髪で、白と赤の巫女服を着ている少女と妖怪の紫。静かな二人の前に、一人の騒がしい騒音の種が現れる。
魔理沙「オッス!紫も一緒か、お茶もらうぜ」
堂々と縁側から上り込み、家主である霊夢の了承もなく湯呑にお茶を注いで飲む、白と黒の服を着た金髪の魔女。魔理沙は、ついでに霊夢の横に置いてある煎餅も奪い、食べ始める。
霊夢「また勝手に…一度は「お邪魔します」くらい言ったら?」
魔理沙「邪魔するぜ」
霊夢「邪魔だけなら帰ってほしいわ…」
魔理沙「それより霊夢っ、見たかよ今日の文々。新聞」
霊夢「さっき紫とその話してたところ。紫の方が詳しいわよ。私は一度もその九月って奴に会ったことないし」
魔理沙「そうなのか?紫、どんな奴だった?」
紫「そうねぇ…。一言で言うなら、普通?」
魔理沙「なんだよそれ、よくわからないぜ。もっとこう、性格とか、顔とか」
紫「性格なら新聞に書いてあるし、顔だって載っていたでしょう?」
魔理沙「一応新聞読んでたけど、丁度写真の部分に飲み物こぼしちゃって…えへへ」
霊夢「ドジなのか、馬鹿なのか…」
呆れてため息をつく霊夢に、魔理沙は言い寄る。
魔理沙「霊夢も新聞持ってるんだろ?貸してくれよ」
霊夢「はい」
渡された新聞にくぎ付けになる魔理沙。しかし、すぐに顔を離す。
魔理沙「なんだ、本当にふつうだな。イケメンメーターで言えば60%くらいだぜ」
紫「外の世界じゃ、その60%にも満たない人は80%は居るらしいわよ?」
魔理沙「不思議だな。それにしても、夜にしか屋敷に居ないんだって?じゃあ今夜、私が乗り込んでみるぜ」
霊夢「妖怪相手に戦ってるらしいから、巻き込まれないよう気を付けなさいね?」
魔理沙「分かってる分かってる。分かりまくってるぜ。それに…ソイツの代わりに私が妖怪を倒してお礼を貰えるかもしれないしな」
紫「人の仕事を横取りしちゃダメよ?それに彼は給料とか、そういう類のものは貰っていないわ」
魔理沙「ボランティアか…。ボランティアで妖怪と戦うってのも、不思議な話だぜ。何が楽しいんだ?」
紫「しいて言えば、「愛」かしら…」
魔理沙「? 本当によくわからい奴だぜ」
一方、人里のとある一軒家。昼間だというのに部屋中を閉め切り、真っ暗な部屋でユラユラ燃える囲炉裏を挟んで座っている。真っ黒な着物に身を包んでいる二人組は、新聞を置いて話し始めた。
着物の男1「今朝新聞で見たのだが…稗田家に守り人とやらが就いたようだな…厄介厄介」
一人は老け顔、もう一人は若いが、白髪混じりの髪をしている。老け顔の男はそう呟き、横に置いてある団子を頬張る。
着物の男2「なんでも妖怪を相手に毎晩奮闘しているとのことだ…。これは中々に面白そうな奴だ」
着物の男1「…。なるほど、なら、私のお話を聞いてみますか?」
着物の男2「ほう…珍しい。今日は貴方様が書き綴りますか」
着物の男1「見ておれ…稗田家の娘、阿求と…その守り人の九月の物語じゃ…」
懐から取り出した、40cmはあろう巻物を広げ、それと共に筆と墨を取り出す。そして、サラサラと達筆で文章を書き連ねていく…。
その夜。九月はいつも通りに縁側で目覚める。
九月「…今日は羽は降ってないんだな。それが良いんだけど…!?」
突然の強烈な頭痛に膝をついてしまう。頭を両手で押さえ、その激痛をひたすらに耐える。
九月「なんなんだこれ…!妖怪の仕業か?!」
頭痛が始まってから10秒ほど経つと、ゆっくり痛みは引いていく。立ち上がって深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻して辺りを見回す。
九月「…?」
頭痛から立ち直った九月は周りの変化に異変を感じていた。内庭に植えられている木の数がやけに多い。本来は松の木が4本ほど植えられている程度だった筈なのに、いたるところに松が植えられている。数でいえば、15本以上だろうか…。そして、縁側の廊下も今まで以上に長い…100mにも思える程長い…。
九月「おかしい…なんだこの場所は」
自分が居るのはたしかに阿求の屋敷、しかし明らかにおかしいのだ。屋敷であって屋敷じゃない。そんな不可思議な空間に一人佇んでいる…。
九月「阿求…大丈夫かな」
自分の後ろにある襖。いつもならそこで阿求が寝ている。
そっと襖を開け中を確認するが、そこに阿求の姿は無かった。それが心配になって屋敷内の廊下を歩き、隈なく阿求を探す。
九月「阿求~。どこにいるんだ~?居るか~?」
屋敷に九月の声だけが小さく木霊する。阿求どころか、使用人の姿も見えない。時間は11時、この時間であれば、使用人達が風呂に入ってる時間だが…。
女風呂の前で耳を澄ます…。誰の声もせず、暖簾の下から覗いてみるが、風呂場の明かりもついていない。誰も居ない…。その時、二階に上がる階段を薄暗い廊下の途中で見つけた。奥は見えず、かなり段数があるのだろう。静かに自分を待つ暗闇が、背筋に寒気を与える。
九月「行くしかない…」
意を決して一段一段慎重に登る。階段を踏む度にギシギシと軋む音が聞こえ、それが自分の緊張の糸を遊ぶ様に弾いていた。
階段を登りきっても何も起きない。少し拍子抜けたが、改めて辺りを見る。
広い空間、何も置かれていない、木造の床と壁。ひんやりとした空気が支配する中に、姿の見えない何かを警戒して足に力を入れる自分がいる。
九月「…っ!誰だ!?」
刀に手を置き、後ろを振り向いて構える。そこに居たのは阿求だった。ボーっとした生気の無い表情で自分を見つめている。
九月「阿求…何時の間に…でも、探したよ。それより、この屋敷何か変じゃないか?一旦出よう。何か嫌な予感が」
安心して阿求に歩み寄り、手を引いて登ってきた階段に向かう、その手を逆に引っ張られ、不意に口と口が重なる。
九月「!」
阿求「…」
数秒間続いた口づけは、自分が後ろに下がることで終わった。
九月「どうしたんだ阿求、突然そんなことを」
またも言葉を遮るように自分の上に倒れこむ阿求。おかしい。屋敷も、阿求も…。
阿求「九月さん…大好きです。愛してます」
生気の無い目が自分を写し、全てを吸い込んでいくようだった。何時もより大人びた声を出す阿求に、自分は驚いて何もできないでいた。
九月「それは…お、俺もだけど…」
阿求「だったら…今ここで、私を満たしてください…」
服をゆっくりと脱ぎ始める阿求。綺麗な肩や肌が露わになり、慌てて服を上げ阿求を止める。
九月「阿求!しっかりしろ!何か変だぞ!何があった!?ここは…阿求は、何があったんだ!」
阿求「私は…私です。九月さんを愛するだけの稗田阿求です」
九月「阿求…」
阿求を立たせ、自分も立ち上がる。自分が立ちあがると同時に阿求が自分に抱き着いてきてまたも驚いてしまう。
阿求「動かないでください…」
九月「あ…阿求…これは、本当に…」
阿求「…」
今までには全く見せなかった積極性に、ドキドキして動けない自分は、後ろから迫る妖怪に気付けなかった。
九月「!?ぐあああ!!っ、あああああ!!!」
突然背中を数本のカギ爪で引っかかれ、服を切り裂きならが真っ赤な傷跡が生まれる。咄嗟に阿求を突き飛ばし、ろくに確認せずに刀を引き抜いて後ろを斬りつける。
九月「はぁ…はぁ…」
何もいなかった…。その時確信した。自分が居る場所が、今まで自分が見ていた屋敷じゃないことを、今まで自分と居た阿求じゃないことを…。
九月「お前…誰だ!」
阿求「私は…稗田阿求」
九月「違う!お前は阿求じゃない!正体を現せよ!」
刀を振り上げ、阿求に向けて一気に振り下す。それに反応して突然阿求の体が紙を破るように裂かれていき、その中から先ほど自分の背中を斬りつけたであろうカギ爪が突き出し、自分の振るった刀を受け止める。
両手にカギ爪を付けた、目が5つもある人型の妖怪。こちらを見ている五つの目が、すべて不気味に笑うように細くなる。
九月「…!」
妖怪「私は!稗田阿求!」
九月「何言ってやがる、お前が阿求な訳ないだろーが!ふざけんな!」
押しつけていた刀を離し、全力で蹴りを入れようとする。しかし、足を伸ばした直前に背中に激痛が走り、威力が激減してしまう。そこを突かれ、阿求の殻を破った妖怪は飛び出しながらタックルをして自分を後ろの階段に吹き飛ばす。
九月「!?うおおあああ!」
ドタドタと階段を転げ落ちる。頭を打ってしまっては一たまりもない。必死に頭を両手で押さえ、一階の廊下に倒れこむ。
九月「くっ!そぉ!」
二階から跳んで迫ってくる妖怪。咄嗟に横に転がり、鋭いカギ爪での突きを避ける。床にカギ爪が刺さった隙をついて、今度は背中を傷を我慢しながら倒れた状態で蹴り飛ばす。
妖怪「私は!私は!」
九月「うるせぇ!」
叫んだ瞬間、辺りの背景が変わっていることに気付く。幅は1m30cmほどの幅だった廊下が、いつの間にか広い畳が敷き詰められた道場のような場所になっている。
九月「どうなってるんだ…!」
戸惑う九月に、それ以上の暇を与えさせることなく妖怪はカギ爪を振り回す。寸でのところで身を屈めて避け、ヤケクソで妖怪にラリアットをかまして地面に叩きつける。
地面に倒れると同時に刀を上から突き下し、妖怪を突き刺そうとすると、突然体が空中に移動している。
九月「本当になんなんだよぉ!この世界は!」
落ちたのは、屋敷の九月が何時も居る縁側の目の前だった。
腹這いになって地面に落ちると、その衝撃で余計に背中の傷に響く。
九月「っ!ぐぅ…」
深くは無いとはいえ、引っかかれた痕からは血が滴り、地面を小さな赤い点で塗りつぶしていく。
妖怪「ワタシハ!ヒエダノアキュウ!」
塀の上に立ち、あざ笑うように叫ぶ妖怪。刀を支えにして立ち上がるが…もう、さっきのように攻撃を仕掛けたり、避けたりすることも難しいだろう。
妖怪「ヒエダノアキュウ!アキュウ!」
九月「ちくしょう…思った以上に痛む傷だ…」
その一方。元の世界では魔理沙が箒に乗って阿求の屋敷に到着した時だった。
阿求「魔理沙さん。こんばんわ」
縁側に座る阿求を見て不思議そうな顔をする魔理沙。箒から飛び降りて、阿求が座る縁側に自分も座る。
魔理沙「あれ?九月ってやつはいないのか?」
阿求「それが…一応ここに来ていた筈なんですが。突然いなくなってしまって」
魔理沙「そうなのか…てか、こんなところに居ていいのか?」
阿求「何がです?」
魔理沙「夜になったら妖怪が来るんだろ?九月が居ないのに、妖怪でも来たら…」
阿求「大丈夫です。私は、九月さんを信じてますから…。それに、いざとなったら魔理沙さんもいますし」
魔理沙「私もかよ~。ま、別に構わないぜ。私だって、妖怪くらい退治できるさ。霊夢がよくしてるし、私だってついていくこともあるからな」
九月「うおあああ!」
背中の傷は、未だに血を流し続けている。それでも残る力を振り絞って、刀を振るう。
妖怪「アキュウ!ワタシハ!ヒエダノ!ワタシハ!アキュウ!」
壊れた機材のように、同じ単語を繰り返しながらカギ爪を振り回す妖怪。避け続けるのにも限界がでてきて、刀で防ぐが簡単に弾かれ、ついにカギ爪で肩を斬られる。1cm程の深さの傷から血が溢れ、腕に力が無くなる。
妖怪に蹴り飛ばされ、地面を力なく転がる。その時に刀を離してしまい、妖怪の足元に落ちてしまった。
九月「はぁ…はぁ…」
妖怪「ヒエダノ!アキュウ!ワタシハ!ヒエダノ!」
九月「お前は…、阿求じゃない。妖怪、化け物だ!」
最後の力を振り絞って腰に差してある最後の武器である小刀を、鞘から抜くと同時に投げつける。グルグルと威力を一切落とさず回転しながら飛んでいく小刀は、妖怪のカギ爪に簡単に弾かれてしまった。
九月「まだ、まだだぁ!うおおおおおおお!!」
起き上がって走り、弾かれて宙を舞う小刀を掴んで妖怪の脳天に突き刺す。妖怪も抵抗してカギ爪を振り回し、それに当たって吹き飛ばされる。
九月「まだまだぁ!」
武器はもうない。それでも、妖怪を倒す!そんな気持ちだけが気絶寸前の九月の原動力だった。斬られた方とは反対の左肩を使い、全力でタックルをして妖怪を後ろに倒す。
その時、九月を弄んでいた世界が、地面に落ちたガラスのようにひび割れながら崩れていった。
そして、阿求と魔理沙が居る外の世界に妖怪ごと放り出される。
血だらけの九月と、妖怪の姿を見て魔理沙と阿求は驚く。
阿求「く、九月さん!?」
魔理沙「九月?!一体どこからでてきたんだ?」
二人の声が聞こえて、元の世界に戻ってこれたのだと嬉しい気持ちもあるが、今はそれどころじゃない。目の前にいる妖怪を倒さなければ、阿求にも危害が及ぶかもしれないのだ。
九月「阿求、と横の君…はぁ、はぁ…。危険だ、部屋に逃げてて」
魔理沙「何言ってるんだ。交代だぜ」
片腕を引っ張られ、縁側に無理矢理座らされるが、バランスが取れずにそのまま仰向けになって倒れこむ。
魔理沙「傷がひどいな…阿求、これやるから治療してやっててくれ。ここは私がなんとかしてやる」
帽子を押さえて被り直し、ニヤリと笑う魔理沙に、妖怪は首をかしげている。
妖怪「アキュウ!ヒエダノ!」
カギ爪を振り上げながら走ってくる妖怪に対し、魔理沙は冷静に立ったままだ。かなり距離が縮まった所で、手先から数発の弾幕を撃ちこむ。ごっこ用の弾幕なので、速度はあっても威力はそこまで無い。怯むだけの妖怪に魔理沙は、さらなる追い討ちを叩き込むために懐に手を入れる。
魔理沙「八卦路からの熱線は、弾幕用じゃないのもあるんだぜ?」
八角形の手のひらサイズの、薄い箱のようなアイテムを取り出し、妖怪に向ける。
魔理沙「マスタースパーク。退治用!」
辺りに飛び交う星々と、それよりも派手な色合いをした太い光線が妖怪に直撃する。内庭の壁に光線ごと叩きつけられた妖怪は、黒い煙を発しながら蒸発するように消えていく。その姿を見て振り向いた魔理沙は、阿求に最高の笑顔で笑いかけ、親指を立てる。
魔理沙「私にかかれば、どうってことないぜ」
阿求「ありがとうございます…」
安心した表情の阿求は、傷ついた九月の体に魔理沙からもらった薬を塗り、包帯を巻いていく。
魔理沙「しかし…守り人っていうわりには随分苦戦してたみたいだな…以外と弱いのか?」
阿求「そんなことはありません!きっと…不意打ちを受けてしまったのでしょう…。背中に大きな傷がありますから、それが原因で」
怒鳴る阿求を珍しくも思いながら、九月の手当の手伝いを始めた魔理沙。数分の内には包帯が傷のあった場所全てを覆い、あとは癒えるのを待つだけ。
魔理沙「さて…私もそろそろ帰るぜ。九月の姿も見れたし、妖怪退治もできてスッキリしたし、それじゃあな~」
箒に乗って飛び去って行く魔理沙を見送って阿求も手を振る。
着物の男1「ふむ…。私の戯曲を抜け出せる人間もいるのだな…恐ろしや」
着物の男2「これ以上、この世界に居ても意味は無さそうですね」
着物の男1「それも…そうだな。では、また別の世界で…」
着物の男2「はい…」
ゆっくりとした口調で話す二人は、囲炉裏の火が消えるのと同時に、跡形も無く姿を消した…。
妖怪を記している書物を埋めるため、阿求は幻想郷めぐりを始める。行く先は地霊殿。九月は、阿求を守り通せるだろうか。
次回、夢からの守り人『いざ地霊殿』
次も暇つぶし程度に読んでください。




