『アカBAN』
投稿日時: 202X/10/11 21:14:34
投稿者:S・Kさん(19歳・男性・アルバイト)
俺には、SNS上の知り合いが結構いる。ネットゲームで知り合った友人がメインで、その付き合い方はまちまちだ。長く付き合っているやつもいれば、特定のゲームをやる時だけやり取りするやつもいる。すでにサービス終了してしまったゲームでの友人の中には、もう何年も連絡を取らなくなった奴もいた。
そんな知り合いの一人が、SNSのアカウントにサインインできなくなったという話を、ある日タイムラインの片隅で目にした。
そいつは普段、趣味のイラストをSNSにアップしていた。画力自体はかなりうまいのだが、描くのはどれも猟奇的でグロテスクなイラストばかりだった。今回の凍結も、単純にSNSの利用規約に触れたということらしい。
はっきり言って自業自得なわけだが、一部のユーザーからカルト的な人気を得ていたそいつは、界隈ではかなりのインフルエンサーだった。本人の承認欲求も人一倍高かったため、アカウントが消された直後は相当荒れていたようだ。
風の噂では、消されてすぐに別のアカウントを作り直してイラストを再アップロードしたそうだが、案の定それもすぐに消されたという。そのせいで運営側に目を付けられたのか、三度目に作り直したときには、イラストを上げる前にアカウントごと停止されてしまったらしい。おそらく端末情報やIPアドレスの紐づけがされていて、すぐに検知されたのだろう。
まあ、俺自身は普段そいつと頻繁にやり取りしていたわけではないし、そいつの描くイラストにも大して興味は無かったのだが、アカウントが再三消されたと聞き、少し気になったので自分のフォロー一覧から名前を探してみた。が、やっぱり見つからない。検索欄にそいつのユーザー名を直接打ち込んでみても、それらしきアカウントは検出されなかった。完全に使えなくなっているようだ。
自業自得だし仕方ないよな、と思いつつ、検索欄からいつものタイムラインの画面へと戻した、その時だった。
視界に、妙に生々しいグロ画像が飛び込んできた。
写真ではなく単なるイラストだったのだが、つい息をのんでしまった。キャラクターの描き方には稚拙な部分も見えるのだが、なぜか損壊した肉体の描写だけがやたらとリアルで、異様に上手いように感じる。実物がどうなっているかなんて見たこともないはずなのに、見ているだけで胃の奥が冷たくなるような、根源的な恐怖を感じる絵だった。
もしかしてこれが、アカウントを消されたあいつのイラストだろうか。そうだとすると熱狂的な信者がつくのも、ある意味では理解できる。
そう考えてアカウント名を確認したが、まったく違う名前だった。イラストに添えられた文章を見ると、どうやらそれは有志による奴のイラストの無断転載らしく、投稿者は熱狂的なファンの一人であるようだった。
文章には、奴のアカウントを停止させたSNSの運営に対する激しい怒りが書き連ねられていた。抗議の意味を込めて同じイラストを拡散しているらしいが、はっきり言ってお門違いもいいところだろう。規約を破ったのは奴自身であり、運営は当然の処置を行ったまでだ。しかも、繰り返しアカウントを作って同じイラストをアップロードしようとしたのだから、悪質なユーザーとしてブラックリストに載るのも妥当と言える。
そんなことを考えているうちに、画面がふっと切り替わり、その転載を行っていたアカウントのページが表示されなくなった。BAN(停止)されたのだろう。そりゃそうだ。問題となっているイラストをそのまんま上げているのだから、同じように機械的に処理されるのも当然だった。
何気なく画面を引っ張ってタイムラインを更新する。すると、なぜかまた全く同じイラストが表示された。
どういうことだと目を見張ると、先ほどとは別のユーザーアイコンがそこに表示されていた。どうやら別のユーザーが、また同じように抗議の転載を行ったらしい。そのまましばらく画面を眺めていると、二つ、三つと、同じイラストの投稿がどんどん増えていく。ネットではよくある「消すと増える」という現象のようだった。
今頃、同じ趣味を持つ界隈の連中が、SNS運営の規制をからかうようにお祭り騒ぎで次々と参加しているのだろう。一部の投稿が数秒で消されながらも、それを上回る勢いで新しいアカウントが作られ、数が増えていく。
まあ、しばらくすればおさまるだろうなと思いつつ、俺はSNSを閉じようとした。もともと大して興味があったわけじゃない。知り合いが関わっていたから、ほんの少し野次馬根性で眺めてみただけの話だ。
ん? なんだ?
画面を消す直前、流れていくタイムラインの中に、少し気になる投稿を見つけた。お祭り騒ぎに便乗してイラストを投稿している連中に向けて、「やめろ」と必死に呼び掛けているコメントだった。
気色悪いイラストなのだから、最初の投稿時点からアンチの批判コメントが付くのは珍しくない。しかし、その書き込みはそれらの批判とは明らかに様子が違っていた。文面から、何か切羽詰まったような異常な恐慌状態が伝ってくるのだ。
どこかで見たことがあるアイコンだと思ったら、脳裏に引っかかるものがあった。今回アカウントを消されたイラスト描きとの、共通の友人だ。こいつとも昔、ネットゲームで知り合いになっていたんだ。最初にSNSで相互フォローした後は特に個人的なやり取りもなかったので今の今まで忘れていたが、二人とも同じネットゲームのキャラクターを模した似たようなアイコンを使っていたのが印象に残っていた。
タイムラインに流れるそいつの言葉は、「消えてしまう。やめてくれ」だとか、他にも色々とあるが支離滅裂な意味の分からない書き込みだらけだった。イラストを投稿している悪ノリの連中に必死に呼び掛けているようではあるが、消えてしまうとはどういうことだろう。
確かに、こうしている間にも着々と運営による処理が行われ、投稿イラストは消えて行っているが、こいつらが投稿しているイラストは所詮はコピーだ。SNS上に投稿されたイラストを、ファンが個人的にコピーして保存していたデジタルデータに過ぎない。ひとつひとつの投稿が消されたところで、オリジナルの原画データがこの世から消滅するわけではないのだ。
少々気になったので、俺はその友人のアカウントページを開き、タイムラインを直接追ってみることにした。どうやら俺が気づいていなかっただけで、こいつはかなりの数の書き込みを行っていたようだ。一分間に何件もの投稿を行っている。その分、内容も一言二言と薄く、やっぱり意味の分からない「消える」という書き込みばかりだったが。
そのまま画面を下にスクロールしていくと、多少内容が読み取れるものになってきた。ただ、そこに並んでいたのは「投稿をやめてください。このままだと〇〇が消えてしまいます!」という、相変わらず訳の分からない懇願だった。
〇〇……?
かすかな記憶を辿る。そうだ、それはイラストを描いていたあいつの本名だった。昔、ネットゲームの通話中に、冗談交じりに聞いた気がする。普段、SNS上で目にするのはハンドルネームばかりなので曖昧だったが、確かにそんな名前だった。
しかし、〇〇が消えるとはどういう意味だ?
続けてタイムラインを遡ると、画像が添付されている書き込みがあった。不適切なコンテンツのフィルターが掛かっていたので、画面をクリックして表示を選ぶ。
息が止まった。
そこには、体の一部が不自然に欠損した人間の姿が映っていた。だが、グロ画像のような生々しい血は一滴も流れていない。ただ、そこにあるはずの腕の半ばから先が、まるで消しゴムできれいに消し去られたように、物理的に消失しているのだ。
なんだ、いたずらかよ。写真を巧妙に加工した合成画像だろう。そう自分に言い聞かせながら、写っている顔を見る。
あいつだ。ネットゲームの際、一度だけお互いにカメラ映像をオンにしてやり取りしたことがあったから覚えている。確かにあいつの顔だ。
アカウントがBANされて以降、周囲も様子が分からなくなっていたらしいが、まあ、SNS上で姿が見えなくても現実では普通に知り合いと連絡くらい取れる。きっと、ネット上の祭りに便乗して、自分のアカウントが消されたことを自虐的なネタにして身内に送った写真なのだろう。まあ、本人のアカウントが消えているのだから身内以外には伝わらないし、こんな不気味な合成写真、ネタとしても悪質すぎるが。SNS上の大半のファンたちは、アカウントの中の人間の素顔なんか知らないだろうし。
そうこうしているうちに、画面の上部に「新しい投稿」の通知がいくつか届いた。その友人のページを更新すると、また新しい画像が投稿されていた。
再度画像を開くと、そこには先ほどよりもさらに多くの部分――今度は胸のあたりまで大きく削り取られるように消えた写真が添付されていた。背景の部屋の壁だけが、不自然な空白となって虚しく映り込んでいる。
反応が悪いのに、まだこんな悪趣味な悪ふざけを続けているのかと呆れつつ、添付された投稿文を読む。相変わらず、今にも発狂しそうなほど切羽詰まった内容だった。
――やめてくれ――
――本当になくなっちゃう――
――消えてしまう――
めまぐるしく流れる文字の中に、ひとつだけ、妙に具体的な書き込みがあった。
――イラストが消されると〇〇も消えるんだって!――
イラストが消されると、消える?
つまり、ネット上の悪ノリで拡散されているあのイラストが、運営の規制によって削除されるたびに、現実の〇〇の身体が写真のように消し去られていくと?本気で主張しているのか?
そんなオカルト染みたことが、現実にあるはずがない。
いや、まさか。
事情の分からない俺は、ただ画面の前で硬直するしかなかった。これがネットの悪ふざけなのか、それとも取り返しのつかない何かが起きているのか、判断がつかない。普通に考えれば一笑に付すところだが、殆ど誰も見ていない中での鬼気迫った様子には、つい戸惑いを覚えてしまう。
しかし、下手に介入して炎上に巻き込まれるのも恐ろしいし、何より、この支離滅裂な友人の叫び自体が、何千、何万という有象無象の野次馬たちの「祭りだ!」「信者キモッ」「もっとやれ」「クソ運営、さっさと対応しろや」「ざまぁ」といった批判と悪ノリの濁流の中に完全に埋もれてしまっており、誰の目にも留まっていないのだ。
俺が何かを書き込んだところで、この狂った流れが変わるとは到底思えなかった。
俺がスクロールの手を止めて困惑している間にも、SNS運営のAIによる自動モデレーションの動きは劇的に加速していった。
画像が投稿されては、数秒と経たずに「この投稿は規約違反により削除されました」という無機質な表示に切り替わっていく。運営の本気の規制が始まったのだ。
指示通りの通報と削除のスピードが上がれば上がるほど、新しくアップロードされる〇〇の写真の肉体も、確実に、目に見えてその体積を減らしていった。
ついには、衣服の隙間から覗く首から下が完全に消失し、床に散らばった衣類の上に、ただあいつの生首だけが転がっているような写真が流れてきた。
加工画像にしては、その影の落ち方や周囲の光の反射があまりにも完璧で、俺の背筋に冷たい戦慄が走り抜ける。この騒ぎは突発的に始まった物だ。そこから直ぐにこの一連の投稿を企画し、写真を加工して投稿を?そんなことが出来るのだろうか。
やがて、必死に訴え続けていた友人のアカウントまでもが、突然画面から消え去った。異常な連投を繰り返したせいでスパムアカウントと判定されたのか、あるいは悪ノリの連中に巻き込まれて巻き添えを食ったのかはわからない。ただ、静かに「該当するユーザーは見つかりません」という表示に変わった。
それと同時に、ネットの祭りも唐突に終わりを迎えた。運営側が特定の画像ハッシュ値を完全にブラックリスト化し、システム全体で該当のイラストを一切アップロードできないよう完璧な遮断措置をとったのだ。どれだけ画面を更新しても、あのグロイラストは二度と表示されなくなった。
「チキンレース終了」「ガチの規制入りました」「飽きたわ」
野次馬たちはあっけなく蜘蛛の散るように去っていき、タイムラインは何事もなかったかのように、いつもの日常の愚痴や他愛のない話題へと戻っていった。
静まり返った自室で、俺はスマートフォンの検索欄をじっと見つめていた。
もう一度だけ、イラストを描いていたあいつのユーザー名を打ち込んでみる。画面にはただ一行、「該当するユーザーは見つかりません」と冷徹な文字が表示されるだけだった。
ネット上からそのデータが完全に根絶され、存在の証明をすべて剥奪されたあの男は、今、現実のどこにいるのだろうか。
あの最後の写真に映っていた、衣服の山の上に残されたものの末路を想像し、俺はスマートフォンの電源を静かに切った。
蚊帳の外




