二話 始まりの一頁
「これ、どうしようかな」
卯一つ時、最も暗い時間を過ぎて、日が昇りだしうっすらと空が赤く染まって行く頃。
天まで届くかの如く、自由に伸び伸びと成長した竹達によって作られた鬱蒼と生い茂る竹林の中、肌をくすぐる様な風が吹き抜けている。
風は竹林を揺らし、竹林の中にぽつんと立つ一人の少女の茶髪と狐耳、尻尾の毛並みを揺らしていた。そんな陽気さを感じさせる風とは対照的に、少女は困った表情をして目の前にあるそれを見て、困惑の声を漏らしていた。
少女は日付が変わる少し前、不意に筍の刺身を食べたいと思い、思い立ったが吉日の言葉に従って、日の出前に竹林を目指して出発した。
向かった竹林は、少女が拠点を置く宿場町からそう離れていない山の場所に在り、普段ならば竹細工用の竹を採りに来たり、食用の筍を掘りに来るなど、何かしら理由がなければ地元の者でも近寄らないような場所。
筍を掘るために竹林の中を通る川を伝って登って行った。そして、少女は偶然か運命の悪戯、悪運なのか向かった先の河原に一人の人がうつ伏せの状態で倒れていた。
「はぁ、他人に労力を使うのは好きじゃないんだけど?」
少女はため息を漏らしつつも、目の前の人をひっくり返して仰向けにして状態を確認する。
(ここで死んでたらそこまで、身に着けてる金目の物を頂いて、邪魔にならない所へ置いておけばいいか。できれば死んでいて欲しいけど)
首元に手を当てて脈を確認してみれば、弱いながらも規則的に脈を打っている。どうやらこの人はどうにか生きているようだった。
「チェ、生きてるか」
残念なことに少女が思っていた展開にはならなかった。相手が寝ていることを良いことに、生存していることを残念がった。
(流石に生きている相手の身包みを剥ぐのはリスクが高いか。かと言って、このままこの人を放置しておいて筍狩りをするってのも)
ここは獣がよく出現する場所であり、この場に放っておけば一晩もしないうちにこの人は骸へと変わってしまう。そうなってしまえば、いくら他人と言えど流石に夢見が悪すぎる。
(とりあえず、最低限の快方しておいた方がいいか)
身包みを剥ぐ事を考えていた少女は、先程まで考えていたこととは裏腹で献身的にその人を介抱しようとする。
(ここで恩を売っておけば、後々それを大義名分で御礼を受け取って美味しい思いができるはず)
献身的な行為の裏には打算とがめつい考えをしていた。
介抱をするとなれば、その人の容態を確認しなければ何をやればいいのかわからない。一先ず横になりやすい場所へと移してから、身に着けていた衣服を脱がす。
(この服は、下物よりは良いけど並物程度かな)
脱がした衣服を隅々と確認する。身に着けている物、特に衣服と小物はその人の地位や財を凡そ予測することができる。造りは見慣れた着物の造りをしていて、そこまで真新しいものではないが、使い込まれた雰囲気を感じさせない。布の品質も見た所と手触りから下の上から中の下程度、町で暮らしている町民ならば、日常的に使うのならばこの程度でいいだろう。
(少なくとも、町で衣服にお金を使えるだけの稼ぎか蓄えがある程度か)
凡その身分を予測することはできた。
(貴金属の1つもないか……商人とかそんなんではない)
衣服以外に何か身に着けている装飾品は1つもない。貴金属の1つや装飾品を付けていてくれれば、そこから金の匂いを感じ取ることができた。けれど、この人からは全くお金のにおいを感じ取れる様な物は見つけられない。
(大方、少しお金がある程度の町民かな。真面目に介抱しても大したお金は手に入らなさそう)
お礼をもらえても、最大で二、三日分の飯代を得ることができれば御の字だろう。
「ま、それでも真面目に働くよりはお金が貰えるしいいか」
脈があることは先程確認したため、次に呼吸を確認する。口に耳を近づけて、胸の動きを目視で確認する。弱々しさを覚えてしまうが、呼吸の吐息が聞こえ、胸が上下に膨らんだりしぼむのを繰り返している。どうやら、呼吸は問題なく行えているようだ。
(体力の消耗で呼吸が浅くなってるかな……)
吐息は喘ぎ声ではなく、皮膚や唇の色の変色、痙攣、妙な液体の溢れは確認できない。倒れていた場所が河原であり、近くに川があったため、溺水していた可能性も否定できなかったが、溺水後による症状は確認できないため、体力の消耗によって呼吸が弱くなっていると当たりを付けた。
(他の要因だったら流石に対処できないけど……まぁ、なったらなったで)
ただの体力の消耗で弱っていることを前提として、後の対応をする。
次に額に手を当てて熱を確認する。低体温を疑っていたが、そこまで冷たくも、熱くもない。平熱、人肌程度の熱であった。
(風邪とかの病は患っていないと)
ここまでの検診で溺死、衰弱死、窒息死の可能性は消えた。これで少なくとも、少女が介抱している間に命の灯が消えてしまう可能性は極端に低くなった。
(大きな外傷もないようだし、体力を回復させる方が大事かな)
素人の検診ではあるものの、今少女にできる限りのことをやって、そこからやるべきことを考える。
(となれば、あとお礼させる口実を作るとしたら)
自身の袖の中から数枚のお札と手拭いを一枚取り出し、御札は近くの石の上に一度置き、手拭いは近くの川で濡らしてから固く絞る。
「ちょっと失礼するよ」
一度声をかけてから、濡れた手拭いで全身の肌の隅々を確認しつつ拭っていく。寝ていた場所が河原であったため、左程土などの汚れは付着しておらず、軽く拭う程度で綺麗に落とすことができた。
「……う、負けた気分」
大きな怪我をしておらず、綺麗な肌をしていてハリもあった。
「はぁ、こっちは美容のこと色々考えているんだけど」
美容と化粧を気にしている少女にとって、素で綺麗な状態だった肌は実にうらやましいものだった。
若干の妬みを覚えつつ、全身を拭き終わると少なからず存在している小さな怪我を治すために御札を手に取り、怪我を覆うように御札を張り付ける。
張り付けたお札は瞬く間に光の粒子状へと姿を変え、瞬く間に怪我を癒していく。
癒しの御札、戦いを苦手としている少女が自作した道具であり、自身が戦うことよりも同伴している仲間の怪我を癒して、仲間に戦いを押し付けることを目的とした道具兼商売道具。一枚当たりの製造単価を可能な限り抑えられるよう試行錯誤して、気軽に使いやすいよう量産して、癒した相手から治療費をふんだくるために利用している。
そんな、治療費を得ることを主目的とした御札を使って手当を済ませると、脱がしていた衣服を着せる。
「流石に、人間……じゃなさそうね」
全身を拭いている間、体の隅々を確認した。そして、そこで覚えた違和感を口にした。
「人間特有の気は感じられないし、どっちかって言うと私達妖の気に近いよね。存在も妙に希薄だし」
人間が持つ気と妖怪が持つ気、動物などが持つ気など生物それぞれ持つ多種多様な気がある。ここによってその気は多少の差異はあれど、大体の分類ごとに気は似通っている。
「でも、妖っぽくもないんだよねぇ」
多少の差異で片づけるには違和感を覚える。
「というか、これ大丈夫?消えちゃわない?」
あまりにも存在が希薄であり、そこに確かに存在はしているが、風が吹けば今にも消えてしまいそうな程に存在が危ういと思えてしまう。
「私が言ってもどうしようもないことだけど……どこの妖なんだか」
顔は童顔、背丈は小さく、腕と足は細い。特徴的な耳や尻尾、角なども見られない。ぱっと見の特徴はすべて人間と遜色ない。
「これじゃあ、私でも力でねじ伏せられそう」
妖であるため人間より素の力が強くとも、妖の中では力がほぼ無い方だと思っている少女でも、目の前の人を力でねじ伏せることができそうだと思えた。
「いや、でも、見かけによらないって言うし、聞いた話じゃ幼女なのに大岩投げる奴も居るって聞くし」
見かけは当てにならない。それは少女にも少女の知人にも当てはまるため、見かけは何1つあてにはならない。
「う~ん、やっぱり人の類でもないし、でも妖の類でもなさそうな」
少女の経験則からどちらも違うように感じてしまう。
「ま、起きてから聞けばいいか」
客観的に見てわからなくても、本人に聞けばその答えがわかる。
「ッ」
応急処置を済ませると、不思議な人は意識を取り戻したのか、息を苦しそうに漏らす。そして、瞼をゆっくりと重たそうに開け、周囲の様子を確認して、少女と目が合う。
「大丈夫?意識はっきりしている?私の手を追える?」
不思議な人の顔の前で手を振り、意識の確認をする。それに対して、不思議な人の視線は手を追従して動いている。どうやらおぼろげな意識ではないようだ。そして、ゆっくりと口が動き、お礼の言葉でも口にしようとした瞬間。
「ゴホ、ガァ、アア!」
声を出そうとした瞬間、酷く咳き込み始めた。まるで胃の内容物をこの場でぶちまけてしまいそうな程酷く、目元には涙を浮かべる。
流石にこれは普通な状態ではない。少女は仰向けのままでは内容物を喉に詰まらせてしまうかもしれない、そう思ってすぐに体を動かし横向きの姿勢へと変えさせ、安静な状態へとさせる。同時に、腰に提げていた竹筒の水筒を取り、栓を外す。
「これ、私の水だけど飲んで」
医療の知識がない少女には、この状況でどのような対処をするのが正解なのかはわからない。それでも、涙目に成りながら咳き込む不思議な人の背中をさすり続け、少しでも回復できるように手助けをする。
少しして、もはやまともに呼吸することができているのか疑わしくなった頃、ようやく呼吸が落ち着き、涙目のまま水筒を受け取った。流石に勢いよく飲もうとはせず、ゆっくりと喉全体を潤すように水を飲んだ。
飲み終われば、栓を閉めてから少女の方を見る。
一呼吸おいてから、お礼の言葉を言うのかと少女は思ったが、不思議な人は声の代わりに手を動かした。その手は自身の首を指さしてから、素早く手を揺らし、そこから喉を伝って口へと運び、外側に何かを飛び出すかのように手を開いたり閉じたりすることを繰り返した。
「え、何?」
何かを伝えようとしている意図は明らかだった。
(何を伝えたいの?口で言えば早いのに……)
伝えたいことがあるのならば、それを口にして伝えれば圧倒的に早い。わざわざ回りくどい手の動きで何かを伝えようとする意図がわからない。けれど、そこから察せられることはあった。
「……もしかして、あんた喉がやられてて声が出せない?」
先程の酷い咳き込みと手で何かを伝えようとしている、声を出せば簡単に伝えられるのにそれをしない、そこから思いつくのは、喉が何らかの形で負傷して声を出すのが困難な状態になっている。
少女の問いに対して、不思議な人は皇帝と受け取れる頷きを返した。
「これは、また面倒なことに」
喉を負傷していて声を出すことができない。それがどの程度の不詳の程度なのかがわからない。喉が腫れていることによるものなのか、喉の内側に怪我があってなのか、持病によるものなのか、どのようなものなのかによって話は大きく変わってしまう。
(声を出そうとして咳を込んでいたし、声は元々出せていたのかな)
声を出そうとしていたのならば、意識を失う前までは当たり前のように声は出せていたと予想できる。そうなれば、寝ている間に発症してしまったか、少なくとも後天的な何かと考えらえる。
(流石に御札の治癒範囲外よね)
御札は外傷の治癒に重きを置いているため、内側の負傷に対して有効な力は持っていない。それでも駄目元で新しい御札を首へと貼り付ける。貼り付けたお札は光の粒子となって消えていき、治癒の能力を働かせる。
「どう?」
「あ”あ”」
先程のように声を出して酷く咳き込むようなことはなかったが、とても話せるような状態ではなかった。
「あ~、これじゃ私には無理ね」
これで治らなければ少女に打てる手はもう何もない。専門的な知識を持たない少女には、喉が腫れたことによるものなのか、どこかしらを負傷してしまったことによるものなのか、その辺りの判断をすることはできない。それでも、回復途中の状態で無理に喋らせるのは良くないと素人でもわかる。
不思議な人は喋ることが出来ないとして、そうした場合、声を使って意思疎通を図ることができない。かと言って、このまま身振り手振りのジェスチャーだけで意思疎通を取り続けるのは難しい。手話と呼ばれる手法もあるが、それは少女と不思議な人で手話ができて、理解することができる必要だった。けれど、二人がすぐにその考えに至らないのは、どちらも手話を行うことができず、理解することもできなかったからである。
(少なくとも私の言葉は理解できているみたいだし、言葉は通じる。聴力も問題なく機能しているから、私のほうがはいかいいえの二択の質問程度なら話ができるか)
どうにかして意思疎通を図ろうと考える。今、わかっている範囲だけでは二択の質問ならばジェスチャーで答えることができるが、詳しい内容を聞き出すことは難しい。
「あ、そうだ」
少女は何かを思い出したかのように、懐から一冊の本と矢立を取り出して不思議な人に対して差し出す。
「これ、使える?」
言葉を話すことができなくても、文字を読み、書くことができるのであれば、筆談の手段がある。話すよりも時間がかかるが、ジェスチャーによって意思疎通をするよりも、圧倒的に詳しい内容で意思疎通をすることができる。
不思議な人は少女の意図を察し、本と矢立を受け取る。そして本をぱらぱらと捲っていき、白紙の頁を見つけると、その頁を開いたまま矢立から筆を取り出し、墨を付けて文字をサラサラと書いていく。
「”助けてくれてありがとうございます”」
最初に記されたのはお礼の言葉。誰の目から見ても達筆であり、読みやすさを残した走り書きであった。
筆談することができる。そうだと分かれば、ここからの意思疎通はお互いに問題なく行うことができる。
「あんただと話しにくいし、あんた、名は何て言うの?それに何者?」
相手が何者なのかわからなければ話を進めにくくなる。
(これで、実は商家の生まれだったら、相当な利益が得られるかもしれないけど。まぁ、そうじゃなくても、どうやって利益を得るか、その手段を模索するのに必要だし)
少女の問いに対して、不思議な人は筆先を紙に触れさせて文字を書こうとする。しかし、筆は動かない。
(?矢立の墨が切れちゃったかな?)
少しの間をおいてから、ようやく筆は動き出す。
「え?」
少女は横から書かれいく文字を見ていたが、その文字は少女が想像していた言葉とは全く別のものであった。
「”私の名前も、何者だったのかもわかりません”」
最終的に見せられた、誰の目から見ても解る程に力を感じられない一文は、少女が想定していた範囲を超える内容だった。
「名前どころか何者だったかもわからないって……」
少女は思わず頭を抱える。
(自分の名前も何者なのかをわからないなんてことある?)
不思議な人のその言葉が本当なのか疑ってしまう。
(ただ、河原で一人倒れていた事を考えれば、記憶喪失になるだけの何かがあった可能性もある……のかな?)
見つけた状況が状況であったため、記憶喪失になってしまっている可能性を否定することはできない。仮に本当記憶喪失になっているとなれば、自身の名前と何者だったかがわからないことも、一応筋は通る。それで納得することができるかは別の話として。
「……あんたは記憶喪失ってことでいいのかしら?」
「”そうなってしまいます”」
最悪なことになってしまった。少女は空を見上げて絶句していた。
(記憶喪失、そうなればこの人の財産のありかもわからないし、人脈も誰一人わからないってことだよね?知る手がかり何もないってことだし。情報1つから遡れもしないってことでしょ?)
情報1つさえ手に入れば、そこから他の情報を芋づる式で手に入れられるはずだった。
「自分が何者だかわかるようなものはない?それさえあればわかるかもしれない」
せめて何者か、身元を特定することができれば、そこから遡って多くの情報を特定することができる。特に家柄が何処なのかわかるのが一番手っ取り早い。
不思議な人は自身の隅々を確認して、手掛かりになるような物がないかと探していく。そして、懐から一冊の本を取り出した。
「和本?にしては変ね?」
ぱっと見の表紙や本の造りはよくある和本のものであった。題名を示す所には文字の1つも書かれていない。正確には題名が記されていた部分が削り落とされていて、確認することができない。
題名を確認することができなければ、内容を確認すれば良いかもしれない。けれど、二人は表紙を捲る前から和本の中身を期待することはできないでいた。何せ、捲らずとも分かる程に異様な程薄くなっていて、上から見れば頁が欠落していることがまるわかりになっている。
これだけ薄い状態では内容をほとんど期待することができないが、何かしらの内容は残されているかもしれない。それが不思議な人を特定する手掛かりになるかもしれない。無駄な可能性の方が高くとも、表紙を捲り、中身を確認した。
「……うわぁ」
「”ひどいですね”」
表紙をめくって最初に現れたのは、裏表紙の裏であった。肝心の中身である頁は全て破り捨てられていて、綴じ糸の所に僅かに頁の切れ端が残されていて、そこに頁が在ったとわかるだけだった。
中身がなければその内容を知ることはできない。推察しようにも推察するための材料がなければ手の出しようがない。
結局分かったのは、この不思議な人は記憶喪失となる前に、中身が何らかの形で破り捨てられた和本を手にしていただけだった。
(私が来る前に誰かがほんの頁を破って持って行った?でもだったら、全部の頁を破り捨てて、表紙だけを残していくことに説明がつかないし、考えるだけ無駄なのかもしれない)
考えれば考えるほどわからなくなる。少女はひとまずこの和本の一件は一旦置いておくことにした。
「えっと、つまり、結局あんんたが何者なのかわかる手掛かりは何も無いってことでいいのかな?」
「”そうなってしまいます”」
「はぁ、なるほどねぇ」
少女は深くため息を漏らしてしまう。少女としては、ここまで情報が一切出てこない面倒な相手だとは思っていなかった。
(どうしたものかな、さすがにこのまま手を貸していても私の労力に対して、利益が圧倒的に割に合わない。ここまで手掛かりという情報が手に入らない情報を手に入れた時点で早々に手を引きたいほどだけど)
これ以上関わっていても利益は得られない。早々に見切りをつけたい少女だったが、不思議な人を見る。
(流石に記憶喪失な相手、察するに無一文な相手。とっくに私が手を引くタイミングなんて過ぎてるよね)
とにかく自身の益しか考えていない少女であっても、同情心は少なからずある。
(こいつから金品を搾り取るのはあきらめて、後腐れが無い所までの解決は手助けしてやるか)
少女は立ち上がり、不思議な人に手を差し出す。
「私は「管谷飯綱」、短い付き合いになるかもしれないけれど、よろしくね、童」
「”童ってなんですか”」
頁丸々一枚を使って、童呼びに対する抗議ともとれるような文字を記す。しかし、飯綱はそんなもの気にせず、童の腕を掴み立ち上がらせる。
「名前わからないんでしょ。それにあんた童顔だし、童でいいでしょ」
「”いや、それはそれで不満が”」
「ほら、下山するからついてきて。人がいるところに行けば何かわかるでしょ」
既に日の光も登っていて、周囲は明るくなっている。日の光が少ないうちでなければ、筍の刺身を食べるのは難しいため、飯綱の当初の目的である筍を掘るには適さない時間となっていた。
飯綱は空っぽな籠を背負い、土を掘るための鍬を手にして下山を始める。そのあとを追うように童も歩き出した。
飯綱は慣れたように山を下りていく、とても道と呼べるようなモノではなく、獣道と呼ぶにも荒れて草木が好き勝手に生えた道を進んでいく。
「大丈夫?ついてこれている?」
時折足を止めて振り返り、童が自身の後をついてこれているのかを確認する。
「”だ、だいじょうぶで、す が 歩き ながら”」
流石に移動している途中で筆談するのは難しいようで、字が震えたりつ潰れたり、余計な余白が生まれていたりと、とても読みにくいものになっている。
それでも、思いの外、身軽な動きをすることができるようで、多少草に足を取られる所はありつつも、跳びながら移動する私に追いつくことができている。
「あ、見えてきたよ」
しばらく山を下っていけば、飯綱にとっては見慣れた景色が、童にとっては初めて見る景色が広がっていた。
一本の太い道を挟むようにして広がり、茅葺き屋根の建物達が立ち並んでいる。そして、太い道には遠目でもわかるほど、多くの人や荷車が行きかう様子を見ることができた。
「いらっしゃい、村田宿場町に」




