三話 福分けの茶屋
宿場町まで降り、門の前まで来た。門の前には門番の人達が立っていて、多くの宿継や飛脚の人達が問屋場を向かって発していく中、私達はその流れに逆らうかのように歩いて行く。
村田宿場町は、ここよりも地方への地域や首都へ人や物を運ぶための中間地点であり、同時に多くの様々な地域へと枝分かれする根元の部分で、ここら一帯の物流の中心とも言える場所。最も雅や域など言われる首都と比べて田舎である。それでも、物流と比人流、金の流れは首都と比べて圧倒的であり、商売に関わる者達にとって決して無下にすることができない場所だ。
童は見慣れない場所に、そわそわとしてキョロキョロと周囲を見渡している。
余所者である自分がこの場所に居て良いのか思っているのか、それとも自分を取って喰おうとする奴が居ると思っているのか。
「ここは毎日知らない顔が沢山来て出ていく場所だよ。今更余所者が一人増えた所で誰も気が付かないし、むしろ余所者を歓迎している所だから」
「”そうなんですか?”」
「そうだよ」
山の中を歩いて居た時と比べて地面が安定していて、跳び回るような事もないため、歩きながら書いた文字は安定していて読みやすいものに成っている。
「誰も童の事を取って喰おうとする奴は居ないから安心しなさい」
私の言葉で安心することができたのか、ひとまず先程までの要な周囲を警戒していてソワソワしていた様子はなくなった。
「っと、見えてきた見えてきた」
そんな調子でしばらくの間歩き続けていると、目的としていた建物が見えてきた。
外には幾つもの椅子が並べて置かれていて、「分福茶屋」と記されていた旗と、準備中と書かれた立札が置かれている。見るからに営業準備中で、お客を受け入れるような状態ではない。それでも関わらず私はずかずかと店内へ入る。
茶葉の良い匂いが染み込んだ部屋の中を進んでいくのに対して、童は私の腕を掴み、外に置かれている準備中の立札を指差し、外へと連れ出そうとする。
「大丈夫、知り合いの店だから。妖理~居る~?」
少し大きな声で、店の奥で仕込みをしているであろう知人へ聞こえるように呼び掛ける。
「あんりゃ、飯綱だべした。この時間さ来るなんで珍しいなぁ」
店の奥からゆっくりとマイペースに姿を見せる。私よりも薄い茶色をした髪に、小さく丸みを帯びた狸耳、まん丸の尻尾、全身をもって柔らかさを体現した彼女は私の方を見る。
気を抜けば、彼女ののんびりとした雰囲気へ飲み込まれそうになるが、私は自分のペースを乱さずに話をする。
「ちょっと面倒な事になってね。あんたならこの辺りの人達の顔を覚えているでしょ?」
「んだな、仕事柄、人の顔さよぐ覚えでっけど、流石さ全員でねえよ」
妖理が店主として商いをしているここは茶屋であり、問屋場からそう離れていない場所にある。多くの人達が休憩の為に、手軽に飯を食べる為にここを利用している。多くの人が利用しているため、自然と店主である妖理の元には情報が集まってくる。私が情報を集める時の常套手段だ。
「記憶喪失の子が居てね。あんたなら何か知っているんじゃないかって思って来たんだけど」
「そら大変だ。おらにできるごとがあるんだら手貸ずよ」
手を貸してくれる言質を取った。最悪、妖理にこの童の事を全部任せる下地は作れた。
相変わらずのんびりしたまま、ゆっくりとした足取りで童の方へと来る。
「ほへぇ、この子がその子でいいのがな?」
「”初めまして”
「初めましてって、あらぁ?」
童が筆談している事に妖理は首を傾げてこちらを見る。
「あ、その子記憶喪失に加えて、今声を出すことができないみたいだから、意思疎通は難しいと思うけど、一応筆談することはできるから」
「ありま、そりゃ大変だ」
「”ご迷惑をお掛けします”」
妖理は改めて童の方を見る。そして、両手で顔を持ち上げるかのように頬に手を添える。そこから、まるで団子を練るかのように顔全体を撫でつつ揉んでいく。次に両手で頬を摘み、ムニュムニュと弄り回していく。
「”あのなにぃをシてい”」
弄り回された状態では、手と紙は酷く揺れてマトモに文字を書くことはできず、ミミズ文字で太さは滅茶苦茶となっていて判別が難しい文字が書かれていた。
妖理が何を思って撫で回して、弄り倒しているのかは私にはわからないが、彼女なりに相手のことを把握しようとしているのだろう。ここで私がとやかく言うのは違うのだろう。多分。
「ふぅむ、おらの所、うんとの人が来るげんとも、この子を見んのは初めでがな」
「初めて?」
「んだ、おらさこの子に覚えがない」
ここ宿場町で一番情報が集まるであろう茶屋の店主の妖理であっても、この童の事については何も知らないと答えた。
ここに来れば何かしらの情報が手に入ると思っていたのに、実際は何も手に入らなかった。予想外の事態に、私が考えていた予定は音を立てて崩れ落ちる。
「それじゃあ、この村田の子じゃない?」
「だべな。村田の奴ならばどごかしらで見覚えがあるげんとも、ねえがら」
情報は手に入らなかったが、裏を返せばこの童はこの地の者ではない。外から来た者である可能性がかなり高くなった。それならば、あの目的がなければわざわざ地元の者でも行かない竹林に一人で倒れていたことに納得も行く。
「そうなるど、あまり情報は期待でぎねえね」
「そうだね」
外から来た者となれば、この宿場町で情報を収集するのは一気に難しくなってしまう。何せ、この童を知っている者が居ない可能性の方が圧倒的に高く、そもそも手掛かりすらない可能性も十分にあるのだから。
「おらの方でも、お客さんに聞いで確認してみるよ」
「そう、ありがとう」
「”ありがとうございます”」
目先に手掛かりがなくても、この茶屋には多くの人が来る。客の一人が知っていれば、そこからより多くの情報を手に入れるための糸口になるため、その一人を引くことができればいいのだから。
グゥ~
「ん?」
「あら?」
不意に誰かの腹の虫の鳴く音が聞こえてきた。
私と妖理は音の発生源の方、童の腹を見た。そして、腹の虫を聞かれた童は顔を赤くして、本で顔を半分隠して目線を逸らしている。
よく考えてみれば、私も日の出よりも前から竹林へと向かって、日の出の頃には童を見つけて救護をし、そこからここまで歩いて来た。その間、私と童が口にしたのは水だけであり、腹に溜まるような物は何も食べていなかった。加えて河原で火を起こしたような跡を見た覚えがないため、童が昨日の夜よりも前から何も食べていない可能性が十分にある。
「お腹を空かせでんのが、少し待ってでな。簡単なもんをよういすっから。そっちの机ど椅子を使っていいがら」
私と童は板場前の席に着き、妖理は板場へと入り一本の帯を手にして、流れるように襷掛けをして邪魔な袖を縛り、作業しやすい状態にした。
「記憶喪失って、どごまで覚えでいねえのがな」
慣れた手つきでマッチを擦り、火を起こして炭に火を移す。続けて湯を沸かすためにやかんに水瓶から水を移し、火にかけつつ童へと話しかける。
「名前と身分は覚えていないみたいだけど、言葉と文字は理解できてるみたい。他は……どうなの?」
童は速筆で回答を書いているが、やはり話すよりも少し時間がかかるため、私が分かっている範囲を代わりに答えておく。そして、私でもわからない部分を本人に補足させるように話を進める。
「”殆ど何も覚えていないです”」
「ありま、これは厄介な事に」
補足らしい補足はなかった。
「何処が行ったごどがある場所さ覚えはあるが?」
棚から湯飲みと急須、茶箱を取り出しててお茶を入れる準備をする。
「”思い出せません”」
「口頭で……この場合口頭なのかな、話を聞いただけでその場所がわかるとは思えないけど」
蒸し器の中から二本の団子を取り出し、近くに置いていた壺の中から刷毛を手にしてタレを団子にたっぷりと付ける。
「ほら、御手洗団子」
私達の目の前に置かれる一本ずつの御手洗団子。団子そのものは既に蒸し終わっていて、あとはタレを付けるだけの段階まで調理は済ませていたため、お湯が沸くよりも先に調理が終わった。
「それで、飯綱はこれがらなじょすんの」
「え?」
「え、でねえよ。おめもやっぺぎごどやんだがら」
「え~と」
そもそも最低限後腐れがない所までやって、適当な所で切り上げようとしていた。妖理が知っていればそこで情報を知っている人か、妖理へと丸投げすれば良いと思っていた。そのため、これから先の事をどうしようかなんてことは一切考えていなかった。そして、童もこれからどうするのか気になって私の方を見ていくる。
私は気まずさを覚えつつ、出された団子を手に口へと運ぶ。
「あ、それ4文な」
「ここはタダの流れでしょ!?」
「おめからタダなんて言葉が出でくるなんてな。まずはツケの払うもの払ってがら言いな」
「うぐ」
痛い所を突かれてしまった。私は妖理に幾らかツケをしていて、その支払いをまだ一文もしていないため、妖理にツケの話をされてしまっては強く出れない。私は視線を童の方へと逸らして、団子を食べる。
童を見てみれば、団子を食べる手を止めて文字を書いていた。妖理は沸いたお湯を急須に入れてから、湯呑に移して温めていた。
「”あの、自分お金を持っていないのですが”」
震えた文字でお金を持っていないことを告げる。
「ほ、ほら。このこの子からお金を取るっていうの!」
「ああ、そっちの子はタダでええよ。記憶喪失で無一文の子から金なんざとらねぇよ。ただ、おめは別だ」
妖理は笑顔のまま私の事を見下ろしている。
「で、でも、私そんなにツケなんて」
「千文、おめが今おらにツケている分だよ」
「せ・・・千文?」
「”どれだけツケているんですか”」
私のツケの額を聞かされ、若干血の気が引いたような気がする。同時に童も、先程までは私の事を親切なお姉さんを見るような目であったが、今は何をしているんだこの人はと呆れるような目で私の事を見ている。
「待って待って、幾ら何でもそんな額をツケた覚えがないよ」
確かに私は幾らかここにツケをしている。けれど、この店の値段は結構良心的なものであり、そんな馬鹿みたいな額に成るなんて事はないはずだった。
「今がら帳簿持ってぐっぺが?朝飯さ晩飯、飲み水さ菓子、部屋の間貸し諸々で」
「ごめん、わかった。わかったから」
「これでも安ぐしてんだがんね」
「”ツケはしっかり払いましょうね”」
「一文無しには言われたくない」
一応これでもそれなりのお金を持っている方の私が、無一文の童に正論をかまされてしまっている。おかしいな、私はちゃんとお金を稼いで、色んな方法でお金を稼いでいるはずなのに、まるでまともに働いていない人を見るような目で見られているのかな。
今度は誰もいないほうへと視線を逸らす。
目を逸らしている私に対して、妖理は微笑みつつ、抽出が終わったお茶を湯飲みへと注ぎ、私たちの前に出す。
「はい、煎茶」
「はぁ、何文?」
「茶は一杯一文、ああそっちからは取んねえがら、好ぎなだげ飲んでもいいよ」
私と童の目の前に出される煎茶、童は妖理に頭を下げてお礼をしてから飲む。私はツケが増えてしまうことに嫌な思いをしつつ、朝から飲んだ飲み物は水筒の少しの水程度であり、流石にこの場で何も飲まずに過ごすのは無理であるため、諦めて一思いに飲み干した。
「”おいしいです”」
「そっか、嬉しいごど言ってくれるね。んだけども、団子一本じゃ足りねえべ」
いつの間にか奥の樽から漬物とを取り出していて、食べやすい一口サイズへと切り分けて小皿に盛り付ける。そして、おひつから茶碗に一杯分の冷や飯を持ってから、煎茶を注ぐ。
「ほら、朝飯には足りねぇべげんとも、おらのどころで出せる飯はこれぐらいだよ」
「……私の分は?」
「家賃に含めとくよ」
やれやれとしつつも、私の分のお茶漬けも用意してもらえた。
私と童、どちらもお腹を空かせていたようで、サラサラとお茶漬けを胃へ流し込んでいき、あっという間にお茶碗を空っぽにした。そして、添えられていた漬物も瞬く間に食べきった。
「ふぅ」
「”ごちそうさまです”」
「いいくいっぷりやなぁ」
妖理は空になった茶碗を取り、洗い場に置く。
「で、飯綱はこれがらなじょすんの」
「う~ん、ひとまず人が多い所で情報収集かな」
情報が集まる場所はやはり人が集まる場所、そこに行くべきだろう。
「まぁ、頑張ってぎで。おらは店があっからそだのに手は貸せねえがら」
「はいはい、一人で頑張りますよ」
「”自分もできるだけのことは頑張ります”」
「そうが、ほら、これサービス」
湯飲みに新しい煎茶を淹れて、私達の前に差し出す。
「げんとも、今がらえぐんか?あそごは今殺気立ってるで思うげんとも」
「まあそうだね、少し時間を置いてから行くよ」
今から問屋場に行けば、大勢の人達と荷物のやり取りで殺気立っている。私一人そこに行くのならば、慣れている私は平気であるが、童は細身で小柄、力もない以上人の流れに容易く飲まれて見失うのは明白。
適当に時間を潰して、多少人が少なくなっても近づけるだけの勢いまで落ち着いたところで向かうことにする。
私と童は煎茶を飲み時間を潰し、妖理は板場でこれからの商売の準備をしていく。
「ん?」
私は湯飲みを置き、表の方に耳を傾ける。妖理もそれに気が付いたようで、手にしていた包丁をまな板の上に置き、手拭いで手を拭い、壁に掛けていた和傘を手に取る。
「妖理、どうする?」
「なじょするっつっても、相手がわがんねえ以上、様子は見ねえどね」
「”どうしたんですか”」
童は私達が何かを感じ取った事には気が付いたようで、少し怯えたような感じで私達に問う。
「端的に確認するけど、童、戦える?」
「”無理です”」
「だべな。おらと飯綱でどうにがすっから、下がってで」
私は袖の中から御札の束を手に取り、妖理と共に表に出る。
表に出てみれば、昼間であるにも関わらず三人の酔っぱらいが居た。一人は店先の長い椅子で横になり、鼻提灯を作りいびきをかいて寝ている。
「どうする?追い払う?」
「まだ決まっていねえがら」
「いやでも」
店の目の前で二人が喧嘩をしている。酔っ払い同士の喧嘩であり、既に相当酔いが回っているのか、頭に血が上っているのか顔を真っ赤にさせている。一体何があって喧嘩が始まったのかはわからないが、店先で喧嘩をされるのはただただ迷惑なことであった。
それにまだ巳の三つ時、多くの人達は今日の日銭を稼ぐために働いているにも関わらず、こんな時間から酒を吞んでいる輩なんて碌な相手ではない。
「てめぇふざけんじゃねぇ!」
「それはコッチのセリフだよ!」
殴り合いの喧嘩に発展して、さらに騒ぎが大きくなっていく。おまけに、店先に置かれていた椅子や、装飾の小物が巻き込まれて傷ついていく。
「飯綱」
「あ~うん」
「口実でぎだがら、やるよ」
笑顔のまま、和傘をパンパンと叩き酔っ払いの方へと歩み寄る。
「おはよう。うんと楽しそうにしてるね」
「あ?なんだよ」
「女は引っ込んでろ!」
酔っぱらいは喧嘩していても、女である妖理が関わろうとするのは良しとしなかったのか、流れるように追い払おうとする。けれど、酔っ払い相手に真面目な対応をするのは無駄な労力であり、そもそも話が通じるような相手ではない。そして、既にこちらには明確に損害といえる被害が生じているため、妖理がちょっとやそっとで引く事はない。
「いつまでもおだってんじゃねぇぞ」
聞こえる妖理の低い声。私の毛が思わず逆立ち、こっそりこちらを見ている童もビクッとおびえていた。
「おらもその喧嘩さ混じらせでもらうよ」
妖理は一度和傘を引き、酔っ払いの一人の腹部へと狙いを定めて勢い良く突く。
「ガァ!?」
実際に突かれた部分はみぞおちであった。急所であるみぞおちを突かれては、全身へと激痛が走り、筋肉が強張り、あっという間にその場で蹲る。
あっという間に一人を無力化させたが、当たり方次第ではかなりの致命傷であるため、私は倒れた酔っ払いの腹に対してお札を投げて回復させておく。
「あんたもくらつけるから、かかってきな」
手にしていた和傘を流れるように広げて、柄を肩に乗せる。
酔っ払いとは実に面倒なもので、目の前で知り合いが一撃で無力化されたにも関わらず、怖気る事を知らず、差していた刀を引き抜き構える。
「ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫や」
「調子乗ってるんじゃねぇぞ!」
「それ、さっきおらが言ったべ」
酔っ払いでありつつも、武芸を嗜んでいるのか、構えはそこまで悪いものではない。
距離を詰めつつ上段の構えから振り下ろされる。それに対して、妖理は持っていた和傘を自身の前で広げ、生地で自身の大部分を覆い隠した。
「あり?」
刃は妖理が居た場所を確かに切った。けれど、振り下ろすと同時に和傘が動き、覆い隠していた場所は動き、先程まで隠れていた部分に妖理の姿はなかった。
「こっちだべ」
正面の位置関係だったはずが、妖理は酔っ払いの横の位置まで移動をしている。酔っ払いがそのことに気が付いた時には、さらに移動して酔っ払いの背後を取り、手にしていた一振りの直刀を振り下ろしていた。
「あ”あ”!!」
背中に大きな切り傷を作り、そこから大量の血があふれ出す。
「ちょ、妖理流石にやりすぎじゃない?」
「こんくらいやらんとだべ」
背中を切られたことによる激痛を覚えている酔っ払いに対して、さらに蹴りを入れる妖理に苦言を呈しつつ。傷口に対してお札を数枚投げて止血させる。




