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一話 破り捨てられた頁

一話 破られた頁

 見渡す限り辺り一面を埋め尽くし数え切れない程に存在する歯車が、お互いに噛み合い、擦れ合う音と、カチカチと断続的で規則的な時を刻む音をこの世界全体に響き渡らせる。

 一秒、また一秒と時が刻まれていく中で、見上げる程に大きな時計台の下で、二人は戦っていた。

 方や自身の背丈よりも大きな大鎌を手にし、まるで自分の手足のように、自由自在に振るう少女。

 方や一冊の和本を手にし、一見武器らしき物を手にしていない、男とも女とも言えぬ中性的な容姿をした者。

 二人は今、互いの目的を果たすために最後の決戦をしている最中であった。

 戦況は少女の優勢、和本を持った彼は防戦一方であった。


「はぁ!」


 少女が振るう大鎌は、相対する彼の胴体を切り裂こうとした。

 彼は大鎌の軌道を読み、攻撃を避けるべく体を捻りつつ後へ下がろうとした。

 

「ッ!」


 少女の狙いを外すことはできたが、攻撃を完全に避けきることは叶わず、腕に深い切り傷を負ってしまった。


「しまった」


 攻撃を受けたことにより、負傷した腕の力が緩んでしまった。その際、彼が大切にしていて、この状況を打破する為に必要な、和本を手から零れ落としてしまった。

 零れ落ちた和本は宙で頁を広げ、バサッと音を立て、頁を広げたまま背表紙を上にして床に着いた。

 和本を落としてしまったが、少女との距離が近いため、後退を続けて大鎌の間合いから外れる。


「はぁ、はぁ」

 

 大鎌の間合いから外れた所で足を止め、呼吸を整えながら怪我の状態を確認する。

 傷口からは血が溢れ出し、腕を伝い手を鮮血の赤で染め上げていく。既にアドレナリンが十分に分泌されているため、彼は痛みをそれ程覚えていないにしても、血が付着している不快感と、腕の動きに支障を来す程の怪我は無視できない。

 手慣れた手つきで無事な方の手を使い、袖の中から一枚の御札を取り出して、それを傷口を塞ぐように押し付ける。一見すれば圧迫止血のように見て取れる動作だが、狙いは異なる。押し付けられた御札は光の粒子状へと形を変え、傷口に覆い被さり、次第に光を弱め消えていく。全ての光の粒子が消えた頃には、完治とは言えずとも傷口を塞ぎ切る程度の治癒を行い、これ以上の出血と悪化を防いでみせた。

 最低限の応急手当を済ませると、落としてしまった和本の方へと視線を少し向ける。落とした位置は先程と変わっていない。けれど、和本と彼の間には大鎌を構え直す少女が立っている。

 落としてしまった和本をどうにかして回収したいが、愚直に突っ込んでしまえば、少女がそれを易々と許すとは考えにくい。けれど、あれをどうにか回収しなければ勝機を得ることはできないため、回収しない以外の道筋は初めから存在していない。

 多少のリスクなどすでに存在しておらず、無茶を承知で和本を取るために駆け出した。

 同時に、少女も進行方向に合わせて大鎌の柄を使い、彼を殴ろうとする。

 すれ違いの一瞬の攻防、それは彼が少しでも大鎌の間合いから外れるために少し大回りなルートを選択したこと、少女が片手で大振りな攻撃ではなく、リーチの短い両手で小回りの効く柄で殴ろうとした。お互いの僅かな良い判断と悪い判断が合わさり、彼は少女の攻撃を避けきる。そして、少女の横を通り過ぎて、和本へと一直線で走り抜けた。

 敵に背中を見せつけるとても危険な状態になりつつも、落としてしまった和本を拾い上げ、走った状態を維持しつつ、後方にいるはずの少女の姿を確認する。


 「居ない?まさか!?」

 「何処を見ている」


 声が聞こえてきたのは、彼が見ている方ではなかった。実際に聞こえてきた方は、今彼が進んでいる進行方向の先から。

 声の方向が分かれば、そちらの方へと向き直し、片足を地面にめり込ませるかの如く踏み込み勢いを殺す。同時に和本を持つ手とは別の手で腰に下げていた短剣を引き抜き守りの構えを取る。直後、上段で大鎌は振り下ろされた。

 金属同士のぶつかる甲高い音が鳴り響く。


「それで防いだつもりではなかろう」

「思っていませんよ!」


 振り下ろされた大鎌は、短剣が柄を抑えたことによ、彼の目前で刃を止めそれ以上振り下ろすことは出来なかった。

 この状態ならば、お互いの力の押し合いとなり、彼が力負けをしなければこれ以上振り下ろされることはない。しかし、振り下ろされないだけで、少女にはこの状態でも攻め手はまだある。

 この状態では、大鎌の刃は抑えている柄の部分よりも内側に入り込んでしまっている。加えて両刃である大鎌では押し込むだけで攻撃をすることができる。他にも、柄を回して刃の位置を変えるだけでも攻め方を変えることができる。

 このまま拮抗していては彼の方が圧倒的に不利となる。そのため、少女が動くよりも先に動き、戦況を変えた。

 抑えていた短剣を傾け、力の押し合いを止め、片足を半歩ほど引き体を斜めにしすることで力を受け流す。

 少女は彼との力の押し合いによってバランスを取っていたが、それが突然無くなったことにより、前のめりに姿勢を崩した、かのように見えた。流れるように素早く振るわれた柄が彼へと襲い掛かる。

 少しの動きで攻撃に転じようとしていた彼にとって、隙を生まずに追撃をされたことは予想外であり、短剣を守りへと回す程の余裕は無かった。

 柄は腹部へと当たり、持っていた遠心力全てが彼へと伝わり、弾き飛ばす。

 殴打をまともに受け、地面に叩きつけられた衝撃で手にしていた短剣を落としてしまったが、今度は和本を落とさないように確りと握りしめ、吹き飛ばされた勢いをダメージを殺すために何回も転がっていく。


「はぁ、はぁ」


 勢いが弱まった所で転がるのを止め、呼吸を整える。彼にとって慣れない先頭を続けているため、酷く肩で息をしている。それに対して、少女は一切の呼吸を乱さず、大鎌を握り構えていた。


「休む暇など」

「ッ!?」

 

 少女の姿が消えた。彼にとってそれはネタが割れている技であっても、対策ができるような技ではない。すぐに、自身の急所を守りつつ、地面を転がってその場を離れる。


「与えぬぞ!」

 

 転がりだしたタイミングとほぼ同時に、少女は真上へと現れ、構えていた大鎌を振り下ろす。

 地面を転がるのがあと少し遅ければ、彼が居た場所は大鎌によって切り裂かれていた。相手を失った大鎌は、代わりに地面を切り裂き、亀裂のような痕を残す。

 たった一撃だけでも、こちらを刈り取る為の一撃を受けてしまえば、地面を切り裂く程に強烈な一撃を受けることになる。そうなれば、並大抵の生物は受け止めきれず絶命する。それは彼も同じように。

 まともな一撃を受けられない故に、彼はとにかく少女の攻撃を避けるしかなかった。けれど、何時までも攻撃を避け続ける事には無理がある。


「やはり、貴様は弱い」

「え?」

 

 少女の攻撃の手が止まる。僅かな間であるが、その間に彼は立ち上がり、少女を視界に捉えつつ、和本を開こうとした。

 次の瞬間、少女は彼の目の前に立っていて、和本を持っていた腕を切り落とした。


「ッ!?」


 切られた腕に激痛が走り、痛みを耐え切れず姿勢を崩してしまう。傷口からはドバドバと血が溢れ出てくる。先の怪我とは比べ物にならない程の出血をし、傷口周辺を汚していく。

 彼は直ぐに地を這いつくばってでも少女から距離を取りつつ、応急処置で御札を取り出そうとするが、御札を隠し持っていた袖は切り落とされた腕のほうであった。


「どれ程強靭な輩であれ、腕の1つ切り落とされれば、まともに動くことも叶わぬだろう」


 少女は倒れている彼の胸元を掴み持ち上げると、大鎌の刃を首元へと当てる。


「戦神でなければ、阿修羅でもない貴様が我に勝てる道理等初めから存在していないのだ」

「……確かに、勝てる道理は存在していないかもしれない」

「ならば、諦めよ。これ以上醜く生き恥を晒すか」

「だからと言って、今を諦める理由にはならないよ」

「ほう、ならば、我自らが終わらせてやる」

 

 少女は大鎌を引き、首を切り落とそうと刃が首の肉に触れ、刃に血が伝う。


「!?」


 その瞬間だった、世界は大きく振動した。

 数え切れない程存在していた歯車達はその動きを止め、軸から外れたかのように崩れ落ちていく。時計の針も役割を失ったかのように地面へと突き刺さる。

 予想外の揺れに少女の手元が狂い、刃が首から外れた。その瞬間を見逃さず、自身を掴んでいた腕を振り解き、落とした和本をもう一度手に取る。

 

「今のは、貴様がやったのか!?」

「いいや、君達の狙いを利用させてもらっただけだよ」


 全身から血が抜けていき、徐々に体温が下がっていく事を感じ取りつつも、残った力で和本を天に掲げる。


「イカロスの翼を知っているだろ?傲慢と過信の戒めを、それが君の敗因だ」


 和本の厚さからは考えられない程の大量の紙が溢れ出す。


「この私が負けだと?戯けが」


 少女は大鎌を強く握り、彼へと飛び掛かり切り伏せようとする。けれど、それは視界を埋め尽くす程の紙達が彼の盾となり防がれる。


「たかが紙如きで」

「ただの紙じゃない、歴史だよ」


 一度大鎌を引き、もう一度振るおうとするが、無数の紙は大鎌と少女に纏わりつき、その動きを阻害する。


「君達が未来も、現在も、過去もこれ以上破壊しようっていうならば、私が全てを破壊して全てを再編する」

「貴様、それが許されるのは原初である我らにだけ許された」

「だまらっしゃい!」


 再び世界が大きく振動し、空間に亀裂が入る。そして、彼と少女が立つ地面は完全に崩れ落ち、歯車と紙は形を失い、世界は崩壊する。


 これは過去の出来事であり、未来の出来事だった。

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