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『魔女の置き土産』ーー魔女と呼ばれた聖女の遺産を、弟子の俺がすべて破壊する  作者: キョウ
第2章 奇跡の村

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第7話 壊すものと共に

街を出てほどなくして、三人は街道沿いの停留所へ向かった。


 西方へ向かう乗合馬車は、朝の便が一本だけ出ている。


 まだ空気の冷たさが残る時間だというのに、停留所にはすでに荷を抱えた旅人たちの気配があった。


 御者が手綱を整え、馬が低く鼻を鳴らす。


「ミレル村まで二人か?」


「ああ」


 ユキが短く答える。


 木製の車体は年季が入っていたが、手入れは悪くない。

 金具の擦れる音にも、板張りの軋みにも、長く使われてきた道具特有の馴染みがある。

 アナは少しだけ緊張しながら馬車へ乗り込んだ。


 扉が閉まり、車輪がゆっくりと回り始める。

 やがて馬が歩き出し、石畳を越えた振動が、柔らかな土道の揺れへと変わっていく。


 朝露が草を濡らしている。

 窓の隙間から入り込む空気は冷たく、眠気の残る頭をゆっくりと醒ましていった。


 向かい合う座席。

 ユキは腕を組み、窓の外を見ている。

 刀は膝の上に置かれている。


(暇だね)


 小さな声が、静かな車内へ落ちる。


「寝てろよ」


(寝てるよ)


「しゃべってるだろ」


(私は器用だからね)


 馬車が小さく揺れた。


 アナは思わず、その刀へ視線を向ける。


 何度見ても不思議だった。


 声を持ち、人になり、冗談まで言う魔装など、普通はありえない。


「……シグレさんって、特別な魔装なんですよね」


 返事はすぐには来なかった。

 ただ、ユキの視線だけがわずかに動く。


 そしてアナは言葉を継ぐ。


「人になれるし、しゃべるし……」


 馬車が石を踏み、がたんと揺れる。


「《置き土産》とは、違うんですか?」


 その瞬間、車内の空気がわずかに沈んだ気がした。


 短い沈黙。

 そして、刀の中から静かな声が返る。


(違わないよ)


 アナが目を瞬かせる。


 馬車は緩やかな坂を上り始めていた。

 一定の揺れの中で、ユキがようやく口を開く。


「……同じだ」


「え?」


 アナの声が小さく上ずる。

 ユキは窓の外を見たまま言う。


「シグレも、セラの置き土産だ」


 馬の蹄が、一定のリズムで土を打つ。

 その音だけが、しばらく車内を満たしていた。

 アナの視線が、ゆっくりと刀へ落ちる。


「じゃあ……」


 言葉が続かない。


 十二。

 世界に散らばった《魔女の置き土産》。

 ユキが壊して回る対象。

 その中に、今ここにいるシグレが含まれている。


「十二の一つ」


 ユキは淡々と告げた。

 その言い方はあまりにも静かで、逆に重い。


(びっくりした?)


 シグレの声は、いつも通り軽い。

 けれどその奥には、ほんの少しだけ柔らかい響きが混じっている。


 アナは恐る恐る尋ねる。


「……壊すんですか?」


 馬車は丘へ差しかかり、揺れが少しだけ緩やかになる。

 ユキはすぐには答えない。


 長い沈黙。


 御者の鳴らす手綱の音。

 車輪の軋み。

 遠くで鳴く鳥の声。


 それらが過ぎてから、ようやく低い声が落ちる。


「全部だ」


 たった一言。

 だが、それだけで十分だった。


 アナの喉がわずかに詰まる。


「シグレさんも……?」


(そういう約束だもん)


 刀の中で、くすりと笑う声がした。


 軽く聞こえる。

 いつもの調子にも聞こえる。


 けれど、それが冗談ではないことくらい、アナにもわかる。


 ユキの指が、無意識に柄へ触れる。


 強く握るわけではない。

 ただ、そこにあることを確かめるみたいに、指先だけがそっと触れている。


「……約束だからな」


 誰に向けた言葉なのかは、わからない。

 シグレが静かに続ける。


(私はね)


 ほんの少しだけ、声がやわらかくなる。


(最後でいいよ)


 その一言に、ユキの眉がわずかに動いた。


「別に順番は決めてない」


(決めてるくせに)


 小さな返し。

 けれど、それ以上は続かない。


 アナは何も言えなかった。


 ただ、二人の間にあるものの重さだけを感じていた。

 主と武器、という一言では到底片づかない何か。


 長い時間と、約束と、たぶん別れまで含めた関係が、そこにはあった。


 やがて馬車が、丘の上でゆっくりと止まる。

 御者が外から声をかける。


「見えてきたぞ。ミレル村だ」


 扉を開けると、空が広かった。


 丘の向こうに、小さな村が見える。

 低い屋根。

 煙突からのぼる白い煙。

 朝の光を受ける畑。

 どこにでもありそうな、穏やかな村だ。


 けれどアナの胸の奥は、なぜかざわついていた。


 壊すために旅をしている人がいる。

 その隣には、壊すべきものがいる。


 それでも二人は、迷わず前へ進んでいる。

 丘を下る風が、頬を撫でる。


 その空気の中に、ほんのわずかな違和感が混じっていた。

 優しい光。

 祈りのような静けさ。

 なのに、その奥に薄く滲む歪みの気配。


「行くぞ」


 ユキが先に歩き出す。

 アナも、その背を追った。


 刀の中で、シグレは静かに微笑んでいた。

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